1日目-2
「宇宙人、だって!?」
『はイ、そうでず…宇宙ゥ人…と言ってイィいでしょヴ…』
押し入れから部屋の中にまろび出てきたそのエルフ風の女の子は、ノイズまじりの声でだが、確かにそう言った。
「う、宇宙人って…本当かよ」
俺は、もう一度同じ言葉を口にした。
そう言えば、と彼女の姿を見て、改めて思い出した事がある。
ちょっと昔まで、よくオカルト雑誌やTVのUFO特集なんかで「宇宙人の姿はこうだ!」みたいな想像図を提示したりしていた。
何でも目撃者の証言を元に描かれたものらしいのだが、してみると彼女の姿はそれに近しい気がする。
とすると、彼女はファンタジー世界のエルフじゃなくてプレアデス星人だかベガ星人だかなのかも知れない。
「って事は、君はえーと、プレアデス…とかベガとかシリウス?とか、そういう星からやって来たのかな?」
『いいエ…違います…
えエとそうでスね…一言では説明しにくいデすが、別の世界からやって来た…と言った方が近イです』
彼女は首を傾げながら、恐る恐るといった体で答えた。
その間、首に巻いた金属製のチョーカーのような物がチカチカと光る。
どうやら、それは翻訳機のような機能を持っているようだ。
それにしても、その腕に巻いた機械による自己修復機能?といい、そのテクノロジーは驚異的というしかない。
彼女が纏っているジャケットや体にピッタリフィットしたボディスーツにしても、その素材が何なのか全く見当がつかないのだ。
もし彼女が本当の事を言っているとするなら、その身に付けている衣類や装置類は非常に進んだ技術文明の産物という事になる。
それに、地球上のどの人種でもない整った顔立ち、銀色の髪に虹色の目、そして何よりそのぴょこぴょこと動くエルフ耳。
「つまり、本当に…君は別の星からやってきた…宇宙人だって言うのか…!?」
『はィ、探査艇に乗っテ、やッて来ましタ』
俺は、いつの間にか全身がブルブルと細かく震えている事に気付いた。
寒気か?いや違う、これはものすごい知的興奮が全身を襲っている現れだ。
メーカーの技術者として、いや理系の、SF好きの一人の人間として、こんな機会を逃す訳には絶対にいかない、そう思った。
何しろ、俺はひょっとしたら地球人類で初めて、この未知の宇宙人との第三種接近遭遇を行なっているのだ。
「って事はさ…さっき天井ぎわの空中を泳いでいた奴も、君の仲間か?」
『いいエ、違ィます。彼は人工知性体の一種でス。
コちラに出てオイで、ウトラ4-5-1』
「はい=」
天井付近の空間から滲み出るようにして出現したソイツは、改めて見るとやっぱり金属製の幽霊みたいに怪しげな風体をしている。
「うおぉっ…!?」
その幽霊もどきは、ふよふよと空中に浮かんで泳ぐようにして移動しながら、口をあんぐりと開けたままの俺に向かって挨拶した。
「始めまして=私はウトラ4-5-1と申します=先ほどは大変失礼致しました=
私は=探査艇に付属する業務支援人工知性体として稼働しておりますが=
少々の範囲ならば=艇内から出て活動する事も可能です=
どうぞ宜しくお願い致します=」
「じ、人工知性体…?
あっそうか、つまり…ロボットみたいなものか?」
「はい=そういう理解で=問題ありません=」
その声は何だか、複重音声のように響いて聞こえる。かといって不快でもなく、和音となっているので何となく聞き心地良い。
彼女が合図すると、そのウトラ4-5-1とやらは、再び虚空へと溶け込むようにしてフッと消えていった。
「ハァ…訳が分からんな…
それで…君がこの地球に来たのは、いつなんだい?」
俺はかぶりを振ってから、再び彼女の方を向いて質問した。
『はイ…実は、つい先ほどこの世界に到達しマした』
「へぇ…そうなのか。
それじゃ、君の他に、仲間はこの地球に来てたりするのか?」
『いいえ、私だけでス』
確定だ。つまりこの宇宙人と初めて遭遇する地球人は、この俺だけなのだ。
興奮がさらに抑えられなくなった俺だが、しかしこれは訊いておかねばならない。
「えーと、そうすると何でこの地球にやって来たんだい?目的は?」
『ア…私達の目的を説明するのはとても困難でス…
ただ、実を言うとこの世界に来たのは、偶然なのです』
「偶然?」
『はい…私の乗ッていた”次元跳躍探査艇”が故障を起こじて、それでコの”世界線”における”余剰次元亜空間”に漂着してしまったノです』
「…え?」
次元跳躍探査艇?世界線?余剰次元亜空間?
翻訳機から出てくる日本語がどんどん流暢になっていくのは感じていたが、それでも難解な単語が幾つも出てくると戸惑ってしまう。
『それで、艇内で火災も発生してしまって…私はどうにかして緊急脱出を試みたのでスが…
唯一探知でキた実体空間にリンク可能なマーカーを見つけてアクセスしタ結果、どういうわけか、この建造物の一部に門が繋がってしまったのデす』
そう言って彼女は、自分が出て来た押し入れの方を振り返った。
言われてみれば確かに不思議だ、なぜ彼女が押し入れから出て来たのだろう?
普通に考えれば、押し入れの真上、すなわちこのアパートの屋上にその次元航行探査艇?とやらが不時着していないといけないのだが、
俺がもう一度窓を開けてアパートの屋上の方を見回してみても、そんな機体のようなものは一切確認出来なかった。
そうすると、本当に門の先は異次元空間になっているという事になる。
なけなしのSF知識をかき集めて考察するなら、彼女の言う門は異次元とこちらの世界を繋ぐ時空の出入口のような物なのだろう。
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俺は、彼女と一緒に押し入れの中に頭を突っ込んで、天井付近の空間をよく見ようとした。
すると、その空間の一部がスッパリと丸く切り取ったかのように開かれていて、
その奥には暗がりながら、まるで電子機器が詰まったサーバー室、或いは宇宙船のコクピットのようにチカチカと灯る色とりどりの機械類が見える。
「す、すげぇ…!!
これが門で、その向こうが君の言う探査艇の内部なのか…!?」
『はい、コちらが探査艇『ヴァラス=シャーマ』号です』
「え?ブ…ヴァラス…何だって?」
『探査艇『ヴァラス=シャーマ』号です』
「へ、へぇ、それが探査艇の名前なんだね…」
俺はその名称を軽く聞き流しながらも、艇内の中をもっと見ようとして首をぐるっと回した。
しかし、その更に奥の方は、確かに何かが燃えたと思しき煙で満ちているようだ。
「ふむむ…確かに何かが燃えたような…」
『危なイです。艇内の非常用空気浄化システムが効果を発揮するまでは、しばらく艇内に入る事は出来ませン』
さらに首を突っ込もうとする俺の裾を、彼女がツンツンと指で引っ張りながら警告した。
「ふぅん、しかしそうだな…
何でこんな押し入れなんかにこの門が繋がったんだろうなぁ」
俺は首を傾げながら押し入れから身体を戻した。
何しろこの押し入れのこっち側には、実家から持って来た物のうち普段は使わない道具や書類などを詰め込んだ段ボール箱が積み重なっているだけなのだ。
しかし俺は、ここで何か引っかかるものを感じた。
「あれ、俺…何か忘れているような…」
もう一度押し入れの中を見回してみると、ふと積まれていた箱の一つが、仄かに光っているような気がした。
「そう言えば、この箱の中には何が入ってるんだっけ…」
それは、段ボールの一番上に積まれた薄めの木箱だった。
何気なくその箱を持ち上げ、押し入れから取り出そうとする。
『あ、あアあ!?』
彼女が悲鳴をあげたので、一瞬何か彼女の身に何かが起こったのかと思って振り向いたが、彼女は逆に押し入れの門の方を指差した。
視線を押し入れの方に戻すと、何と門が消えかかっているではないか。
「わっ!?やべえ!?」
慌てて俺は箱を掴んでいた手を離して木箱を戻し、それから一歩引いてもう一度天井方向を眺めると、門は元に戻っていた。
ほっとした俺は、もう一度その木箱を掴んで押し入れから出すと、今度こそ門が掻き消えるようにして見えなくなった。
「ええっマジかよ!?」
そこで俺は、ハッと気付いた。
ひょっとしたら、この薄い木箱の中身があの門の発生を媒介している…?
俺は、木箱を三たび押し入れの中に戻した。
すると、門は何事も無かったかのように天井側に出現し、木箱を押し入れから出すとまた門は姿を消した。
「なるほど…そういう事か。
い、いやいや!何がなるほどだ!ってか、この木箱の中身は一体、何なんだったっけ…!?」
俺はその木箱を元の位置に置いたまま、恐る恐る木箱の梱包を解き始めた。
と言っても、木箱を取り巻いている麻紐を解くだけだ。
そして慎重に上蓋を持ち上げて、中を覗き見てみた。
「あ…これは」
木箱の中には木綿が敷き詰められていて、その上には直径30cmほどの、古びた金属製の円盤が納められていた。
「…思い出した。
これは…『アマツワタリカネ』だ」
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「…ふぅむ」
これに関する疑問を解決するためには、一度実家に帰るべきだろう。
そしてこれを俺に託してくれた後に、何年も前に亡くなった爺ちゃんの、
持っていた遺品や書類をあれこれと漁らねばならないと思われた。
『どうしタの、ですか?』
と、手持ち無沙汰な面持ちの彼女が訊ねた。
そうだ、俺はまず目の前の問題をどうにかしないといけない。
「あの…ええと、
あの探査艇とやらに再び入れるのはいつ頃になるんだい?」
『あ、ハイ…
空気の浄化を完了して全ての安全が確認されるまでは、恐らくは1地球日は掛かるのではないかと思います』
「マジでか…それなりに掛かるんだな。
っていう事は、1日はこっちの部屋に避難していないといけないのか」
『ゴ迷惑をお掛けして、申し訳ありません…
終わったら、すぐに立ち去りますんでお許シください』
「あ?え、ああとイヤイヤ、気にしなくって良いよ。
むしろこんなに狭くてむさ苦しいところで、こっちこそ恐縮するっていうか…」
そう言いながら俺は部屋の中を見回す。
流石にゴミが散乱するほどではないが、それでもそこかしこに物が積まれ、今いる寝室はベッドと衣装棚を置いただけでもう満杯という狭さだ。
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「と、とりあえず座って落ち着こうか…」
ファレアをリビング側に連れて行き、そこに置かれたコタツの脇に座布団を敷き直してから彼女を座らせた。
「さ、今日も寒いし、このコタツに足を入れてね。
この部屋は暖房が効きにくいんで、わざわざコタツ置いてるんだよ」
『分かりまシた』
彼女は素直に座布団に座り、俺に倣って両足をコタツの中に入れた。
『はァ…確かに、暖かイですね』
何となくほっとしたような表情の彼女を見て、俺も思わず顔をほころばせた。
「お、お茶でも、飲む…?」
『地球日本の代表的な飲み物ですネ。
ぜひ頂きたいと思います』
「おっ…わかった」
俺は急須に新しい茶葉を入れてから、それから二人分の湯飲みを用意した。
ちなみに俺はペットボトルのお茶はあまり好きではなく、日本茶の専門店で買った茶葉でお茶を淹れている。
これだけは、祖父母からの薫陶を受けている数少ない技の一つだ。
二つの湯飲みにまずお湯を入れ、それから湯飲みのお湯を急須に入れる。
こうする事で湯飲みを温めつつ、お湯の温度を少し下げて調整する事が出来るし、お湯の量も測りやすいのだ。
宇宙人の彼女は、その動きをじーっと見つめていた。
「あ、こういうやり方は珍しいのかな?
でも一見すると変かも知れないけど、こうする方が絶対お茶が美味しくなるし、作法を一つ一つ確認する作業って精神鍛錬にもなるって言うし。
ハハハ、まぁこれも祖父の受け売りなんだけどね…」
『いエ、こういう手技は大変興味深いですし、見ていて面白いです。
この21世紀地球日本には、まだまだ多くの伝統が一般庶民の間で残されているのでスね』
「へ?に、21世紀地球日本?」
彼女が妙な言い回しをしたので、少し怪訝に思ったが
ともかく茶葉が開いて丁度良い具合のお茶を、急須から湯飲みに淹れる。
最後の一滴は当然、彼女用の湯飲みに落とした。
そして暖かい湯気の立つ湯飲みを、彼女に差し出した。
「どうぞ」
『…いただきます』
一口飲んだ彼女は、先ほどよりも更に恍惚としたような表情を浮かべた。
『ほうっ…何とも体が温まりマすね。
それにこの芳醇な香りと味わい…さすが、本物のお茶というものは仮想世界上で味わうよりも何万倍も異なります』
「へ、へぇ…そちらの社会では仮想空間があるんだね。
っていう事は、そこで地球の文化を学んだりとかするのかな」
『その通りです。私達は、仮想空間を用いて21世紀地球日本について学び、また仮想体験を行います』
「そうなんだ、凄いな」
『はい。でもあくまでも仮想でしかありません。
実体験に勝るものは無いと、今まさに感じています』
「なるほど…まぁそうだろうね」
その時、彼女の方から「きゅるるぅ」と何とも可愛らしい音が聞こえて来た。
『あっ…し、失礼しました。
何しろ、事故発生より前からもう何十標準時間もの間、何も栄養を摂取していなかったもので…』
「えっマジで!?
じゃあ、何か食べるかい?」
『も、もし何かあるのでしたら、少しでも良いので分けて頂けると…助かります』
最後の方は恥いるように小さな声になりながらも頭を下げる彼女だったので、俺は苦笑しながらもやおら立ち上がった。
しかし、そこで重大な事を確認するのを忘れていた。
「あっそうだ!地球の食べ物って君達の体に取り込んでも大丈夫なのかい!?
って、さっきお茶を飲ませておきながら、今更ながらこんな質問をするのもアレだけれどさ…」
『はい、大丈夫です。
21世紀地球の食品は全く問題なく摂取が可能です』
また彼女が変な言い回しをする。
しかしそんな事より、俺は台所にロクな食べ物がほとんど無い事に、今頃気づいて焦っていた。
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「ちゅる、ちゅる」
「う、美味いかい…?」
と、彼女に恐る恐る尋ねる。
『…はい』彼女は、麺を啜りながらコクリと一回だけ頷いた。
心なしか、彼女の目が輝いているようにも見える。
そして例のエルフ耳が、ぴょこぴょこと上下に羽ばたくように動いていた。
どうやらお気に召してくれたようだ。
「そ、そうか、それなら良かった。
そのカレーメンは冬期限定商品で、結構レアなんだよ」
『なるほど、だからこんな芳醇で刺激的な香りと風味なのですね』
「あ、いやまぁカレー風味だしね…ハハハ…」
何しろ、俺はここ数ヶ月ほどは仕事で忙しすぎて自炊もロクに出来ない、というか疲労でやる気も出てこないといった状況だった。
平日に家へ帰れてもコンビニ飯か、コロナによる自粛期間中などはコンビニすら夜は閉まってしまっていたので備蓄のカップ麺で食いつないでいたのだ。
このカレーメンは、なけなしの休日を使って買い出しに行った際の戦利品だ。
しかし、彼女がこの家に来たからには、地球の美味しい料理を是非とも味わってもらいたいと思う。
カップ麺が地球での食事の全てだという誤解は絶対に避けねばならない。
とは言え、このコロナ禍ではロクな外食にも連れて行けやしないだろう。
そうすると、俺が大学時代から培って来た自炊技術を今こそ花開かせなければならないという事になる。
いよっし!明日こそはいっちょ作ったるか!!
と決意したところで、部屋の時計が視界に入った。
「あっ!もう2時過ぎじゃねーかヤベェ明日の仕事…」
とそこまで考えが至ったところで、明日は日曜日だと言う事に気付いた。
そうだ、今週は久し振りに”土日”休日出勤じゃなくて、”土曜だけ”休日出勤で済んだんだった。
もちろん世間的にはどうなんだという批判はあるのかも知れないが、正直この日本の九割がたの企業がこんな感じだと思う。
だからコロナの自粛期間だろうがロックダウンだろうが満員電車は無くならないし、ブラック労働もパワハラも無くなりそうもない。
ともあれ、ひとまずは明日の朝イチで近所のスーパーまで買い出しに行って、それから朝食を振舞えば良いだろう。
「今晩のところは申し訳ないけど、それで我慢してくれるかな。
明日の朝にはちゃんとした朝食を準備できると思うから、それまで寝ながら待っててもらえるかい?」
『はい、分かりました』彼女は素直に頷いた。
「それじゃ、今晩はもうそれを食べたら、もう寝ちゃおうか」
『そうですね』
見ると、彼女もだんだんとうつらうつらし始めているようだ。
宇宙人も地球人と同じく、睡眠を必要とする事には変わりないらしい。
「寝床は…もし、匂いとか気にならないのであれば、そこにある自分のベッドを使って良いよ。
俺はこのコタツがあれば十分だから」
『ありがとうございます』
そこで俺はようやく、一番大事な事を訊いていない事に今さら気付いた。
「あっっ…俺、君の名前を聞くのを忘れてた。
あの…ほんっとに申し訳ないんだけどさ…今さらながら、君の名前を訊いても、いいかな?」
すると、彼女もハッとしたような表情になった。
どうやら気付いていなかったのは彼女も同様のようだ。
『失礼致しました…今日はあまりにも色々な事があって、私も普段通りの行動が出来ていないようです。
私の名前は菫之み…いえ、ファレアと呼んで下さい』
「ファレア…うん、良い名前だね。
俺は克也、秦守克也っていうんだ。宜しくな」
『宜しくお願いします、カツヤさん』