10-2.大精霊の仕業なのか
「酷くなっているように、思うのだ」
「酷く、ですか?」
翌日、王太子はまたフェリシアンを訪ねた。
何かわからないかとせっつかれて、フェリシアンは首を捻る。まるで夢が現実を侵食しているようだという王太子の言葉に、考え込みながら。
「ロズリーヌは、私の言葉が“記憶”と違うことに惑わされているようだ」
「お話を聞く限りでは、たしかに大精霊の介在が伺えそうですね。ですが、そのように大精霊がお力を振るうなど、前例が……」
「では、何故ロズリーヌは“記憶”に囚われたままなのだ。まるで、現実の私を拒否されているように感じてしまう」
眉を顰める王太子に、フェリシアンはひたすらに考える。
ひたすらに考えて……ふと、気になった。
「殿下、モンティリエ嬢のその“記憶”は、未来永劫、天寿をまっとうするまで続いているものですか?」
「え? いや……そういえば、そこまでは……?」
「もし終わりがあるのでしたら、最後に出てくる事物が“記憶”を終わらせる条件なのかもしれませんよ」
王太子は、“記憶”の最後、と呟いた。
「殿下のこれまでのお話から考えるに、完全に一致している必要はないのでしょうね。
ですから、モンティリエ嬢がこれで終わったと認識し、納得できる程度に似た事物が起こればよろしいのではないかと」
「終わった、と?」
「はい。もう未来の“記憶”に描かれたことは終わったとなれば、以降は“記憶”にも無い時間となります。
つまり齟齬などもあり得ないということです。
であれば、モンティリエ嬢も、殿下のお言葉や態度を、“記憶”などに揺さぶられることなくそのままに受け取れるようになるのではないでしょうか」
「――一考の余地はあるな」
「私からも、このような事例があるのかを神殿に問い合わせておきます。おそらくは、大神官殿や高神官殿であれば、もう少し有用なことがわかるでしょう。
詳細なお返事ができるまで、どうかもうしばらくお時間をいただきたく」
王太子は小さく息を吐く。
ロズリーヌの“記憶”は、“断罪”で終わるのだと聞いていた。
自身の罪と家の罪を背負って断罪を受けて、追放されて……その後のロズリーヌがどうなるか、“記憶”の中には描かれていない。
「いや、助かった。神殿より何らかの返答が来たら、即知らせてほしい」
「はい、もちろんです」
それから、昨日の約束どおり、王太子は仕立て屋を連れてロズリーヌを訪ねた。ロズリーヌは今日もどこかぼんやりとしていて……ふと、「やっぱりイベントが早まるのかしら」と呟いた。
ジレットへ目をやれば、困ったように眉尻を下げて小さく会釈する。
「レイモン」
「はい、殿下」
「今夜、時間を空けておく。ジレットとともに私のところへ来てくれ」
「わかりました」
夜遅く、以前のように眠ったロズリーヌをメイドと護衛に任せて、ジレットとレイモンは、王太子を訪ねた。
そこにはミシェルもいて、いったいこれから何が起こるのかとジレットの表情が固くなる。
「ジレット、ロズリーヌの言う“断罪”とは、どんなものだ?」
「え、あの……」
「わかることだけで構わない。詳細を話すんだ。どうせ、それにはミシェルも関わっているのだろう?」
「――はい」
ジレットは大きく深呼吸をすると、おもむろに話し始めた。ロズリーヌから聞いた“断罪イベント”が、どのようなものかを。
王太子の表情は険しくなり、ミシェルも困惑に視線を泳がせる。
「――わけがわからん。なぜ卒業式典の場などで、そんな重要な告発をするのだ? 最悪、他の者を巻き込んでの刃傷沙汰になるではないか」
「冷静に考えればそのとおりですが、お嬢様は“イベント”だから仕方ないとおっしゃるのです」
聞き終えた王太子が、思い切り渋面を作る。
上位貴族の直系にむかってそんなわけのわからない方法で“断罪”などやろうものなら、たちまち反発と突き上げで自分の進退のほうが危ないだろう。
けれど――
「そうも特殊な場での“イベント”だというなら、やりようがあるかもしれない。フェリシアンが、“記憶”に“終わり”があるのなら、その終わりを逆手にとってはどうかと言ったのだ」
「逆手に、ですか?」
「ああ。ロズリーヌが“記憶”が終わりを迎えたのだと納得すれば、もう“記憶”に振り回されることなどなくなるのではないか、とな」





