攻略対象は思惑を外す(side:アレク)
恋人と別れて、三ヶ月。
アレク・ヴァレリー・ウォルシュは今、王都の喧騒の片隅で、自身の“計算違い”に苛立ちを覚えていた。
相手は――ディアナ・フォン・シンクレア。
彼女は明るく、聡明で、社交的。誰とでも打ち解け、貴族の場でも堂々と振る舞える器量を持っている。
本来であれば、恋人として申し分のない相手。だが、アレクは日に日に募る“違和感”に心をざわつかせていた。
きっかけは些細な一言だった。
「……どうして進まないの?このイベント、もう起きていい頃なのに……」
イベント?
その時は聞き間違いかと思った。けれど、その後も彼女は折に触れて、こう漏らす。
「ここからこうなるはずなのに」
「普通はこのタイミングでフラグ立つはずなんだけど……」
「進行が遅れてる……?バグ?」
まるで何か“筋書き”が存在しているかのような物言い。
本人は無意識に呟いているようで、それを説明しようともしない。
アレクは無言でディアナの顔を見た。
その横顔には、焦りとも苛立ちともつかぬ感情が浮かんでいた。まるで思い通りにいかない駒を前にしている棋士のように。
(……あいつは、何を見ている?)
アレクは情報ギルドのマスターだ。人の嘘、隠し事、裏の感情には敏い。
その彼が、ディアナに対して日に日に“読めなさ”を感じている。
以前のステラは違った。
言葉も感情もすべてが生きていて、心が通っていた――少なくとも、そう思わせてくれた。
けれど、今のディアナは違う。まるで別の舞台で動いているかのような、“別物の論理”で話しているような……。
(もしかして、あいつも……ステラと同じ、なのか?)
ふと、脳裏に浮かぶ一抹の仮説。この国の住人ではない“何か”。常識を越えた行動原理。
もしそれが真実ならば、彼女は“危険”だ。予測できない存在は、利用も、制御もできない。
それに――
(……俺は、ステラを手放すべきじゃなかった)
アレクは筆を止めて、窓の外を見つめた。
すべては計算通りだったはず。ディアナと付き合えば、国の動向も操作できる。
彼女の背景、動き、立ち回りを見ていれば、どこかに繋がっている裏があることは明白だった。
けれど、現実は違った。
ディアナは思い通りに動かない。自分を信じ切ってもいない。
そして、そんな彼女と向き合うたび、心の奥に蘇るのは――ステラの姿だった。
彼女はもう、アーネストと並んで舞踏会に出るという。
そのことを知った時、アレクの胸に燻っていた火種が、一気に燃え上がった。
(アイツに渡す気は、ない)
彼女がまた誰かの“物語”に巻き込まれるなら、自分の手で“取り戻す”。
それは独占欲か、それとも――未練か。
アレクは再び筆を取った。
「ステラへ。舞踏会の当日、少しだけ時間をくれ。話したいことがある」
丁寧に封をしたその手紙に、自身の魔力を少しだけ込めた。
それは呼び出しではない。“選択肢”の提示だ。
今度こそ、彼女の答えを正面から受け止めるつもりだった。
(……でも、必ず引き戻してみせる)
それが、情報ギルドマスターとしての“読み”であり――
男としての“本音”でもあった。
次回より本編に戻ります。




