役廻令嬢は危機管理を怠らない
かつて恋人だった人からの贈り物は作中に登場するドレスだった。
アレクルートの限定イベントである「舞踏会の一夜」でヒロインに贈るオートクチュールをわざわざ私に送ってきた。この行動に只ならぬ意図が隠されているような気がして心がざわつく。
(彼は目的達成の為ならなんでもやる人だ。元恋人でも利用価値があるなら迷いなく使うだろう)
飾られたドレスにそっと触れる。
ブルーサファイアをベースとした、フルレングスのロング丈。上半身はベアトップで右斜めにシルバーグレーの花刺繍を施したレースを幾重にも重ねた凝った仕様で、膝上15㎝あたりからスリットが入っており、裾さばきがいいようになっている。
なんで私に・・・そう思った瞬間、ゾワゾワと足元から鳥肌が立っていくのがわかった。思わずトルソーから距離を取る。
一瞬だが、ドレスから微細な魔力を感じとった。ドレスに触れていた手をギュッと握る。
・・・やっぱり、なにかある。
私は素早く部屋の隅にあった呼び鈴を鳴らす。程なくして、侍女がやってきた。
「失礼いたします。お呼びでしょうか」
「ねぇリア、ちょっと確認してもいい?このドレスは間違いなく私宛だった?」
尋ねられたリアは一瞬考え込み、はい、と答えた。
「侍女数名と確認しましたが、ウォルシュ侯爵令息様からお嬢様宛に届いたもので間違いございません」
「そう、間違いではないのね・・・分かったわ。なら、このドレスはウォルシュ侯爵家へ送り返してちょうだい」
リアは驚き、パチパチと目を瞬かせた。本来であれば、贈り物が届いたら受け取ったままにするものだ。必要なければ処分してしまえばいい。
だが、このドレスは元々ヒロインの為に用意されたものだ。これを処分してしまったらアレクと彼女のイベントを私が潰してしまうことになる。それだけは避けたい。
「お嬢様、よろしいのですか?」
「ええ、きっと何かの間違いだと思うわ。一筆添えて送るから、少し待っていてもらえるかしら」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げ、ステラの斜め後ろにそっと立った。私は机の引き出しから一筆箋を取り出し、用件をしたためる。
『アレク・ヴァレリー・ウォルシュ様 送る先を間違えておられます。 ステラ・ブリギッタ・ヴァルストレーム』
「———っと、よし。できた」
一筆箋を封筒に入れ、封蝋をする。ついでに最近覚えた闇魔法、【魔力阻害】を詠唱し、手紙とドレスにかけた。
念には念を、不安要素はできるだけ排除したい。手紙をリアに渡し、ドレスも運び出すよう指示をした。
「ふー、危なかった・・・」
日頃の努力のおかげか、微かな魔力の流れを感じ取れるようになっている。今回は運よく回避できたけど・・・今度はダイレクトに接触してくるかもしれない。
(あとでお父様に報告しなくちゃ)
娘に得体の知れない魔力を込めたドレスを送ってきたと知れば、間違いなくセドリックは怒り狂うだろう。
「大事にはしたくないけど、そうもいかないよね。・・・はぁ、どうしてこうも問題が湧いてくるんだろ・・・」
私は大きな溜息をつき、部屋に残されたもう一つのドレスを半眼で見やる。
シルクを贅沢にあしらったイブニングドレス。紫紺をベースに、ホワイトゴールドと淡いラベンダーのシルク糸で刺繍が施されている。
舞踏会だからか、動きやすそうなAラインシルエットで上半身は立ち襟が特徴的。一見、露出が少ないように見えるが、イブニングドレスらしく後ろは背中が大きく開いたデザインになっている。ただ背中を露出させるのではなく、ホワイトゴールドのチェーンを項から垂らすように複数付いており、動くとキラキラと輝いて美しい。
「・・・こっちも嫌な予感しかしない」
先日アーネストが来た日に王宮お抱えのお針子数名が別の馬車で待っていたらしく、話が終わった途端、突如部屋に入ってきたリアと数名の侍女たちに空き部屋に連行された。部屋に鍵が掛けられると、着ていた服は瞬時に脱がされ、あっという間に採寸、仮縫いが始まり、ある程度形になるとお針子達は嵐のように去っていったのだ。
突然の出来事に理解が追いつかなかったが、これはもう完全なる計画的犯行だと断言していいだろう。私の思い違いじゃなければ、アーネストは私に対して恋情を抱いている。
ただ、疑問なのはステラの記憶だとアーネストとは5年前の園遊会に軽く会話した程度なのだ。どこに恋愛感情をもつ場面があったのだろうか。
「うーん、ダメだ。全く思い当たる節がない・・・」
どれだけステラの記憶をたどっても恋愛につながるような要素が見つからない。だとしたら、もうアレしかない。
俗にいう「一目ぼれ」ってやつ。
正直、攻略対象がモブに一目ぼれってあり得ないと思うんだけど、そうでもないとこの前向けられたあの視線の意味に説明がつかない。瞳の奥にトロリとした熱・・・あの日のアーネストを思い出し、顔が熱くなっていく。改めて言うが、動くリアコ製造機は本当に罪深い。
パタパタと両手で顔を冷やすように仰ぐが、火照った顔は簡単に冷えることはなかった。
「いったい、この世界どうなってんのよ・・・」
このあと、アーネストとアレクの話になります。
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