11-2.いよいよ年貢の納め時か
「ロズリーヌ、珍しく緊張しているようだ」
「そ、そんなことは……」
顔を寄せて耳元で囁かれて、ロズリーヌは危うくステップを間違えそうになってしまう。いつもよりずっと身体が近くて、息遣いまでが感じられる。
体温も心臓の鼓動も何もかもを感じて、顔にのぼった血が引いていかない。
さらに言えば、この最初のダンスが終わったら、いよいよ断罪なのだ。緊張しないわけがない。
集中できていないせいか、ときどき足元が覚束なくなるロズリーヌを巧みにリードして、王太子はくすりと笑う。
「いつも、今日くらい私に身を任せてくれてもかまわないのだぞ、ロズリーヌ」
「そんな……今日は、少し調子が乗らないだけですわ」
ぐいと、さらに引き寄せられて、もうほとんど抱き合っているようなものだ。
いかにダンスだからってくっつき過ぎにも程があるのではないか。
「シルヴィ様、これはさすがに近過ぎます」
「構わない。お前は私のものだと、きちんと示しておかねばな」
これほど密着しながらくるりくるりと回転して、それでも足を踏んだりしないのはさすがと言うべきか。
恥ずかしくて、つい顔を伏せようとしてしまうロズリーヌに、「私を見るんだ」と王太子が囁く。
「今すぐお前を連れて宮に引きこもりたいくらいだ、ロズリーヌ」
「何を……そんな、ふしだらなことをおっしゃるのはやめてください」
ロズリーヌは、赤く染まった顔を僅かに顰める。
あの完璧で真面目なはずの王太子がこんな不真面目なことを言い出すなんて、いったい何があったのだろう。
「ロズリーヌ。お前が“記憶”とやらに踊らされているという話は聞いている」
「――え?」
「その記憶は、お前が、昔、高熱に倒れた時に見た夢が元になっているということも知っているよ」
「シルヴィ、様……」
ロズリーヌの顔がさっと青くなった。
なぜ、それを王太子が知っているのか。
ロズリーヌがあれこれ画策していたことも、既に知られているのか。
これはロズリーヌを逃さず追い詰めるための芝居だというのか。
「わ、わたくし……」
「だから、私はお前の“記憶”を否定するために、こうすると決めたのだ」
音楽が終わった。
王太子はロズリーヌの手を取ったまま、ホールの中央で軽く一礼をする。
「この、国王陛下の御前という場を借りて、私、エレメンタリ王国王太子シルヴェストルは宣言する」
ロズリーヌは震えだす。
やはり、断罪は行われるのだ。
“記憶”では、何もしていないと否定したところで無駄だった。ロズリーヌの悪逆の証拠は完璧に揃えられ、知らぬ存ぜぬなどまるで通らなかったのだ。
だから、今回もきっとそうなのだろう。
王太子が、証拠もなくロズリーヌを断罪するなんてあり得ない。
王太子が、カタカタ震えるロズリーヌの手を引き寄せる。
ざわめき戸惑う貴族たちが、ふたりに注目している。
「我が婚約者、ロズリーヌ・モンティリエに、永遠の愛を誓うと!」
ロズリーヌの手に口付けが落とされた。
なにかの間違いか……いや、これは幻覚だ。間違いない、幻覚だ。
ロズリーヌはもう倒れそうだった。いっそこのまま気が遠くなるに任せて失神してしまったほうがいいかもしれない。
「ロズリーヌ、さあ、私の愛を受け取ってほしい」
なにしろ、幻聴まで聞こえ始めている。
きっと、都合の悪いことを聞きたくないから、都合のいいことしか聞こえないのだ。そうに決まっている。
ほら、その証拠に、ヒロインのミシェルが出てきたではないか。
ロズリーヌの潤んだ目からぽろりと涙が零れ落ちた。
殿下の情熱的な告白に感動なさっていらっしゃるのね……なんて言葉も聞こえるが、そうじゃない。これは絶望の涙なのだ。
「ロズリーヌ・モンティリエ嬢」
ミシェルはなぜか、王太子とロズリーヌの前に膝をつく。
いよいよ断罪の本番かと、やや遠くを見つめたまま涙の止まらないロズリーヌに、ミシェルが頭を下げる。
もういっそこの場で殺してくれ、とすら思って――





