750日目
「これより、”銀河帝国”現全権大使のご入場です!!」
司会が高らかに宣言すると、会場内の席に座って待っていた来賓や来場者達が一斉に立ち上がり、ある方向へ顔を向けながら拍手を始めた。
その末席を汚す俺もまた、立ち上がって周囲に倣う。
会場にいる数千人の拍手はたちまちの内に会場全体をウァンウァンと響かせた。
すると、その方向にある正面舞台の袖口から数人の集団が現れた。
途端に拍手の勢いが強まって耳の近くでガンガンと鳴り響いたので、俺は思わず耳を塞ぎそうになるのを堪える。
見ると、その数人はある小柄な女性を中心として取り囲むようにしていた。
中心にいる女性は、見た目にまだ高校生のような若い風貌で、その王冠のようなショートの銀髪に整った顔立ちは気品を感じさせる。
いかにも彼女は銀河帝国の皇族たるカリスマを備えているように思えた。
会場正面の舞台上で彼女を待つ人物もまた、この日本では一番多くの権限を持つ役職…日本国首相であるにも関わらず、
彼女に対しては釣り合っておらず、いわゆる役者不足であるように思える。
とは言え、現首相もまた数ヶ月前の総選挙で大勝を得た新政党の党首であり、そのカリスマと辣腕振りはこの現代日本において革命的だと評する程だった。
そして彼とその政党が大勝して新政権を担うようになった遠因が、今まさに目の前にいる彼女達…この地球に到来してきた”銀河帝国”によるものだったのだ。
「どうも…お久し振りです。アルウィオネ殿下」
「こちらこそお久し振りですね、首相。面倒事は片づきましたか?」
「ハハハッ、いやまぁ、実際これからが正念場ですね」
二人がそう言いながらにこやかに握手をすると、周囲の拍手が一層盛り上がり、会場全体を地響きのように揺らした。
カメラのフラッシュも遠慮なく無数にバチバチと焚かれる。
俺は眼が痛くなるようなそのフラッシュに瞼を瞬かせながら、それでもある人を探そうとして目をキョロキョロと動かした。
来てるかな…いや、来てないとさすがに色々マズいだろ。
と思っていると、程なくその人を見つけた。
その女性は舞台袖口の陰に隠れるようにして、所在なげに佇んでいた。
どうやら、かなり緊張しているように見える。
「あー…あんなにガチガチになってちゃ、この後の行事が大変な事になるんだけどなぁ…大丈夫かな」
と、俺は思わず独り言を呟いてしまい、そのせいで隣に座っていた来客にジロリと睨まれてしまった。
慌てて口を手で塞ぎ、それでも気になって袖口の方を注視した。
どうやら、彼女は即席で作ったカンペのようなものを掌上の3D表示で何遍も見直しているようだ。
あんなにやっても、本番が始まったらセリフなんか全部ぶっ飛ぶんだろうなぁ…
何たって、この会場に居る千人以上の来場者が注目する中で色々やるんだから、そりゃ緊張するよな…俺は絶対無理だわ。
更にこの状況はTVやネットの実況で日本だけじゃなくて、全世界にいる数億人以上の視聴者にリアルタイムで見られている。
それだけでなく、詳しくは知らないが”帝国”側の報道メディアをも通じて”帝国”中にもこの状況が伝えられているはずだ。
つまりは、もし何か粗相でもすれば、その有様が全方位からコンマ秒単位で詳細にくまなく記録され、
全世界に無数にあるネット上(や実体記録媒体による)アーカイヴ等で永遠に残されてしまう…
それは想像するだけで恐ろしいな…と俺は体をブルッと震わせた。
しかし…と、俺は会場内を一度ぐるりと見渡した。
よくこんな綺麗で頑丈そうな会場の建物を、たった数ヶ月の突貫工事で作り上げたものだな…、と少しばかり感心する。
さすがは日本の土木産業というべきのかも知れない。
この会場は東京港にある中央防波堤外側埋立地の一画を占める巨大施設の一部であり、”帝国”など地球外からの来訪者向け迎賓施設として建設された。
そこには、中央防波堤埋立地だけでなく新たに建造された埋立人工島と浮体構造物を組み合わせた宇宙港施設が併設されている。
更には新しいリニアモーター鉄道や自動運転車専用道路が建設中であり、有人・無人のエアカー・ドローン発着場も作られるとの事らしい。
そうなると、この施設を取り巻く東京港の臨海地区全体も、いずれニューヨークや上海のようにハイテク超高層ビル群で埋め尽くされる事になるはずだ。
従来の東京臨海副都心地区と合わせて、まるで子供の頃に雑誌で見た「理想の未来都市」みたいな光景が広がっていくのだろう。
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何しろ、ここ最近…特に直近での一年近くは文字通り目まぐるしい程に様々な事が起こった時期だった。
まず異星人との間に第一次地球戦争が勃発して、それがあっという間に終結したかと思ったら、その数ヶ月後に今度は第二次地球戦争が勃発した。
それは文字通り地球全域が巻き込まれる大戦争となり、リアルな人的・物的被害は少なかったものの世界全体に与える心理的インパクトは著しかった。
またその間、日本では文字通りの革命と言って良いくらいの様々な改革が各所で行われた。その中の一部に先述したような新政党による新政権樹立もあったのだ。
当然、その改革の裏では”帝国”が深く関わっていた。
そして今や日本は、その歴史上かつて無かった程の繁栄時代を迎えていた。
ほんの数年前、あのどんよりとした停滞いや衰退途上にある状況からは想像も付かないほどの、V字回復どころかJの字を描くような飛躍的発展を遂げつつある。
まず人口が大変な事になっていた。
日本の人口は、2020年度では1億2600万人となり過去10年で0.8%減という状況となっていて、今後その減少率が加速度的に大きくなっていく見込みだったが、
それがまず”帝国”出身の”移民者”のお陰で、この1年足らずで一気に国内人口が数百万人も増えていて、しかもまだ”移民者”が増えつつある。
更にその”移民者”達と地球日本人との間で今や続々と婚姻が結ばれて、子供もどんどん生まれつつあるという。
いわゆる第3次ベビーブームと言える状況だが、これらによって今後10年以内に日本人口が更に1千万人以上も増加する事が予想されている程だ。
また、当然ながら実体経済も空前の伸びを示していた。
この一年での経済成長率は年間にして何と26.5%、あの高度成長期もかくやという程に経済が進展しているのだ。
国内のありとあらゆる商品が売れに売れ、それに伴って国内企業の工場での商品生産が常時フル稼働状態となっているという。
当然ながら設備投資額も過去最高となり、一つの業種を例にしてもそれを支える幅広い裾野の産業全体が潤う構図が生まれている。
ありとあらゆる分野の産業がここで息を吹き返したどころか、過去最高レベルの再成長をもたらしつつあるのだ。
その需要については、もちろん内需や地球上の海外諸国への輸出分も含まれるのだが、いまや主に”帝国”側への輸出が遥かに多いという事だ。
そして物資を輸送する為に、国内の各地に異次元を経由する巨大な”星門”が設けられ、新たに敷設された道路や鉄道も”星門”へと引き込まれるようになっている。
何しろ、”帝国”人達は日本の車や白物家電、AV機器や情報端末等の電子機器、または家具什器から衣料品に日用雑貨に伝統工芸品、加工食品や嗜好品、更にはゲーム機や音楽CDやDVD、アニメやドラマ、漫画や小説や雑誌等のコンテンツ類までと、非常に幅広い日本製品を求めているのだという。
こうした商品は”星門”を潜った先にある”通商結節体”という人工的なスペースコロニーに似た超巨大空間において、観光目的として訪問したり短期居住を行っている”帝国”人達に提供されるようになっている。
その”通商結節体”は、さながら”ミニ日本”のような環境が整えられている。俺も既に何度も行った事があるが、そこにある街並みを一見しただけでは、日本にある再開発都市やニュータウンと殆ど変わらない雰囲気になっているのだ。
また”帝国”人達は、日本企業と合弁で新しい会社を立ち上げたり、または中小を含めた無数の日本企業内へコンサルティングの為に介入していって、
組織の刷新や新事業開拓を日本人と一緒になって取り組むようになっていった。
そのお陰で国内のほぼ全ての企業が、合併や連携といった形はあるものの、倒産や廃業をする事なく永続的な事業継続を行えるような体制となった。
これにより所属社員の給与や福利厚生が一気に世界最高レベルへ改善されたのだ。
また全ての派遣業についても、高い技能と経験を持つ専門家による短期就労・高収入のシステムへと転換を遂げている。
当然ながら人材開発についても”帝国”側の技術や発想が取り入れられ、世界的に見ても非常に高い知識や技能やノウハウ、それにスキルを全国の労働者全員が公平公正に会得出来るようになった。
そして、あの悪夢のような世界的新型コロナ大流行が完全に収まった今では、地球上の世界各国から観光客が再び日本へどどっと押し寄せるようになっていたが、
さらにそこへ”帝国”からの観光客が加わるようになった。今や地球内外からの観光客数は年間で5000万人以上と予想される有様だ。
だが、当然そうなると観光業界はともかく宿泊業界は内需をも圧迫する懸念があったのだが、実際には”帝国”人達は主に”通商結節体”側にある宿泊施設群に滞在しているし、また日本本土でも従来の宿泊施設にプラスして新たな大規模宿泊施設が数多く設立されていて、それらは上述の”帝国”合弁会社が運営して”帝国”人が勤務していたりしている。
それ以外にも、日本国内で非常に多くの”帝国”人が”移住者”として日本人と一緒に働くようになった。
また、その経済を支える国内資源の開発も、凄まじいほど進展していた。
例えばこの1年以内に、この日本領土や領海及び排他的経済水域内に、世界最大と評される程の大規模な油田や天然ガス田やメタンハイドレートといった化石エネルギー資源、更には金銀プラチナのような貴金属や希少金属の鉱床が続々と発見されていて、その総量は推定で数百兆円以上と換算されている。
もちろんこの発見と採掘事業の進展の裏には”帝国”の存在がある事は暗黙の了解であり、”帝国”側の超高度なテラフォーミング技術があれば朝飯前なのだそうだ。
当然、採掘による環境破壊はほぼ0に抑える事が達成されている。
更には日本国内で絶滅していたはずの動植物、例えばニホンオオカミやニホンカワウソやトキに至るまでが再発見されたり、あるいは既存の希少動植物の数が急増していたりしていて、今や保護管理しなくても良い位になっているそうだ。
そのお陰でイリオモテヤマネコやアマミノクロウサギやヤンバルクイナなどは増加し過ぎて逆に問題になっていたり、あるいは東京や大阪の大河川におけるホタル類大発生のように、人々にとっての癒しとなっている事例もあるという。
いずれにしても、俺が、いや俺達日本人が絶望的な将来像に対して見て見ぬふりをしながら、文句も言わず社畜になってあくせくと働いていたあの頃より…
全く予想もつかない形ではあるが、ともかく良い方向に歩み出している事は確かなんだろうと思う。
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しばらく俺がそんな取り止めもつかない回想をしていると、ふと舞台の上で動きがあった事に気づいた。
「以上、日本国現総理大臣からのご挨拶でした!」
どうやら演説が終わったようだ。
今の総理大臣は、今までの歴代首相に比べれば全然若く、またそれなりにカリスマにも恵まれているとは思うのだが、
やっぱり若干オッサンなせいか、演説が退屈で長くなる傾向があるようだ。結果としてあまり聴衆の心に届かなくなってしまうような気がする。
俺もさっきまでの演説の内容を要約しろと言われても全く出来ない。
「続いて、”銀河帝国”現全権大使・アルウィオネ殿下からのご挨拶です!」
さっきまでのまばらな拍手とは打って変わって、怒涛のような盛大な拍手で迎えられた大使が、舞台の中心に据えられた壇上に立った。
どう見ても美少女然とした容貌の人物は、そこに立っているだけで何だか眩いオーラに包まれているようにも感じられる。
宇宙人慣れしていない一般人の目には、もはや彼女は神に準ずる使徒のように映っているのかも知れない。
周りをチラッと見回すと、来場者の殆どが、まるで宗教画を見て感涙に咽ぶ敬虔な信徒のような表情を浮かべながら彼女を見ているのだ。
まぁ実際にも彼女は、現段階でこの地球上の全ての政治家よりも立場が上である事は間違いないだろう。
「皆様、今日この記念すべきこの時において、この場にご参集頂き、大変感謝しております」
拍手が止んでシンとなった広大な会場内に、彼女の美しいソプラノボイスが朗々と響いた。
「今日は、あの”第二次地球戦争”…その戦勝1周年記念日であり、またこの新しい時代の象徴である宇宙港の開港日でもあります…」
彼女はその挨拶に続き、この地球日本に対する感謝の言葉を丹念に綴った。
来場者は微塵も動かずに、彼女の壮麗な声に耳を傾け続けていた。
恐らくはネットの中継映像上でも、よくあるようなコメントの飛び交いは控えられているんじゃないだろうか。
聴衆を黙らせるだけの力を、彼女は持っていた。
…まぁ、実を言うと俺は、あのアルウィオネ嬢の実態を垣間見ているので、そこまで感動したりはしていないんだけど。
彼女による、この宇宙港を用いた日本と”帝国”との今後の通航についての概要説明が終わると、そこで彼女は一度言葉を区切った。
「さて皆さん…なぜ、我々”銀河帝国”は、皆さんのこの地球日本へ、この世界線へと、やってくる事になったのでしょうか…
それを語るには、何よりもまず、我々がここへ介入するきっかけとなったあの事件について、語らねばなりません…」
そして彼女は、チラッと舞台袖の方を見た。
「その為には、私の言葉だけでは足りません。
ある証人兼功労者をここにお呼びして、その方々と共に語りたいと思います」
おぉ、ついに出番が来たか。
まぁ大丈夫じゃないんだろうけど、俺は応援しているぜ。安全圏からだけどな。
…って、ん?
なんか、今「その方々」って言わなかったか?
「さて、その二人を皆さんにご紹介しましょう!
どうぞ、こちらにお上がり下さい!!」
アルウィオネ殿下がそうハッキリと言うと、
パッとスポットライトが、二箇所をクッキリと照らし出した。
「…うぇえ!!??」
な、なな、なんで俺の方までスポットライトが…!?
だって俺、事前に何も聞かされてねぇぞ…!!
しかし、スポットライトで照らし出されたもう一方からは、ある女性がガチガチに緊張しながらも堂々と壇上の方へと歩き出していた。
彼女は硬い表情で歩きながらも、俺の方をチラッと見て微かにニヤッと笑ったように思えた。
それで俺は全てを悟った。
アイツ…俺を巻き込みやがったな。
俺はやれやれとばかりに溜息を一つ吐いてから席を立ち、彼女が向かうその壇上の方へと歩み出した。
仕方ない、何となくこうなるような気もしていたのだ。
しかし俺達を見る来場者は、俺達の事を何も知らないに違いないだろう。
なので俺は今から、なぜ俺が…いや俺達に何が起こってこうなったのかについて、自身が思い出せる限りを日記のような形で最初から語っていきたいと思う。
そう、これは俺が異星人相手に無双したことについての記録である。