ヒロインは心を濁らせる(side:ディアナ)
舞踏会の支度が始まる頃、ディアナの焦りは限界を迎えていた。
(おかしい……なんで、届かないの?)
本来ならこの日、アレクが彼女に贈るはずのオートクチュールのドレスと、シルバーグレーの花を象った専用の装飾品がある。
“舞踏会の一夜”――アレクルートにおける最大の山場であり、彼と想いを通わせる重要イベント。
その布石となる贈り物が、届かなかったのだ。
「どうしてよ……どうして……っ!」
かつて“カリナ”だった彼女は、乙女ゲーム『Stardust Garden』を何十周もプレイしたガチ勢だ。
この舞踏会の夜を、どれほど夢見てきたか。
だからこそ、アレクの様子の変化に気づいたのも早かった。
最近、彼はまるで壁を隔てたような距離感で接してくる。会話はどこか空々しく、触れようとしても触れられない。
(まさか、好感度が下がってるの……?)
その可能性が頭をよぎり、背筋が凍った。
焦ったディアナは、エルモアに潜伏している諜報仲間に密かに連絡を入れた。
そして数日後、返ってきた情報に愕然とする。
【アレクがステラにドレスを贈っていた。あの“ドレス”を】
(嘘……嘘でしょ……?)
そのドレスは、紛れもなく“舞踏会の一夜”でヒロインが着るために用意されているはずのものだった。
色、シルエット、刺繍の位置――すべてを知っていた。それを、よりによってステラに。
(…モブのはずでしょ…ヒロインの引き立て役がなんで)
ステラ。かつての友人。今はただの邪魔者。
私が踏みしめていたヒロインの道を、涼しい顔で横切っていく存在。
(あなたに……私のルートを、奪わせない)
舞踏会当日。
ディアナのもとに届いたのは、無難な既製品の緑色のドレスだった。
肌の色とも髪色とも相性が悪く、着るとどこか野暮ったく映る。
(これじゃない……こんなの、アレクルートになかった!!)
なのに、会場に入ると。
「アーネスト第一王子、ステラ・ブリギッタ・ヴァルストレーム様が到着されました!」
そう告げられた瞬間、会場が静まり返り――
そして拍手と歓声に包まれた。
見上げた階段の先。
光に包まれるように降りてきた二人の姿。
ホワイトゴールドとラベンダーの刺繍を纏う、誰のルートにも存在しないはずの新たなドレス。
それを着て、王子の隣を歩くのは……ステラだった。
ディアナは笑顔を張り付けながらも、爪が食い込むほど手を握りしめていた。
(……どういうつもりなの?)
気づけば、アレクは少し離れた位置に立っていた。彼は何も言わず、その様子を静かに見つめているだけ。
――ステラが舞台に立ち、スポットライトを浴びている。
――ヒロインだけが許される、あの輝く場所にあの子が……
ディアナはステラたちに歩み寄り、笑顔のまま言葉を発した。
『まぁ、ありがとうございます。さすが殿下、お優しいですね。……でも、殿下の隣には家柄も気品も釣り合う方がふさわしいと思いますが?』
ステラは涼しげな笑みを浮かべたまま答えた。
『まぁ、それは光栄なご助言ですわ。ですが殿下が“私”をお選びくださったという事実、さぞお心に残ることでしょう』
(……っ!)
わずかに顔が引きつるのを自覚した。だが、アーネストの追撃がそれ以上だった。
『彼女が隣にいると、不思議と心が安らぐ。……それが一番大切なことではないかと、私は思うよ』
視界がぐらついた。
胸の奥に渦巻く苛立ちと焦燥が、黒く、黒く、膨らんでいく。
やがて舞踏会が本格的に始まり、ディアナはアレクに声をかけようとしたが、彼の姿が見えない。焦りが胸を刺す。
(待って、早くダンスを……これをこなさなきゃ、あの“限定”イベントが……!)
見当たらない彼を探し回り、ふと視界の先で、ある光景が目に飛び込んできた。
ステラとアレクが――ダンスフロアで、まるで誰にも触れさせないように密着して踊っていた。
笑い合っているようにすら見えた。完全に、彼の視線は“彼女”に向いている。
「…………」
一歩、また一歩、後ずさりながら、ディアナはバルコニーへと向かっていく二人の後ろ姿を見つめる。
(……また、壊されるの?)
自分のルート。何度もプレイして、完璧に知っていたはずの道。それがモブに乗っ取られていく。
(私の“ルート”を)
唇を噛みしめたその瞬間、脳裏にひとつの策が浮かんだ。
真っ黒な感情が広がる中、彼女は静かに――だが確かに――口角を上げた。
「ふふ……そう。なら、私にもやり方があるわ」
カリナ――ディアナの中に、ゲームでは現れるはずのない“黒いヒロイン”が目を覚ました。
ディアナの回はもう一話続きます。




