2日目-4
「おおお……!」
俺が『ヴァラス=シャーマ』号の艇内に足を踏み入れた瞬間、そこに広がる光景に思わず感嘆の声を上げずにはいられなかった。
まず、その部屋自体はコクピットというより、そのすぐ後ろ側?にある機関室というか準備室とも言えるブロックらしく、
わりあいとシンプルなデザインの壁面ではあるものの、そこかしこに七色に光るホログラムのような空中投影された表示が瞬いている。
一方の側はコクピットに通じているらしく、もう反対側にもドアがある。
床には、押し入れに通じる門用のハッチ以外にも、もう一つ床の下のフロアに通じる穴があるようだ。
『こちらがコクピット…操縦室です』
ファレアに案内されてその中に入ると、コクピット中が眩いばかりの空中投影表示やらパネルやらの光で埋め尽くされている。
前方にはシートが2つ据え付けられていて、いかにも人間工学的に考慮されていそうな有機的形状をしていた。
「これは…二人乗りなのかい?」
『いいえ、今はこのモードですが、席については増やす事は可能です』
そう言いながらファレアがパネルのうちの一つを操作すると、シートの後ろ側の空いている床がいきなりぐにゃりと盛り上がり始めた。
「をおお!?」
それは瞬く間に、前方にあるシートと全く同じ形状のシートに変化した。
「な、なるほど…簡単に増やせるんだね。
とすると定員は何人でもいけるのかい?」
『この『ヴァラス=シャーマ』号自体の定員という意味であれば、一応12名という事になっています。
それ以上については乗せる事は可能ですが、快適な居住という面ではかなり不都合になるでしょう』
「12名か…スペースシャトルと似たようなものかな。
当然あっちのシャトルよりもこっちの方が断然すごい性能なんだろうけど」
『すいません、スペース…シャトル?というのは何でしょうか?」
「あ、あぁ、アメリカの宇宙船なんだけどね」
『思い出しました。21世紀地球アメリカにおける、原始的な軌道往還型有人宇宙機の事ですね』
「ははは…ありていに言ってしまえばそうかな…」
ファレアのスッパリした物言いに、俺は若干苦笑を交えながらも頷いた。
確かに彼女らからしたら、俺らは原始人も同然なんだろうなぁ…
「しかし凄いなぁ、これで宇宙を縦横無尽に飛び回るんだろ?」
『はい、宇宙だけでなく様々な未知の異次元へも進入し、探査観測が可能な性能を有しています』
「い、異次元…!?」
『ええ、n次余剰次元空間から並行世界まで、ありとあらゆる異次元空間を探査するのが私達の任務です』
ここで俺は、色々な疑問が改めて心に浮かんだ。
それはファレアが俺の部屋に転がり込んできた時からずっとある疑問なのだが、訊くタイミングとしては今しかあるまい。
「異次元を探査…か。ふぅむ…
しかし、何でまた君達はわざわざ異次元を探査したりしてるんだ?」
それを聞いたファレアの顔が一瞬硬直した事に、その時の俺は気づかなかった。
「というかそもそも、君達はどこの宇宙が本拠地で、それはこの地球からどれくらい離れているんだろう?
君達の宇宙文明はどれ位の版図を持ってるんだ?この銀河系のうち、どれ位の範囲について把握してるのかな?
確かこの銀河系の恒星数だけでも1000億は下らないと言うし、更には推定される宇宙文明の数も36個はあるっていう論文が出てたっけ。
って事はファレアも他の宇宙人とかに会った事あるのかい?ほらグレイとかレプティリアンとかいるじゃん、ああいう宇宙人って他にも一杯居るのかな、
それに…あっ」
ファレアが喋りまくる俺にすっかり引いたような感じになっていたので、俺は苦笑しながら頭を掻いた。
「あ…アハハ…ごめん。
何しろ俺もオタク気質なもんでさ…自分の得意分野の事になるとのべつまくなしに喋り続けちゃうんだよね…
それで俺の得意分野って宇宙とかSFとかでさ、大学も理工学系だし、まぁそのせいで女性と喋る機会なんて全然無かったんだけどさ…ハハハ…」
誤魔化すように笑う俺に対し、ファレアは真摯な目を俺に向けたままだ。
『いえ、カツヤさんはお気になさらないで下さい。
私は今おっしゃられた貴方の出自については正直よく分かりませんが、それでも色々と苦労されている事は察せられます』
「アハハ…苦労だなんてそんな大したもんじゃないけどね…」
『それと、先ほどおっしゃられた質問に対してですが、
私はそれについて詳しくご回答する権限を今のところ有していません…
大変申し訳ありません』
ファレアがぺこりと頭を下げた。
「えっ!?あっ、いやいやゴメンね!そんな気にしないでいいって!!
そんな絶対に話してもらわないとダメとかそういう訳でも無いしさ、
まぁファレアが話せる時になったらで構わないし、何なら秘密のままでも仕方ないって言うか…」
と、俺は慌てて手を振りながら謝った。
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『こちらが観測室です』
続いてファリアは、先ほどの準備室を通って反対側にある小部屋に案内した。
『ここでありとあらゆる宇宙空間および異次元空間における事象・現象を観測し、詳細に調査分析する事が可能です』
ファレアがコンソールの一部をタップすると、目の前の空間一杯に煌びやかな星空が3Dで映し出された。
「おぉ、すげえ…」
『ここが現在地…21世紀地球です』
ファレアが指差す青い光点が地球らしい。その周りに月らしい白い点も浮かんでいる。
ファレアが画面を操作すると、みるみる間にそれがズームアウトしていき、やがて銀河系全体が映し出されていく。
『先ほど、私は”n次余剰次元空間”と申しましたが、
それはこの実体宇宙世界のすぐ隣に控えている異次元の事なのです』
画面が急に2Dのようになったと思うと、それは紙の宇宙地図を斜めから見たようなビューに切り替わった。
そして、その地図のすぐ真下、いや真上方向にも同じようなサイズの平面が出現し、それは何枚も重なるようにしてパパパ…と増えていく。
「な、なるほど…一種の膜宇宙論ってやつか?」
俺は、なけなしの科学知識を総動員してこのイメージを理解しようと試みる。
確かその説によるとこの宇宙は、より巨大で3次元方向以外に幾つもの次元を含んだ時空間の中のごく一部、膜のような存在だという事だ。
その宇宙モデルを認めるなら、なぜ重力が電磁気力などに比べて極端に弱いのかとか、ダークマターの問題だとかを解決する事が出来るらしい。
しかしそんなものが本当に存在していて、それもファレアが所属する宇宙文明が利用しているだなんて、やっぱり驚異という他はない。
『私は昨日まで、この中の一つのn次余剰次元空間を探査していたのですが…
ある時、不慮の事故が発生してしまったために、この探査艇ごと漂流してしまったのです』
「それは大変だったね…
でも、その事故の原因というのは分かっているのかい?」
「それについては=私の方からお答え致します=」
と、天井の方からウトラ4-5-1の声がした。
「今から約22標準時間前=不意の次元時空嵐発生による次元間を跨ぐエネルギーの奔流が=この探査艇を襲いました=」
「じ、次元時空嵐?」
「はい=原因は不明ですが=異次元自体を大きく跨ぐかたちで=地球における台風のように=時空間を大きく擾乱させる現象の事です=
その影響範囲によって=境界次元嵐や余剰次元嵐など何種類かに分けられますが=今回襲ったのはその中で最大級のものと考えられます=」
「そんな現象があるんだ…すげえな」
俺は想像の埒外にあるその話に、最早ため息をつく他はない。
「それにより=探査艇は制御を急激に喪失し=また幾つかの姿勢制御機構も故障したため=探査艇は漂流を余儀なくされました=
また艇内で故障による火災も発生し=ファレア様自身へ生命の危険が及ぶ可能性が=急激に高くなりました=
そして次元時空嵐の影響で=こちら側の通信システムも一切機能しなくなり=本部との交信も完全に途絶しました=
しかし幸いにも=その直後に近隣の時空間に実体宇宙を繋ぐマーカーの存在を感知したため=急いでそのマーカーとの接続を試みたところ=
マーカーとの接続に辛うじて成功したのです=」
「そうなんだ…危なかったんだね…」
『はい。でもカツヤ様のお持ちだったマーカーを見つける事が出来たので、こうして助かる事が出来ました。本当に幸運でした』
「マーカー…?
って…ああ、あれか!?」
俺は、改めて押し入れの中に入れてあったあの遺物の事を思い出した。
『はい、カツヤさんのお持ちだったあのマーカーが無ければ、私は今頃、生命の危機に瀕していたかもしれません』
ファレアはそう言うと、改めて俺の方に向き合ってぺこりと頭を下げた。
『カツヤさん、貴方は私の命の恩人です。本当にありがとうございます』
「いや、いやいやいや!
そんなに畏まらなくて良いって!!
別に、あの箱だって俺は亡くなったじいちゃんから貰っただけだし…」
俺は慌てて首と手を横に振ったが、
それにしてもあの遺物…『アマツワタリカネ』については色々と調べないとならない事が多いように思える。
やっぱり、早めに爺ちゃんの事について情報を集めるために実家に帰るべきかな?
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続いて、俺達は準備室の床に空いた穴を通って下のフロアに行った。
と言っても、穴は一種の力場になっているらしく、足を穴の真上に差し出すと空中にしっかりした足場のようなものがあり、
それの上に恐る恐る乗ると、その力場は音もなく揺るぎもせずに、俺達を下のフロアまで運んでいった。
『ここは、多目的の居住フロアになります』
確かに言われてみると、丸テーブルや椅子があったり棚みたいなものが据え付けられてあったりと、どことなくダイニングルームのような感じだ。
「ここで食事を摂ったりするの?」
『はい、しかし食事とは言っても艇内に保存されてある標準糧食を摂取するだけです』
そう言ってファレアは、壁側にある棚から一つのパックみたいなものを取り出して俺に見せた。
「ふぅむ、まるで米軍や自衛隊のレーションみたいだな」
手に取ったそのパックは、銀色のフィルムで包装されていていかにも非常用といった感じがする。
『食べてみて下さい』
「え?いいの?」
『はい。幾らでもありますので』
俺はファレアの指示に従って、パックの端っこに付いているボタンのようなものを摘んで引っ張った。
すると、シュッと音がしてそのパックが花開くように割れた。
「おおっ」
中身を見ると、何やら毒々しいまでの虹色をした塊が顔を覗かせている。
「…こ、これが異星の食べ物か…
だ、大丈夫?まさか地球人にとって毒だったりとか、無いよね…?」
『大丈夫…だと思います』
なぜか自信なさげに言うファレア。
「えぇ…ほ、本当に…?」
「はい=カツヤ様の体構造及び代謝システムを分析した結果=この物質を問題なく消化可能と思われます=」
ウトラが何でも無いとでもいう風に、天井で揺らめきながら述べた。
「そ、そういうなら…
じゃあ…ひ、一口だけ、いってみっか…」
俺は、生唾をゴクリと一度飲み込んで、
それから意を決して勢いよく齧り付いた。
「ガァフッ…!
………」
口の中にその物質を入れた瞬間。
俺の頭の中で、何かがスパークした。
「……!?」
すると、次に俺の頭の中で、何かが物凄い勢いで暴れ出すのを感じた。
これは何だ!?新しい感情?それとも未知の感覚?それとも何か俺の中の別の人格がいきなり出現して、俺の中から這い出てこようとしているのか?
一つ言えるのは、俺の味覚が視覚になって目の前を辛味と苦味で彩り、視覚が味覚になって俺の舌を極彩色で覆い尽くしていくという事だ。
「モグモグモグモグ!!」
なぜか俺は、俺の意に反して物凄い勢いで咀嚼し始めた。
それどころかバクバクとその物質を喰みまくっている。
そしてゴクリと全部飲み込んだところで、俺は叫んだ。
「うぉおおおほほほほほほほほほほほ~!!!」
それから俺の視点はくるっと反転し、一瞬にして暗闇が襲った。
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『だ、だだ、だだだ大丈夫ですか!?』
気づいた時には、俺はそのフロアに横たわっていた。
「やぁ…ファレア…」
ファレアは俺の頭の上で、泣きそうな顔をしながら俺の頭を押さえている。
心なしか、エルフ耳も垂れ伏せっているようだ。
『あぁ、カツヤさん!目が覚めたんですね!?
本当に申し訳ありません…私にとってはこれが普通だと思っていましたが、
まさか地球日本人にとってこの標準糧食に副作用があっただなんて…』
「ふ…副作用…?」
「はい=標準糧食の主原材料がフスという有機化合物なのですが=人間の精神に感応して様々な感覚を生み出すという=性質を持っているのです=
フスは近年の私達にとっての=主食となりつつあるのですが=地球日本人にとって=こういう副作用がある事は予想外でした=」
天井を漂うウトラが淡々と解説する。
「い、いやいや、そんな性質は主食に必要ないでしょ普通…」
と首を横に振ろうとしたところで、俺は自身の頭がどこに乗っているのかを今更ながらに気づいた。
「うぇっ!?」
と俺はガバッと一気に起き上がり、今まで横になっていた所を振り返る。
『カツヤさん!そんなに一気に起き上がっては…』
見ると、ファレアが正座でフロアに座っていた。
「ふ、ファレア…まさか君…
俺の事を、ひ、膝枕…なんてしてないよね…!?」
『…え?いけませんでしたか?』
「あっ、いやいや!そんな事は決して…!!
っていうか膝枕なんてされたの、俺の母親以外では、は、初めて…かも」
『そう、だったんですか?』
「う、うん…」
『申し訳ありません…私の膝の上、きっと硬かったですよね…?』
「い、いやいや!そんな事無かったよ!!
む、むしろ…柔らかくて、居心地良かった…というか…」
『そ、そうでしたか…
あの、もし宜しければ…またいつでも膝枕致しますので…』
「あ、はい…い、いずれまた、今度…」
なぜか俺達は二人して、顔を真っ赤にしてしまった。
「いやまぁ…長居しちまったな。
ファレアはここでまだやる事があるんだろ?
だったら俺、もう家の方に戻ってるわ」
俺が赤面を誤魔化すようにして立ち上がりながら言うと、
ファレアも同じくその場に立ち上がりながら応えた。
『いいえ、とりあえず今日はもうここでやるべき事は終わらせました。
点検の結果、艇内は特に問題なく復旧出来ている事を確認出来ましたから』
「そうなんだ、なら一安心だな」
『なので、私も探査艇から出ます。
それで、この後なんですが…』
と、ここで急にファレアがモジモジしたように口ごもった。
「…どうしたの?
もしかして、何かウチのほうでやりたい事でもあるのかい?
俺に手伝える事があるなら、力になるよ」
俺が訊くと、ファレアは少し申し訳なさそうな顔でゆっくり頷いた。
『カツヤさん、私、家の外に出てみたいです』