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8日目-1




『昨日昼に発生した、正体不明の飛行物体群が都心上空を乱舞した事件により、首都圏の主な交通機関が不通となるなど各地で大きな影響を及ぼしました』




土曜日の朝。

俺とファレアは、リビングで朝食を摂りながらTVを見ていた。

土曜日朝に各局で放送しているニュースバラエティ番組は、どこも前日のUFO事件について長い時間を割いて大々的に取り上げている。


『羽田発予定だった国内外の航空便合計143便がこれにより臨時で運休となり、また羽田着予定だった124便分も順次近隣の空港へと緊急着陸しました。

 また、JRと私鉄各線及び一部の地下鉄、合計19路線が安全点検のため午後2時半頃から運転見合わせとなり、述べ約80万人以上の足に影響が出ました。

 首都高速道路では中央環状線・都心環状線・高速1号羽田線・高速4号新宿線のうち7箇所で脇見運転によるものと思われる事故が同時多発的に発生し、

 一部で不通となるなどの影響が出ました。なお、この一連の事故による死者は居ませんでした…』


事故があったというくだりで俺は一瞬緊張したが、死者が出なかったという事でひとまず胸を撫で下ろした。


とは言え、まさかここまで大変な事になるとは思ってもいなかった。

やっぱり、こうなった原因の一部は俺にあるかもなぁ…




TVを見ながら重苦しい表情になっていた俺に気づいたファレアは、気づかわしそうな面持ちで俺に話しかけた。

「カツヤさんは何も悪くありません。こうなってしまったのは私が散布用円盤機の機能確認を怠ってしまったからです」


顔を伏せ気味にして謝るファレアに、俺は慌てて首を横に振った。

「いやいやいや!そんな事ねーって!!

 やっぱり元を辿れば俺がこれをやろうと言い出したからであって…」


「いいえ!そんな事はありません!

 私がしっかりしていなかったから、こんな事に…!」

「だからファレアの責任じゃねえよ!俺が!」




「お二人とも=ちょっとお待ち下さい=」

二人でお互いに若干言い合いのようになりかけてしまったところへ、ウトラ1が天井の辺りから諌めるような口ぶりで言った。


「これは全くの不測事態です=

 なぜなら=026号の故障原因となった=都心付近での余剰時空嵐は=通常ならあり得ない事でした=」


ウトラ1の言葉に、俺は首を傾げる。

「通常ではあり得ないって、どういう事だ?」


その質問に、ウトラ1が胸ビレをゆったりとひらめかせながら答え始めた。

「まず=余剰時空嵐の萌芽となる時空間の揺らぎ自体は=ごくまれに一般的な気象現象によっても=発生し得ますが=

 余剰時空嵐に発展する程のポテンシャルを持つとなると=別の発生原因を考慮する必要があります=

 原因については=348個の仮説がリストアップ可能と=昨日カツヤ様へお話しさせて頂きました=」


「そういや、そんな事言ってたな」

俺は昨日の屋上での会話を思い出しながら頷いた。


「その内=一番可能性があるのは=何らかの”媒体”が励起を開始した事によるものだと=お答えしていました=」

「そうそう、んでそれ以上は長くなるからって、一度話を切ったんだけな」


「昨日は失礼しました=

 それで”媒体”についてですが=一種の”魔力マギカ”装置である可能性があります=

 すなわち=魔力装置から強い魔力が発生した事により上空で余剰時空嵐が生じ=嵐の中に一瞬入り込んだ026号内の量子素子が一時失調したのです=」



 

「ま…魔力マギカだってぇ!?」


俺は耳を疑った。

まさか、宇宙人もとい宇宙文明のロボットから、そんなファンタジーな単語が出てくるとは思わなかったからだ。


「魔力って、そんなものが実際に存在するっていうのかよ!?」

「はい=魔力というのは=宇宙物理学における=素粒子間にて相互に働く根源的な力の一種です=

 21世紀地球においては=既に”強い力”と”弱い力”=それに”電磁気力”と”重力”が=知られていますが=

 私達はさらに=”斥力”と”反相互力”それに”時空維持力”=そして”魔力”と”意識場力”の存在を認め=これらを基に物理学における大統一理論が導かれます=」


「はぁぁ…たまげたなぁ…

 俺も学生時代に少しだけ物理学を齧ったクチだけど、まだまだ物理学で知られてない事がそんなにあるとはな…

 しかも魔力って…」


しかし俺は、そこまで言ってから何か引っかかるものを感じた。

いや正確に言うなら、昨日あのバトルの時に引き続いて、改めて”何か”を思い出しそうな気がしたのだ。


魔力…そうだ、俺は昔、魔力を…何だっけ?どうしたんだっけ?

それに昨日のあの時、俺が体の裡から溢れ出てきたあの”力”…あれはまさか。




かぶりを振った俺は、改めてウトラ1に訊いた。


「なぁウトラ1、それでその魔力とやらは何に使えるんだ?まさか魔法とか?」

「はい=そのご質問は=先ほど申しました”媒体”としての魔力装置にも関わってくる事ですが=一般的には知性体の意識に感応した=働きを生み出します=」


「意識に感応した、働きね…

 それってやっぱり魔法とか魔術みたいなヤツなんかな」

「厳密には異なりますが=大雑把にはそういう理解で問題はありません=」


ウトラ1は、一回言葉を区切ってから言った。

「そして=昨日発生した026号の機能不調時に対して=カツヤ様が放ったあの”力”も=まさにその魔力なのです=

 魔力装置を=026号において推進制御システムの一部として使用しているので=あの時点での純粋な魔力の補充は=機能回復の充分な補助となりました=」




「何だって!?…やっぱりそうだったのか」

俺はウトラ1の言葉に一瞬目を見開いたものの、なぜだか驚きは薄かった。


じっと手のひらを眺めながら、昨日に起こった出来事を思い起こしてみる。

俺の体の中を、その魔力とやらが駆け巡っていった感覚は、今もありありと思い出す事が出来るのだ。

しかし同じくその時に思い出していたはずの、俺の”過去”の記憶は、今はすっかりと脳裏から拭い去るようにして思い出せなくなっていた。


「あれが魔力だったとして…俺は、なぜそんな力を使えるんだろうか」


俺の呟きに対して、ファレアが反応した。

「昨日のカツヤさんのご活躍、こちらでもモニターしておりました。

 カツヤさんが魔力がお使いになられたので驚きました」


「ああそうか、ファレアもそれを見てたんだね。

 ってか…何で俺があんな力を使えたのか、全く分からないんだけどさ」


タハハと苦笑する俺に、ファレアが励ますように言った。

「カツヤさんのご活躍によって、026号の機能は完全に復活しました。

 そのお陰で、攻性抗体散布のスケジュールは遅滞なく進められます。

 それに026号が米軍の手に陥ちる事も防げました。大変感謝しています」


「いやまぁ…そもそも俺が言い出しっぺの計画でもあるし…

 でもそう言ってくれるなら、嬉しいよ」

俺は少々照れながらファレアに応えた。




「しかしファレアの方でも俺が魔力を使ったのを確認出来たって事は…

 もしかしたら、米軍とかにも俺の魔力が探知されたりしてないだろうか」

と、俺は少しばかりの懸念を口にした。


「それについては=問題ないと思います=」

ウトラ1が言った。


「本当か?」

「はい=実は屋上でのカツヤ様のお姿は=光学迷彩によって=外からは見えないように施してあります=

 またカツヤ様が=あのビルの屋上へ行ったという証拠を隠滅すべく=ビル内監視カメラの映像を改変し=また屋上のドア等に着いた指紋も=消去済みです=」

「ぉお、そこまでやってたのか…気が付かなかったよ」


相変わらずウトラシリーズによる偽装工作の周到さには舌を巻くなぁ。




「話を戻しますが=時空間の揺らぎや余剰時空嵐は=こうした”魔力”の濃密な集中によって=発生しやすくなる事が知られています=」


「そうか、例えば転移魔法とか召喚魔法とかって聞いた事あるけど、つまりはああいう魔法も時空間の揺らぎとかで説明つくって事か」

「はい=そういった理解で問題ありません=」


ウトラ1は、俺の言葉にいちいち頷くように体を揺らめかせた後、一拍おいてからまた話し始めた。

「そして実を言うと=東京近郊のあるポイントで=異常な魔力マギカ溜まりを=検出しておりました=」


「え?ええっ!?それを早く言えよ!」

「大変申し訳ありません=昨日はカツヤ様もバタバタされていたようなので=お話しする機会がありませんでした=」

「あぁ…まぁ確かにあれからも忙しかったからな。

 分かったよ、俺も悪かった。で、そのポイントはどこなんだ?」


「はい=具体的な位置ですが=北緯35度44分30.89秒・東経139度20分35.14秒=地球日本での呼称は=在日米軍横田基地です=」




「…何だって!?」


俺は、またも耳を疑った。

何しろウトラ1の説明によれば、在日米軍の横田基地で魔力を集めるような”何か”があるという事になる。


「つまり…魔力装置みたいなものが、横田基地にあるっていう事かよ…?」

「そのように推測が可能です=しかしこれ以上の詳細は=遠隔によっては調査分析する事が出来ません=」

ウトラ1はそう淡々と告げた。


「うぅむ…」

と、俺は腕を組んで考え込んだ。

しかしウトラ1の言う通り、これ以上どう考えたとしても情報が足りない限りは適当な憶測にしかならないだろう。




- - - - - - - - - -




しばらく考え込んでいると、そこへニュースアナウンサーの言葉が耳に入った。


『また、未確認飛行物体のうち1機が横田基地上空で消失した件については、在日米軍はこの事象に対する関与を公式に否定しました。

 ホワイトハウスの報道官も、同じく関与を否定しており…』




俺はそれを聞いて首を竦める。

「ははっ、まぁ普通あんなの認めるわきゃねーよな。

 これを認めたら、アメリカ政府はUFOや宇宙人との深い関わりまでも認めることにもなるわけだし…

 いや、待てよ?最近は情報公開ディスクロージャーとやらも行われつつあるそうだから…」


先日の駒橋達との話を思い出す。

もし本当にアメリカ政府(&各国政府?)のレプティリアン勢力とやらが、宇宙人グレイ連中との全面的対決を行う時が近づいているとしたら、

横田基地に魔力装置みたいなものが置かれて魔力を発生させているのは、その対決に関わる何らかの実験か活動に用いられている可能性があるのだ。

そもそもTR-3BもといF-38Aを、普通に配備されている戦闘機の代わりにわざわざ繰り出して来て026号へぶつけてきたという事は、

そうした実験が”予想外の結果”を生み出したように彼らに映ったので、その調査の為に特殊な装備を持ったF-38Aを派遣させたと考える事も出来るだろう。


しかしウトラ1の言うように、意識に感応した魔法を紡ぎ出すとしたら、それは一体どういう魔法を行使しようとしたのだろうか?


「ウトラ1、その魔力装置が何に使われているとかは分からないんだよな?」

「はい=現状で把握している情報では=分かりません=

 ただし余剰時空嵐については=恐らく副次的に発生したものと考えられます=というのは=非常に不安定で突発的な旋風のような状態だったからです=

 もし故意に発生させようとしたなら=人工的な痕跡が見つかるはずです=」


「なるほどね、じゃあ別にゲートみたいなものを開けようとしたとか、そういう訳じゃないって事か」

「はい=ただこれも現時点で可能性の高い推測にしか過ぎませんので=確定させるにはより詳細な情報収集と分析が必要です=」

「まぁ確かにな」


「ただ一つ=留意すべき事象がありました=

 都心上空で余剰時空嵐が発生して=026号が機能不全を起こしたのと同時刻にて=この部屋の押し入れにあってゲートを繋ぎ止めるマーカーに=

 一瞬ですが魔力の変調が=生じていました=」




「…何だって!?あの『アマツワタリカネ』に魔力が!?

 ってかまたかよ!それも早く言えよ!!」

「大変申し訳ありません=お話しする機会が中々取れませんでした=」


俺は目が飛び出さんばかりに驚きつつ、情報を小出しにするようなウトラ1にまたも怒ってしまった。

とは言えウトラ1もこちらが要望する情報以外は何を伝えれば良いかなんて、そう簡単には分からないのだろう。

まぁ既に長いこと一緒にいるような気もしていたが、実は俺達はまだ知り合って1週間しか経ってないんだよなぁ…


ともかく『アマツワタリカネ』が魔力を持っていたなんて、とんでもない事実が判明したものだ。

しかし爺ちゃんを始めとして秦守家が先祖代々厳重に保管していた古代の遺物である事を鑑みると、何だか魔力を持つという話もしっくり来てしまう。

というかアレが”マーカー”としてゲートを媒介している事自体、普通にとんでもなく有り得ない事なのだから間違いなくオーパーツと言っていい。

こうした遺物が、レプティリアンだか米軍だかが喉から手が出る程に欲しがるのも頷けるというものだろう。


って事はだ…やっぱりもう既に実家にある遺物も狙われてるんじゃないか?

今はまだ無事かも知れないけど、これから連中が動き出すかも知れない。

何しろ、昨日あれだけ大っぴらに都心上空で大立ち回りをやってのけた連中の事だ。今後はもっと堂々とした活動を開始するだろう。




よし…もうこうなったら、一刻も早く行動を起こすしかねえな。

まず実家の調査だ。ファレア達にはその後でちゃんと話そう。


「ファレア、ちょっとこれから出かけてくるよ。

 済まないけど、留守番をお願い出来るかな?」


立ち上がった俺に、ファレアが首を傾げた。

「はい、それは大丈夫ですが、どちらへお出かけでしょうか?

 確か今日はお仕事は無くなったとお伺いしましたが」




彼女の言う通りだった。

実は昨日にあの騒ぎの後で保健所から会社に連絡があって、三宅元課長のコロナ感染が確定したという事なので、

濃厚接触に当たる技術設計課の全員に自宅待機の要請が入ったのだ。

さすがに会社としてもその要請を無視する訳にもいかないので、晴れて俺達は2週間の自宅待機状態となった。


とは言え流石に何も仕事をしない訳にもいかないので、最低限のツールアプリを入れたノートPCが緊急で各員に貸与されていた。

北上課長代行によって土日の仕事は取り止めるようにとも言われているので、在宅勤務開始は来週の月曜日からとなるだろう。

その間は買い出し以外での外出は基本禁止となるのだが、当然ながらGPSとかが体に装着されて行動管理されている訳でもなく、各人の自主性に任せる事になる。


そして俺はファレア達による医療ナノと攻性抗体によってウィルスが体内から排除されており完全に健康だ。ならばこっそりとなら外出しても構わないだろう。

それに、散布用円盤機による攻性抗体散布が上手くいっているのであれば、少なくとも首都圏で今日あたりにでも効果が出始めるはずだ。


「ああ、実家のほうへ顔を出しに行くよ。

 ちょっとさっきの魔力云々について、調べたいものもあるし…」


俺はここで、あらかじめファレアへその内容を話しておくべきか、ちょっと躊躇した。

いや、やっぱりよそう。

今は何の情報にしても、その裏付けが全部あやふやなのだ。


「分かりました。ここのお留守番はお任せ下さい。

 お出かけの際はウトラ4-5-3を必ずお持ち下さいね」

ファレアが微笑みながら言った。

俺はその笑顔に、ちょっとした罪悪感を覚えた。




「うん、分かった。ファレアも何かあったらすぐに連絡を入れるんだよ」

「はい、いってらっしゃいませ」




- - - - - - - - - -




俺の実家…秦守家の本家は、八王子市JR高尾駅から北へバスで20分ほど行った、田園と住宅が混じり合う長閑な風景が広がる所にある。

昔は地主だったこともあり広い土地を持っていたらしいのだが、俺が生まれる頃までにはその多くを手放してしまったそうで、

今は小高い丘の上に建つ、こじんまりとした家でしかない。


ここに帰ってくるのは正月以来で、その正月もコロナだの何だので1日だけの逗留に終わっていた。

一応事前に連絡しているとは言え、まぁ家族も突然帰ってくる俺に良い顔はしないだろうなぁ。




「ふぃー、ただいまー」


ガラガラと戸を開けると、まず家で飼っている猫達が出迎えてくる。

「おー、お前ら元気だったかー」


すりすりと俺の足元にまとわりついてくるのではという期待に反し、猫達は俺の足をすり抜けて脱兎の如く玄関から外に出て行ってしまった。

「おおぅ…」


ガックリしているところへ、更に廊下の奥から黄色い叫び声が聞こえてきた。


「あーー!

 ダメじゃんさー!!猫を外に逃したらまたご近所さんに怒られちゃうでしょー!もー!!」


プリプリしながら俺の方へ歩いてきたのは、妹の梨花だった。




「おう、梨花か。ただいま」


「ただいまじゃないよー全く…

 さっきいきなり帰るとか連絡してきてさぁ、慌ててご飯の用意するこっちの身にもなってよねーもー」

「いや、ご飯とか適当で良いんだけどな別に」


「…そんな訳にもいかないじゃん、どーせお兄は普段からろくに栄養取ってないだろうしさ、だったらこういう時くらいはちゃんと食べるべきじゃん」

「いや、そんな気を使わんでも俺は構わんが」


「それに、私達もごちそうにありつけるから良いんだけどねー!

 お兄が帰ってくるって言ったらお母さんも張り切って買出し行っちゃったし」

「そ、そうなんか」




俺が頭を掻きながら玄関で靴を脱いでいると、今度はドタドタと階段を降りる音が響いてきた。


「お兄ぃいーっ!

 おっかえりーーっ!!」


「おぉうグフェ!…相変わらずお前は勢いよく飛びついてくるなよ…」


走り寄ってくるなり俺の背中に抱きついてきたのはもう一人の妹である胡桃だ。


「帰ってくるならもっと早めに言ってよっ!

 お兄と色々と遊ぶ準備をしたのにさっ!」

「えぇ…俺は遊びに来たわけじゃないんだが…」


「へっ?じゃあお兄は何しに来たの?」




「何しにって…

 まぁ、ちょっと調べ物にな」




- - - - - - - - - -




俺の爺ちゃんは、今から五年ほど前に亡くなった。


その時俺はちょうど大学を出て今の会社に就職したばかりだったから、入社式の時には爺ちゃんは俺のスーツ姿を見てすごく喜んでくれていた。

とはいえ、もうその頃には爺ちゃんは肺ガンで余命幾ばくもなく入退院を繰り返す状態だった。まぁ50年間もヘビースモーカーだったしなぁ。

ただ分煙には凄く厳しかったから、俺達も爺ちゃんが庭にある家庭菜園の端っこでプカプカやっている印象しか無かったのだけど。


とにかく、それもあって最後に実家で一緒に過ごせたのは、本当に俺達家族にとっても幸運な事だったように思える。




俺は昔から爺ちゃんっ子で…まぁ妹二人も似たようなもんだが。

小さい頃から俺は爺ちゃんと遊んだり、爺ちゃんの語る昔話を聞いたり、時々は爺ちゃんの庭仕事を手伝ったりもしていた。


俺は物心ついた頃から、訳の分からない空想をする事が好きなガキだったらしく、しかもその内容をよく爺ちゃんに話していたらしい。

爺ちゃんは、俺のその取り止めもつかない空想をニコニコと笑みを浮かべながら聞いてくれていた。


その空想の内容というのが…

何千年も前の古代が舞台で、俺自身がまるでRPGの”勇者”か”戦士”のように、武器を持って魔物を討伐したり迷宮を探検したりと様々な冒険を行うというもので、

俺はそこで首が幾つもあるドラゴンを倒したり洞穴に篭った姫君を助けたりといった活躍をしていた。もちろん空想の中で。

だが、俺にとっては本当に過去にそういう経験があるようにすら思っていたわけで、それはまるで…オカルトで言うところのいわゆる”前世”の記憶のようだった。


今はもう断片的にその空想の内容を思い出せるだけなのだが、どうもその舞台となる時代というか場所は、弥生時代?の日本のような気がする。

まるで日本神話の世界に入っていくような感覚で、当時?の俺は冒険の旅をしていたというわけだ。


もちろんそんな事を両親に話でもしたら、たちまち拳骨が頭に落ちて、そんな事を考えるくらいなら勉強でもしてろと怒られるのがオチだ。

しかし爺ちゃんは、そんな俺の話をちゃんと正面から受け止めてくれていた。

まぁ爺ちゃんも所詮はガキの戯言だからと、寛容になっていたのかも知れない。


(爺ちゃん!これが僕のひっさつわざ!!

 魔剣のらいじんひゃくれんげ!!おろちいかづちぎり!!)

(おぉーそーかそーか、すごいなぁー克也は、そんな技を使えるなんてなぁー)


必殺技とか言ってその辺の小枝を振り回して、その空想の中で俺が使っている剣技を爺ちゃんに見せては、爺ちゃんを呆れさせていたよなぁ…




しかしその頃から20年近く経ち、もうとっくの昔にそんな空想を卒業してごく普通の社会人になったばかりの俺は、

爺ちゃんに呼ばれて実家の隣にある土蔵に連れて行かれた。

そこは築三百年以上は経っているという土蔵で、江戸時代に秦守家が地主だった頃からのものらしい。


俺は爺ちゃんの指示で土蔵の中の物を整理させられたのだが、その時に幾つかのとても古びた幾つかの品を箱ごと爺ちゃん直々に託されたのだ。


確か爺ちゃんはその時、「記憶を持っているお前なら…を任せられる」とか何とか言っていたように思う。

記憶って何だよ…?まさかガキの頃に話していた訳の分からない空想のことを言ってるんじゃないだろうな。


結局、当時は何が何やらよく分からないままにそれらを受け取った。

とはいってもその後ですぐに一人暮らしを始めたので、箱の幾つかは再びその土蔵に仕舞い込んだんだった。




そして唯一持っていったのが(というかいつの間にか引っ越し荷物の中に紛れ込んでいたのが)あの『アマツワタリカネ』だった。




- - - - - - - - - -




「お兄、何でまた土蔵をひっくり返してるの?」

「俺がまるで怪力の持ち主みたいに聞こえるんだが…”土蔵の中”な」

「どっちでも良いし…」




俺が実家の居間にカバンを置くなり、すぐに土蔵へと直行していくのを見ていた梨花と胡桃は、怪訝な表情をしながらも何故か俺の後ろを付いて来た。

何だこいつら。暇なのか?


まぁ確かにこのコロナ禍というか非常事態宣言下では、この二人も遊びたい盛りの年頃と言えど、どこにも遊びに行けないのだろう。

この二人と同世代の奴らの中には自粛なんかどこ吹く風といった感じで遊び歩いている連中も多いが、なんだかんだ言って二人とも真面目なんだよな。

ちなみに梨花は大学2年生であり、胡桃もまだ高校2年生なのだ。

貴重な学生生活をコロナで失ったのは本当に辛いものがあるし、早くあの攻性抗体とやらが効いてコロナ流行が収まると良いなぁ…


そんな事を考えながら錆びて重くなった土蔵の扉をギギギィと全開にし、中でごちゃごちゃに積まれた古い木箱やらダンボールやらを手当たり次第に取り出した。




「お兄、手伝おうかっ?」

後ろから胡桃の声が聞こえてきた。


「え?何だ、お前ら本当に暇なのか?」

俺が振り返ると、梨花が捕まえた猫の一匹を抱きとめながら突っ立っていた。サイドテールにした彼女の髪に猫が戯れている。


「別に…暇じゃないし…」

「いや、何かやる事あるならそっちを優先しろよ」


「私はもう宿題とか片付けたからオッケーだよっ!」

同じく片手で猫を抱いた胡桃が、ツインテールを揺らしつつもう片手をブイっと挙げて応えた。

その動きのせいで片手に抱かれた猫がギュッと唸った。


「ぷぷっ、お姉だって実際暇でしょーっ」

胡桃に指摘された梨花が、思い切り顔をしかめた。

「いやウチはお母さんが買出しから帰ってこないと料理始めらんないだけで…」

「じゃっ今は手が空いてるって事でしょっ、お姉だってお兄が帰ってきて嬉しいくせにさっ、このツンデレさん」

「何だとぉ!!」


後ろの方でじゃれ合うような姉妹喧嘩が始まったので、俺は頭をぽりぽり掻きながら二人をなだめに掛かった。


「あーもう分かった分かった。

 じゃあ二人とも、箱を一つ一つ開けて確認してもらえないか?」


「「はーい」」




抱いていた猫を家の中に入れた二人は、案外素直に俺が土蔵から庭の方に持ち出した木箱類を一つ一つ開けて、中身を確認し始めた。


「でさぁお兄、何を探してるんだっけ?」

「爺ちゃんの遺品とか、あと例の先祖代々の品々ってヤツだよ」


「あ、それってさぁ、もしかして…」

と、そこで梨花が何かを思い出したように言った。


「そうそう、アレでしょっ?」

「アレじゃんアレ」

「だよねっ、アレ」

梨花と胡桃が目配せ合って、お互いに何かを指すようにして指を立てた。


「おい…アレって何だアレって。

 そのアレをお兄ちゃんに分かりやすいように説明してくれんか?」

土蔵から外へ荷物をあらかた出した俺は、首にかけた手ぬぐいで額を拭きながら彼女達に訊いた。


「ふっふーん、お兄には教えなーい」

「だねーっ、教えなーいっ」


「えぇえ…何なんだよ訳分からんわ…」




二人が俺に向かってほくそ笑む様子を横目に見ながら首をすくめていると、庭に通じる縁側の戸がガラガラと開く音が聞こえてきた。


俺がそっちの方へ振り向くと、そこには母さんが立っていた。


「あら、克也。

 戻ってきてたのね」

「あぁ、たでーま」


「あぁって何よ、まったく相変わらずしゃんとしないんだから…

 というか克也、土蔵で何をやっているのよ。

 中をひっくり返すのは構わないけど、後でちゃんと片付けなさいよね」

「へーい」


「あと、そろそろお昼ご飯にするから。

 梨花、胡桃、ちょっと手伝って頂戴」


「「はーい」」




母さんが土蔵にいる俺達を見て微妙な表情を浮かべていたが、その時の俺は特に気にも留めていなかった。

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