9日目-1
「美味しい…美味しいです、これ!」
「うん、すげぇ美味いよな」
日曜日のお昼、俺とファレアは府中駅前のビル内にある、とあるカフェダイニングに行っていた。
昨夜にファレアへの夕食作りをすっぽかしかけていた俺としては、その遅くなった夕食を豪華にするだけでは代償にならないと思ったので、
日曜は外に出て色々食べ歩きでもしようかとファレアに持ちかけたのだ。
ファレアはそんなに気にしなくても良いと言ってくれたのだが、流石にそれでは俺の気が収まらないというのもある。
なので今日は朝食を軽く済ませてから、この店へ早めの昼食に来たという訳だ。
「はぁ…このホットサンド?という料理は、本当に素晴らしいですね。
それにカツヤさんのドライカレーも美味しいです」
俺とファレアは、お互いに頼んだ料理を少し分け合って食べていた。
こういう事が出来るのも、カップルである恩恵というわけだ。
ちなみに俺は五穀米のエスニックなドライカレーで、ファレアの方はスライスした牛肉をこれでもかという位に詰め込んだホットサンドとサラダのセットだ。
この後で、この店一押しというスフレパンケーキもやってくるはずだ。
「うーん…」
「どうなさいましたか?カツヤさん」
「あ、いや…何でもないハハハ」
いかんな、どうも周りをキョロキョロと見てしまう。
このカフェダイニングは南欧にあるバールのような作りで内装がかなり凝っているし、座るところもテーブル席からカウンター、ソファ席まで揃っている。
照明はかなり抑えめになっているので、まるで穴蔵にでもいるような感じでとても落ち着きのある雰囲気だ。
とは言え、元来隠キャ気味な俺としてはあまりこういう所には行ったことが無いので、逆に落ち着かないというか…
そもそもここは朝に急いでネットで調べて予約を押さえただけなので、常連どころか俺にとっても初めて行く店なのだ。
「ここ、とても居心地が良いですね」
「ん?あ、そ、そう?なら良かったよ」
「カツヤさんは普段からこういうお店にも行かれるんですね」
「え?あ、う、うんうん、そ、そうなんだ」
どうにも、初めて女の子とデートに来たような感覚に陥ってしまう。
ファレアの言葉も、いかにも初手のデート仕草といった感じだ。
そうか、デート…
先週末に初めて分倍河原のショッピングセンターへ行った時は、あれこれと用意したり買い物したりで忙しくてそういう気分どころでは無かったが、
改めて思い起こせば、あれがファレアとの初めてのデートでもあったわけだ。
しかしどちらかというと同棲を始めるカップルが買い出しに行くような気分の方が近いような感じだったが。
してみると、今回は本格的にちゃんとした”デート”と言えなくもない。
よ、よし…今日こそは、俺が(ファレアと出会う前から)事前に妄想…もとい、練りに練っておいたデートプランを実行するぞ!
何しろ彼女いない歴=年齢の俺としては、こんな絶世の美女と一緒に居られること自体が奇跡みたいなものなのだ。
(いやファレアが宇宙人という時点で奇跡そのものではあるんだが)
そう思ってみると、レストランにいる周囲の客やウェイトレス達も、何だかファレアの方をチラチラと見ているような気がする。
ちなみにファレアは一応レストランの中でもニット帽を被っている。彼女のエルフ耳を隠すためには仕方ない事だ。
一応ドレスコードが無いような店を選んではいるはずだけど…やっぱり店内で帽子は変だったかな?
まぁ、ファレアの美貌に目を奪われている可能性ももちろんあるだろう。
「ウトラ3…一応聞くんだけど、周りに怪しげな動きをしている奴とか監視している機械とかは居ないんだよな?」
俺はジャケットの中に潜ませてあるウトラ3に呼びかけた。
「はい=現在周囲半径1km以内で=そのような怪しい動きをする人物や異星人ないし自動機械は=観測されておりません=」
「そうか、引き続き監視を頼むよ」
俺はホッとした面持ちでウトラ3に応えた。
「了解致しました=」
とは言え、ウトラ3と言えども完璧では無いだろう。
それは先日の026号の一件でも分かってはいた事だ。
なので、俺はやや小声でファレアに話しかけた。
「これから更に遠出することになるけど…
もし何かあったら、すぐに帰るようにしようか。
何しろ、例のレプティリアンとかグレイとかが万一にでも俺達の事を見つけちまうかも知れないし、
そうでなくても連中が勝手に何かまた、実験まがいの事をしでかすかも知れないだろうしなぁ」
「ええ、そうですね」
俺達の動きとは全く関係なく、彼ら米軍だか宇宙人だかが宇宙戦争の為に新たな動きを起こすかも知れない。
金曜日に発生した都心上空での騒動は、ぶっちゃけ俺達がその動きに巻き込まれたようなものなのだと思う。
「ま、とりあえずそんなに気にせず、今日は楽しもうか」
「ええ、そうですね!」
ファレアがわくわくしたような面持ちで頷いた。
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「はぁあああ…これが…
21世紀地球日本で一番有名になった、あのアニメの劇場版なのですね!」
「そうそう、実は俺もまだ劇場版をちゃんと見た事は無かったんだよね…」
まず俺達は、府中駅前にあるシネマコンプレックスで映画を見る事にした。
俺はこのコロナ禍になる前は、ちょくちょく一人で映画を見に行っていたんだけど、ここ最近はろくに映画館に足を運んでいなかった。
万一でも映画館で感染してしまったらどうしようと思う事もあったが、そもそも新作映画の上映延期が相次いでいたので見たい映画が無かったのもある。
とは言え、この映画については元々地上波でアニメを放送していた時にハマり、そして原作漫画を買って更にハマり…だったので、
余裕が生まれたら是非見に行きたいと思っていたところなのだ。
実は去年の10月から上映していたのだが、歴史的ヒットとなったお陰で半年経った今でもこうして上映する館が残っている。
何しろ既に興行収入が300億を超え、400億円すら伺う状況となりつつある。
上映開始時から時刻表上映とかで有名になり、それでも日本中の映画館では来場者で満杯になるほどの人気だったのだから凄まじい。
コロナ禍で外出制限がある情勢なのにこの有り様というのは信じがたい程だ。
劇場でチケットを買っていると、その俺の脇ではファレアもまたカウンターに表示されたメニューに目を光らせていた。
「カツヤさん、この…ぽっぷこーん?のキャラメル味と柚子胡椒味を買って下さい!!」と彼女が俺の肩を叩いた。
「はいはい、分かったよ。
それと、俺はコーラに…ファレアはメロンソーダだね」
「お願いしますっ!!」
ファレアは、ブンブンっと風切り音が出そうなほど首を縦に振った。
「ハハハ…じゃあ俺はポップコーンが出来上がるまで待ってるから、ファレアは先に行ってて良いよ」
「いいえ、それではカツヤさんに申し訳ありません。
ご一緒にお待ちします」
「そう?あっじゃあさ、さっき買ったこのパンフでも読んで予習しておこうか」
そう言って俺はファレアに映画のパンフを渡すと、彼女はグッと手を胸に掲げて握り、むんと気張るようにして言った。
「カツヤさん、私はこのアニメについてはちゃんと予習しておきましたので問題ありません!」
「あぁそうか、家に置いてある原作の漫画とか全部読んだんだっけ」
家には去年の年末に最終巻が出たその単行本23巻分が置いてあって、ファレアは日本語の練習がてらその漫画を一気に全巻読破していたのだ。
それに一応HDDで録画しておいた地上波アニメを、これもまた日本語の練習用として何度も見ていたという。
「じゃあ、ファレアはもうこの作品の全ストーリーを完全に覚えちゃったのか」
「ええ、もうバッチリです」
自信満々なファレアに俺は苦笑する。
逆に俺なんか、最終巻はまだ1回しか読んでないんだよなぁ…
「つまりファレアはもう完全にこの作品のファンという訳だね」
「はい!なので、この作品の二次創作も最近チェックし始めました!」
「マジで?」
「マジです!
実はカツヤさんのお使いになっているノートPCを複製させて頂き、それにて21世紀地球のネット環境に接続致しまして閲覧しております」
「うぇ!?俺のノートPCを複製!?」
そう言えば、数日前に俺のノートPCについて使い方をファレアに教えた事があった。それをそのまま使っていると思いきや…
宇宙人の超技術で簡単に複製を作られてしまっていたようだ。
「で、でもネット環境ってどうしてるの…?
あー、そうか。俺の家にある無線LAN使ってるのか」
「いいえ、ネットワークアカウントはウトラ4-5-1によって独自に設定する事に致しました。
従って、もう『ヴァラス=シャーマ』号からでも21世紀地球のネットに自由に接続出来るようになりました」
「独自に設定って…そんな事って出来るのかよ」
「はい、ウトラ4-5-1によるサーチで日本の某プロバイダの空きアカウントを見つけて、それを使わせて頂いています」
「おいおい…!それって完全にハッキングじゃねーか…
っていうかそんな事、あまり大声で言わないでくれよ…」
思わず冷や汗を流しながら俺は小声でファレアに諭した。
しかし、あのウトラ1とかに掛かれば地球のIT環境なんか完全に丸裸なんだろうなぁ。こんなオーバーテクノロジーじゃあどんな国も絶対に敵うわけないわ。
「申し訳ありません…21世紀地球日本のコンテンツはとても多種多様で奥が深く、しかも量がとても多くてハマってしまいまして…」
「そうか、まぁ無理もないかな。
確かにファレアの言う通り、日本のコンテンツ産業って世界でも類を見ないほどに大きいらしいからね」
何しろ、今やアメリカのマーベルを始めとするコミック産業ですら日本のマンガにどんどん市場を食われてしまっていると言う。
それが本当なのかどうかは分からないが、現にアメリカのマーベル作家も日本のマンガに苦言を呈するほどだ。
「じゃあ、俺の家にある他のマンガも…」
「はい、カツヤさんの許可を頂いて以来、色々と読ませてもらっています」
俺の家にはこの作品以外にも、少年マンガ系や青年マンガ、それに妹達から借りた(というか読まされた)少女マンガ系など色々置いてある。
梨花や胡桃が俺にマンガを送りつけて来たのは単に読ませたいからだけでなく、実家にはもうマンガを置くスペースが無くなりつつあるからでもある。
っていうか俺ん家は倉庫じゃねーし1DKしか間取りが無いんだぞ…
それを無視してあの二人が押し付けた事で、本を詰め込んだダンボールが部屋のそこかしこに積まれる羽目になったわけだ。
まあ、結果論ではあるけどそのお陰で、こうしてファレアがこの日本のコンテンツに愛着を持ってもらえたというのは悪い事じゃない。
「あっカツヤさん、ぽっぷこーんが出来上がったみたいですよ!」
この映画館では、注文カウンターの脇にポップコーンメーカーが置いてあって、いつでも作りたてのポップコーンが楽しめる。
さっきは一時売り切れになってしまって一瞬焦ったところだったが、店員がすぐに原材料を補充してポップコーンを作り始めたので、
ほどなくして俺達は、本当に出来立てでホカホカしているポップコーンを手に入れる事が出来た。
「さぁ、そろそろ上映時間になるから、俺達も劇場に入ろうか」
「はい!」
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「はぁあああ…これは…
さすが、21世紀地球日本で一番有名になった劇場版アニメです…」
ファレアが、もう感無量といった面持ちのままで劇場から外に出た。
「ははっ、さっきと同じ事を言っているような気がするけど…」
「いえいえ!意味合いは全く異なります!
入場する前は、未知のものに接するというワクワク感がありましたが、
今この時は、私の心が感動で満たされているという意味なのです!!」
ファレアがそう力説した。
確かに、今回のこの劇場版は本当に素晴らしかった。
作画も演出も、そしてもちろん脚本というかストーリーも文句のつけようが無いほどに良かったと思う。
とは言え、宇宙人が観ても鑑賞に耐えうるものなのかどうかは全く別だろう。
だがファレアがそこまで感動するという事は、ファレアの属する宇宙社会ではこういう映画というか娯楽は無かったのだろうか?
「ファレアのところでは、こういう映画ってあるのかな?」
「はい、そうですね」
と、彼女は一度言葉を区切ってから再び語り始めた。
「私達の世界では、もちろんこのようなスクリーン方式の映画というのはありませんでしたが、3D以上の体感型物語伝達娯楽というのはあります。
また表現方法も様々で、現実と全く同一のような世界を構築しているものもあれば、アニメのようにデフォルメ表現が成されているものもあります」
「へぇ、凄そうだな」
「ですが、いま体験したような2D方式による映像表現はかなり希少ですね。
なので、このような体験が得られて感動しています!」
「あー、ははは…そっちに感動していたのか」
どうやらファレアにとって原始的な上映システムに目を奪われていたらしい。
いわば俺達が、ノートの隅に描くような原始的なパラパラマンガを見て感動するのと同じようなものかも知れない。
と思っていたら、ファレアがキッと俺の方を睨みつけた。
「そうではありません!」
「あれ…そうなの?」
「もちろん、2D方式が私にとって珍しかったのは確かです。
ですが、それより何よりも目を奪われたのは、映画の内容そのものです!
私が原作を読んで以来、ぜひ実際に動いているところが見てみたいと思っていたシーンが、私の想像以上の動きを持って表現されていました。
あの凄まじい剣戟の表現もそうですし、主人公達の静謐な心象シーンや敵側の不気味な攻撃手法の表現しかり、
その丹念な積み重ねで、クライマックスのあの感動的な場面に繋がっていくのは、全くもって驚きという他はありません!
こんなハイクオリティな作品は、全銀河を探してもなかなかお目に掛かれるものではありません」
ファレアは興奮するあまり、長広舌になってしまっている。
しかもそれを劇場前の広場で声を上げて喋るものだから、俄然周囲の注目を浴びてしまっていた。
何しろファレアの美貌も相まって、目立たないわけがないのだ。
「…ファ、ファレアっ…
ちょ、ちょっともういいから、あっちへ行こうっ」
「えっ?」
俺は強引にファレアの手を引っ張りながら、劇場前から足早に立ち去る事にした。
なぜか今までいた場所の方から拍手が上がっていたような気もするが、うん、いちいち気にしないようにしよう。
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足早に劇場から去るところで、俺は不意に尿意を催した事に気がついた。
「うっ…と、仕方ない。
ファレアは、えーと、と、お手洗いに行きたくは、ないか?」
俺は周囲をキョロキョロしながらファレアに訊いた。
どうやらトイレは、このフロアの端っこの方にあるようだ。
「はい、お手洗いというとトイレの事ですね」
「ま、まぁ有り体に言うとそうだね…」
「私は大丈夫ですので、カツヤさんがお催しであればどうぞ行ってきて下さい。
私はここでお待ちしておりますので」
「え?行かなくていいの?じゃあ…」
と、俺はファレアに少し申し訳なく思いながら、トイレへと急行した。
そう言えば、ファレアがトイレに行くところを今まで一度も見ていない事に改めて気づいた。
もしかしてファレアってアンドロイドか何かなのか?
いやでも、あの例のボディスーツは”排泄物”を処理する機能があるって言ってたくらいだから、ファレアも一応生き物として何かを”排泄”する事もあるんだろう。
でもトイレに行かなくても済むというのはちょっと信じがたいけど。
「ふぅ…何とか間に合ったか」
俺が手を拭いながらトイレから出てくると、そこで目の前を通り過ぎようとしていた人物とぶつかりそうになった。
「きゃっ!」
「ぅわっと!?ごめんなさい!
…え?」
「あれ、秦守くん…?」
俺と同じく、隣の女子トイレから出てきてぶつかりそうになった人物、
それは会社の同期である涼月さんだった。
- - - - - - - - - -
「えぇっ!?涼月さん…何でこんなところに!?」
驚いた俺の問いかけに、しかし涼月さんもまたその大きな目をさらに丸くしながら応えた。
「それはこっちの質問だよー秦守くん、何でこんなところに居るの?」
「えっと、いや俺は…まぁ住んで居るところがこの近くだし…」
「あっ、そうだったの?へぇえ、知らなかったよー」
「それで、さっきまであっちのシネコンで映画を見てたんだけど…」
「映画って、今もやってるあの映画?」
「そ、そうそう!」
俺は涼月さんと頷きあった。
「そうなんだ!奇遇だねーっ、
私も実は、さっき映画を見てきたところなんだよね」
「えっ?そうだったの?」
「うんうん、でも私は別の映画の方だけど」
「そうなんだ。でも涼月さん、家ってこの辺だったの?」
「ううん」
と、彼女は首を横に振った。
「私は実を言うと、笹塚の方に住んでるんだけどね。
でもあの辺りって、実を言うと大して何もないんだよねぇ」
「でも、それならば新宿の方に出ちゃった方が近いし、お店とかもこっちより遥かに色々あるんじゃないの?」
「うーん、そうなんだけどね…」
涼月さんは悩ましげに腕を組んで唸った。
「実際さぁ、新宿も渋谷ももう四六時中通ってるけど、もうなんか新鮮味が無いって言うか、それなのにゴチャゴチャしてて煩いっていうかさ。
たまにはこっちの方にも行ってみると、何か面白いのがあるかなって。
それに、シネコンならこっちの方が割と空いてるんだよね」
「なるほど、そういう感じなんだ」
俺は感心した。
こんな郊外だと、都心に比べれば不便なような気がするのだが、都心暮らしとなるとそれはそれで悩みどころがあるのだろう。
「あっそうだ、秦守くんはこの後ヒマ?」
「えっ?」
「この後でさぁ、私と一緒にお茶でもしない?」
「えっ…あっ…」
願っても無い事だった。何しろ社内でも随一の美貌の持ち主であり、高嶺の花とも言われている涼月さんからの直々のお誘いなのだ。
もし今日、俺が一人でここに来ていたのならば、一も二もなくその誘いに応じていた事だろう。
しかし今日は、俺はある人物の付き添いをしている。
「カツヤさん?何かありましたか?」
不意に俺の背中側から、その人物の声が響いてきた。
- - - - - - - - - -
「ふぁ…ファレア!?」
「すいません、あっちの方でお待ちしておりましたが、カツヤさんに何かあったのかと思いまして、こちらに来てしまいました」
「ファレア…って、え?誰?」
俺を挟んで、涼月さんとファレアの目が合った。
二人とも、首を傾げている。
「カツヤさん、この方はどなたなのでしょうか?」
ファレアも質問してきた。
どう考えても、俺がちゃんと説明しないと明らかにマズい局面だ。
しかしこんな事態になるなんて全く想定していなかったので、上手い言い訳を何も用意していない。
「え、えーとえーと…!!」
俺は慌てて首をファレアと涼月さんの両方へ交互に振りながら、必死に考えた。
「あー、えーと!こちらはふぁ、ファレアと言って、えーと欧州、そう欧州に住んでる俺の遠い親戚でさ!
それで今は欧州から観光に来てて、それで俺が案内役をしてるってわけ!」
俺はまず、涼月さんへ振り返ってからファレアを指差して叫ぶように話した。時々声が上ずってしまっているがもうどうしようもない。
「へぇー…観光なんだ?
このコロナ禍で、確か観光目的の渡航って今、ダメなんじゃなかったっけ?」
「うっっ!?」
冷静な涼月さんによって、痛いところを突かれた。
確かにTVニュースでもそんな事を言っていた気がするが、いちいち覚えてはいなかったのだ。
「ええっと…あーとそうそう!と、特別ビザ?って奴でさ!!」
「特別ビザ?そんなのがあるの?」
特別ビザというのは俺が咄嗟に思いついたネタで、そんなものが現実にあるのかどうかは知るわけがない。
しかし涼月さんは怪訝そうな表情で一度首を竦めただけで、それ以上突っ込んでこようとはしなかった。
「で、えーとこちらは涼月さんと言って、俺の会社の同期なんだ」
今度はファレアの方に向き合って、涼月さんをファレアに紹介した。
「どうもー、秦守くんの同僚の涼月と言います。宜しくね」
ニコッと笑いかけながら涼月さんがスッと右手を差し出した。どうやら握手をするつもりらしい。
しかし、ファレアはその差し出された右手を、きょとんとした表情で見つめるばかりだった。
お、おいファレアぁ!!
そう言えば、地球の習慣で握手というのがあるのを教えてなかったよな…
俺が冷や汗をだらだらと流しながらファレアを見つめ、涼月さんもまた怪訝な表情でファレアを見つめていると、
不意にファレアが何かを思い出したかのように一度だけ頷いた。
「…ヨロシクお願いします」
ようやくファレアもまた右手を差し出し、涼月さんの手を握って握手が成立するのを見て、俺は心底ほっとした。
「あっそうだ!」
と、涼月さんがパンと両手を軽く叩いた。
「お近づきのしるしに、三人でこれからお茶でもしません?」
「お茶…ですか?」
ファレアが目を丸くする。
「うっ…それは…」
俺にとっても両手に花…のような、魅力的な提案である事は間違い無いのだが、それ以上にマズい状況になるのは火をみるより明らかだ。
何より、これ以上ボロが出てはたまらない。
ファレアが涼月さんに対して何か言う前に、俺はわざとらしく大声を上げた。
「あっあーーっ!そうだそうそう、ごめん!
俺達、これから別の用があってね!今から急いで行かなきゃいけないんだ!
だから、お茶はまた今度で良いかな!?ホント申し訳ない!!」
「えーっ!?」
「ほ、ほらファレアも、急いで行くよっ!?」
「あ、はい」
俺はコメツキバッタのようにペコペコと涼月さんの方へ頭を何度も下げながら、ファレアの手を引いて半ば強引にその場を去った。




