3-1.王太子殿下の困惑
「何故だ。何故なのだ」
教室で、ふたり仲良く談笑していたロズリーヌとミシェル。
当然、王太子は怒りを覚えた。
だからロズリーヌに真意を問いただそうと、連れ出したのだ。
なのに何故、ロズリーヌは逃げる?
教室へ入る直前に聞こえてきた会話から想像できるのは、ロズリーヌはあのミシェルのような女めいた顔立ちのほうが好みだという事実で――
ロズリーヌが戻ったのは、教室に皆が揃うころだった。
人目のあるところで、揉めている姿など見せられない。王太子は小さく溜息を吐いて、いつもの“完璧な王太子殿下”の仮面を被る。
それからも、王太子は何度かロズリーヌと話をしようと試みた。
しかし常に誰かが……いや、誰かではない。気のせいではなく、近くにはミシェルがいた。
むしろ、ロズリーヌが積極的にミシェルに絡んでいる気配すらある。
いったいどういうことなのか。
ロズリーヌは、王太子であるシルヴェストルの婚約者ではないのか。
「ロズリーヌ、こちらへ来い」
人目の途切れた隙を突いて、王太子はようやくロズリーヌを捕まえると手近な談話室に連れ込んだ。
扉の前には王太子付きの近衛が立ち、王太子の侍従たちがさりげなく人払いをして……手際よくコトが進められて、ロズリーヌは緊張する。
王太子は侍従たちには扉の側に留まるよう命じると、ロズリーヌだけを連れて窓際の長椅子を勧めた。
頷き、腰を下ろすロズリーヌを確認して、自分はその対面に座る。心なしか、王太子はどこか苛立って緊張しているようだ。
――まさか、もう、“ゲーム”の定めた運命に従い、ヒロインをいじめるなと釘を刺されるのだろうか。
まだ、ロズリーヌは何もしていないのに。
そこまで考えて、ロズリーヌは気づく。
ミシェルはたいていひとりだ。誰も連れていない。
傍目からは、護衛兼侍従のレイモンと侍女ジレットを従えた自分が、ミシェルに何やら圧を掛けているように見えるのではないか。
「恐れながら、殿下」
何から告げようか、そう逡巡していた王太子の前で、ロズリーヌが顔を上げた。
わずかに表情を強張らせて、けれどきっぱりと述べる。
「ありえませんわ。殿下がお疑いになるようなことをわたくしがするなど、けしてありえません。
相手がクレスト様とはいえ、絶対に、ありえないと申し上げます」
「ロズリーヌ……?」
「ですから、殿下。ご安心くださいませ」
では、自分の疑いを察していたのかと、王太子は複雑な表情を浮かべた。
ロズリーヌは、だから強く頷く。
信じてもらえるかはわからないが、ロズリーヌに、ミシェルに対する敵意はないのだと知ってほしいのだ。
結婚だけは譲れないが、それは国のためなのだ。
次代の王となる方が男に入れあげた挙句、世継ぎの誕生すらままならなくなってしまっては、シルヴェストルの名に疵が付く。
「殿下の“真実の愛”に、本当ならわたくしも諸手を挙げて祝福申し上げたいのです。ですが、やはり立場というものをご理解いただかなくては……」
「ロズリーヌ? 何を言っている?」
「皆まで仰らずとも、わたくしはわかっております。ですが殿下。どうかご自分の貴い御身分をお忘れなきよう、お願い申し上げます」
何をわかられているのか、王太子にはわからない。ロズリーヌは、王太子の何を理解しているというのだ?
それに、自分の王太子という身分を忘れたことだって一度もない。
小さくコツコツと扉が叩かれた。
近衛のモリスが、誰かが来たことを知らせる合図だ。「モンティリエ嬢がこちらにいらっしゃると聞いたのだが」という声もする。
ロズリーヌはハッと扉を振り返った。
あの声はミシェルだ。こんな密室にできるような部屋に、ましてや王太子がここにいるのに、彼を入れてはいけない。
「殿下、それでは、わたくしはこれで失礼させていただきます」
「ロズリーヌ、待て」
「大丈夫ですわ、殿下。先程のお話は、わたくしの胸にのみ留めてあります。どうかご安心を」
ロズリーヌはさっと立ち上がり、きれいな一礼をすると足早に部屋を出てしまう。どこか慌ててもいるようだ。
続けてジレットとレイモンが一礼し、ロズリーヌの後に続く。
扉の外で、ミシェルと言葉を交わすロズリーヌの声が聞こえた。教師の呼び出しがどうこうと言っているが、王太子の頭には入ってこない。
「――ディオン」
「はい、殿下」
「私の“真実の愛”とは、いったい何のことだ?」