攻略対象は恋に落ちた(side:アーネスト)
エルモア王国第一王子、アーネスト・グラハム・エルモアは、よく知られた事実として「完璧な王子」と呼ばれていた。
容姿、頭脳、統治能力、どれもが申し分なく、王位継承者として国民からも貴族からも期待されている。
そんな彼が、人知れず心を奪われた少女がいた。
それは、5年前の園遊会。
まだ“次期王太子”と呼ばれていた頃。誰もが緊張に包まれ、言葉選びに慎重だったなかで、彼女――ステラ・ブリギッタ・ヴァルストレームだけは、何のてらいもなく自然に笑った。
あの時の彼女は大型商団の娘という、ただの令嬢にすぎなかった。だが、彼女の笑顔には人を惹きつける温かさがあった。
「……この国に、あんなに自然体で笑える子がいるとはな」
その一瞬の出会いが、ずっと心の片隅に引っかかっていた。
王宮の庭園で、夜風に吹かれながら執務を終えたアーネストは、ふとその時の記憶を思い出す。
誰にも言えなかった感情。だが、忘れることもできなかった。
そして5年の歳月が過ぎたある日、再びヴァルストレーム家に彼女がいると知った。
「やっぱり、綺麗になったな……」
彼女は昔と変わらぬ笑みを湛えていたが、どこか憂いを帯びた横顔が印象に残った。
知っている。彼女には“別れた恋人”がいると。情報としては把握していたが、それよりも気になったのは――
彼女の「目」が、何かを強く隠そうとしているように見えたことだった。
彼女を舞踏会でパートナーに、と提案したとき、周囲は“政治的判断”だと受け取った。
それでもいい。それなら彼女も断らないと思った。だが――
(私は、ただ彼女を守りたいだけなんだ)
王家の者として育った彼にとって、“感情で動く”ということは、常にリスクだった。
けれど、ステラに向ける自分の感情が“戦略”ではないと気づいた時、王子としての立場よりも、男としての誠実さが勝っていた。
彼女の手に口づけたとき、確かに感じた。彼女は驚きながらも拒絶はしなかった。ただ、その瞳の奥に小さな“揺らぎ”が生まれたのを、アーネストは見逃さなかった。
あの一瞬の反応だけで、十分だった。
「――彼女に好かれたい」と思ったのは、初めてだった。
翌日、王宮お抱えのお針子をヴァルストレーム家に送り、最高級のシルクを使った特注のドレスを仕立てさせた。彼女があの舞踏会で、誰よりも輝くために。
(……けれど、これ以上の感情を伝えたら彼女はどう思うだろうか)
自問自答を繰り返す。今は“風除けのためのパートナー”にすぎない。それ以上を望めば、彼女を困らせるだけかもしれない。
それでも、想いは抑えきれなかった。
「せめて、当日だけでも。君にとっての一番でいたい――」
舞踏会まであと数日。彼は静かに決意を固めた。




