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2日目-2




「えぇえええ!?

 マ…マジでか!?」




俺は彼女の言葉に、腰を抜かさんばかりに驚くほかは無かった。


何しろ、あれほど甚大な被害を国内外にもたらし続けているあの新型コロナウィルスを、いとも簡単に駆除出来ると言う。

それも、今あの押し入れの奥に潜んでいる探査艇に備わっている防疫機能?を使うだけで、だ。


「で、でもでも、確かニュースでは続々と変異株とか変異種とかも出現しているみたいだけど…ひょっとしてそれにも対応出来るのかい?」


『ええ。複数種類の病原体や危険生物群を相手にするには充分ではなく、その場合は専門家によるナノマシン操作やファージ生成システムが必要なのですが、

 お話を伺う限りでは、COVID-19というRNAウィルス一種だけですので、問題ないと思われます。

 また私が知る限りの汎宇宙生物学の知識では、RNAウィルス類はある程度変異したとしても、その変異範囲は種の大進化の壁を越えないという事です。

 従って、探査艇内のバイオキットでも十分対応可能でしょう』




「な、何てこった…

 スゲェ……ス、スゲェ!!」


最初の驚きが落ち着くと、今度は俺の全身に興奮が押し寄せてきた。

もしファレアの言う事が本当だとしたら、日本いや全世界が、もうこの新型コロナの恐怖と苦痛に苛まれずに済むのである。


「じゃ、じゃあそれを、使ってもらう事って…」




その時、俺はハッとした。

待てよ、もしかしたらそのバイオキットを使ってもらう代わりに、何かとんでもない代償を支払わねばならないのかも知れない。


何しろ、相手は未知の宇宙人なのだ。

そうした交渉術については当然のことながら、海千山千の交渉上手であると考えてもおかしくはない。

彼女のぱっと見た目はほわんほわんとしていて、如何にも世間慣れしていないような印象であるし、会話の内容もそれを裏付けているような感じだが

実際はそれもまた超高度な心理掌握術の一つとしての偽装かも知れないのだ。


もしかしたら、新型コロナウィルスを地球上から撲滅する代わりに、この地球を引き渡せと言ってくるかも知れない。

もしくは、全人類を奴隷か家畜か、はたまた食料や実験材料として差し出せと言ってくるのかも…


俺は一度そう思い始めると、今度は逆に全身がブルブルと震え始めてしまい、

ついに二の句が告げなくなってしまった。




『…?

 どうしましたか、カツヤさん?』


「あ、い、いいいや、な、何でもない…です…」


俺はうまく返事が出来ず、変にどもった敬語になってしまった。

もしかしたら、それで俺の考えている事に気付いてしまったかも知れない。


『具合でも悪くされましたか?

 なんだか、顔が青ざめてきているような気がしますが』

「あ、あああ、いや気にしないで…」


しかし、それがいけなかったようだ。

ファレアは、何かに気付いたかのようにハッとした表情となった。




『…!もしかしたら、カツヤさんも、

 その新型コロナウィルスに感染したのではないでしょうか!?』




- - - - - - - - - -




「は?はぁえええ!?

 い、いやこれは違くて、その、あの」




俺は必死になって否定しようとしたが、ファレアは首を横に振る。


『いえ、これはあらゆる可能性を考慮する必要があります。

 もしかしたら、既にこの部屋の中にもその新型コロナウィルスが浮遊しているのかも知れません。

 とすると、事態は一刻を争うという事になるでしょう!』


「え?え?ええ!?」


『もう、こうしてはいられません!

 今から探査艇内にあるバイオキットを取ってきます!

 カツヤさんはそこでお待ち下さい!!』


「わ、わ!わわわ!

 ちょ、ちょちょちょっと待って待って!!」


『大丈夫です!

 実を言うともう艇内の空気浄化はおおよそ終わっていますし、あとは艇内環境の精密な保安チェックを自動で行うだけですので、

 艇内に入るだけなら既にもう可能です!!』


「ちょちょ、ちょ……!!」


俺が幾ら叫んでももう彼女は頑として譲らなかった。

脇目も振らずに押し入れへ直行し、そのままゲートを通じて艇内へ入っていった。




数分経って、ファレアが押し入れもとい艇内から戻ってきた。


彼女は小さな金属製の円盤のようなものを手にしている。

どうやら、それが例のバイオキットなるものらしい。


『こっちにおいで、ウトラ4-5-1』

「はい=」


「おおっ…!」


昨日の夜にも現れたウトラ4-5-1とやらが、またも部屋の天井付近の空間から滲み出るようにして出現した。




『この子は私のサポートとして様々な活動を支援してもらっています。

 今回は、この部屋の中に漂っているウィルスを同定して、その危険度判定とバイオキットを用いた攻性抗体の生成を支援してもらいます』


「は、はぁ…なるほどね」




- - - - - - - - - -




「それじゃあ、俺はどうしたらいいのかな」




『カツヤさんは、そのままじっとしていて下さい。

 まず、この空間のエアロゾルを採取します。

 それから分析を開始し、お話しされた病原性の特徴に合致しそうな候補のウィルスを見出します。

 最終的には可能性判定で1種のウィルスを絞り込む事が出来ると思います』


「つまり…それをこの機械と、ウトラだかが共同でやるって事か」

『はい、そうです』

ファレアが頷いた。


『それからすぐに、ウィルスを駆除可能な攻性抗体の構築を行います。

 具体的には、ウィルスの受容体を備えた核酸のような形態になるでしょう』


「ま、まぁ上手くやってくれりゃあそれで良いけど」


と言ったところで、俺はさっきまで考えていた事を思い出した。


やっぱり俺が先に言うべきか…

でも、そうじゃないと後でどんな要求が来るか、分かったもんじゃない。

こういう交渉については先手必勝と言わなくもないからな…仕方ない。




「あ…あのさ」

俺は重くなっていた口をようやく開いて話し始めた。


「コロナを駆除してくれるのは嬉しいんだけど…

 その代わり何か、俺達地球人に要求したりとか…あ、あったりするのかな?

 ほ、ほら、お金が欲しいとか、土地が欲しいとか…

 こういう交渉だと割とあるあるだと思うんだけどさ、ええと…

 お、俺が支払える範囲でなら、いいなー、なんて…

 まさか、地球が欲しいとか、って言わないよね…?」


俺は内心で若干情けなく思いながらも、彼女に嘆願するようにして言った。


しかし、ファレアは目を丸くするばかりだった。




『カツヤさん…』

と、しばらくして彼女は言った。


「はいっ」思わず俺の返事も上ずってしまう。


『私は今回、カツヤさんに助けてもらいました。

 事故が起こった艇内から命からがら脱出した私を、匿ってくれました。

 そればかりか、私にあんな美味しい食事まで提供してくれたのです。

 私の方こそ、幾ら感謝してもしきれません。

 だからどうか、気にしないで下さい。

 これは私の方からのお礼の一つです』


「いや、そんな大した事はしてないつもりだけど…」


慌てて首を振る俺に、ファレアは優しく諭した。


『それに、実のところもし新型コロナのような毒性の高い病原体が艇内に侵入していたとしたら、どのみち防疫措置が必要になります。

 それを艇内で行うか、ここで行うかの違いでしかありませんから』


「あ、なるほど、そうか…」




確かに、言われてみれば彼女達の立場からして、この新型コロナ、いや地球産の微生物や病原体全てが彼女達宇宙人にとっての脅威になり得るだろう。

その昔、アポロ計画で月面に降り立った宇宙飛行士が地球に帰還した時、

月面から未知の病原体を持ち込んでいるかも知れなかったので隔離防疫措置が取られた事があったと言う。

今回もそれと似たようなものなのかも知れない。


してみると、そんなに心配するような事は無いのかも知れない。

もし後になって要求がもたらされたとしても、その場合はもうその時になって改めて考えれば良い。




俺は覚悟を決める事にした。もうどうにでもなれ。




- - - - - - - - - -




「よ、よし…

 じゃあ、宜しく頼むよ」




ファレアに向かって俺がそう言うと、彼女はにっこりと頷いてからウトラ4-5-1に指示を出した。


『エアロゾル採取開始』

「了解=」


すると、空中を漂うウトラの腹側から、何本かの半透明な触手のようなものがニュルリと生えてきて、それは空中でひゅるひゅるとくねった。

どうやらそうやって、空気を採取しているらしい。


「カツヤ様=貴方の体からも採取させて下さい=」

「え?ど、どうやって??」

「鼻の穴に少し入らせて下さい=失礼します=」


そう言うなり、ウトラの触手の一本がいきなり俺の鼻の穴に入っていった。


「ング!?んんがが!?」


しかし、触手が入ったのは一瞬のことで

次の瞬間にはスッと抜き取られていた。


「ヴェ…ゔぇっくし!!」


しかし俺の鼻に与えられた刺激のお陰で、思わずくしゃみをしてしまう。


「大丈夫でしょうか=」

「あ、ああ、大丈夫」




採取が終わってから、ウトラの触手がしゅるしゅるとコタツの上に置かれたバイオキットに向かった。

バイオキットの上部にある蓋が触手の操作によって開けられ、内部にある端子接続部のような穴に触手が差し込まれていく。

そして装置が何度かカチャカチャと音を鳴らしながら微妙に動いたかと思うと、中に仕込まれたLEDのような光が幾つか灯った。


「分析が完了しました=」

ウトラは淡々とそう告げた。


「え?も、もう終わったの?

 それで…結果は…?」


俺が恐る恐る訊くと、これもまたウトラが淡々と宣言した。




「はい=

 カツヤ様の体内に於けるCOVID-19への感染を確認しました=」

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