10-1.突然ですがファンタジーです
この国で信仰されている大精霊は、この世界の源を司るおおいなる存在だと言われている。
世界のあらゆるところに存在し、あらゆるものに力を与え……そして、人には「夢」という形でお告げを与えるのだと言われているのだ。
「夢ですか?」
翌日、王太子はさっそく神官見習いであるフェリシアンの元へと赴いた。
王太子の、“乙女ゲーム”などの言葉は横に置いての掻い摘んだ説明に、フェリシアンは首を捻る。
たしかに、大精霊は夢という形で人に託宣を与える。けれど、“未来の記憶”みたいなものまでを与えたことなどあっただろうか。
「そう……だが、ほんとうに夢なのかはわからないのだ」
「難しいですね……私もまだまだ勉強中の身でありますし、何とも言えません。いっそのこと、殿下御自ら大神官殿にお尋ねしてはいかがでしょう」
「ああ、それも考えたのだが、時間がかかってしまう」
さすがに神殿のトップともなると、いかに王太子の身分があっても今日の明日に会うというわけにはいかない。面会を申し入れ、数度のやりとりの後にやっとという段取りになるだろう。下手をすればひと月はかかる手続きだ。
ううむ、と考えて……フェリシアンは「たしかにそうですね」頷いた。
「では、私も、できうる限りは調べてみましょう。殿下も、並行して大神官殿への面会を申し入れてみてください。
夢が関わることに大精霊のおおいなる力が働いているとみるのは、至極まっとうな判断ですから」
「ああ、すまないが頼む」
「恐れ多くも、殿下自ら足を運んでくださったうえ、将来の王太子妃殿下に関わる話です。微力ながら、お力になれればと思います」
にこりと笑ってフェリシアンは礼をする。
「ねえ、ジレット」
「はい、お嬢様」
「わたくし、考えたのよ。イベントはあり得ないほど早く進んでしまったでしょう? もしかしたら、わたくしの断罪も早まるのかもしれないわ」
何を言い出すのかと、ジレットは大きく目を見開く。“断罪”などとは言うが、いったい何の断罪なのか。
「お嬢様。まさかとは思いますが、お嬢様は何かしら罪を犯したなどという自覚がおありだとおっしゃるのですか?」
「いいえ。わたくしは何もしていないわ」
「それなら……」
「でもね、ジレット。断罪は必ずされてしまうのよ。わたくしは何もしていないつもりだけど、わたくしが手を下したという証拠は出てしまうのだもの」
「お嬢様、いったい何を……」
「そういう、“シナリオの強制力”があるものなの」
ロズリーヌは明らかにおかしい。
なぜ、やってもいない罪……しかも何の罪だかもわからないもので、ロズリーヌが断罪されるのか。
ロズリーヌは上級貴族である侯爵家の令嬢だ。相当な罪状でもなければ、“断罪”などという事態になるわけがない。
「こんなことなら、どんな手を使ってでもミシェル・クレストを亡き者にするべきだったわ。わたくしだけが断罪されるなんて、おかしいじゃない」
「――お嬢様!」
どこかぼんやりとしたままのロズリーヌを、ジレットは悲鳴のような声を上げて呼ぶ。ロズリーヌにいったい何が起こっているのか。
「お嬢様、王太子殿下がいらっしゃいましたよ」
そこに、レイモンが王太子の来訪を知らせる。
パッと顔を上げたロズリーヌが、「まあ」とうれしそうに笑い、それから不思議そうに首を傾げた。
「おかしいわね。殿下はどうしてわたくしを訪ねてきたのかしら?」
「――お嬢様、殿下をお待たせしてはいけませんよ」
「そうね、そうだったわ」
すぐに王太子をここへ通すようレイモンに命じると、ジレットは茶器の用意に席を外す。
程なくして現れた王太子は、立ち上がったロズリーヌをしっかりと抱き締めた。そのまま流れるように顔を覗き込み、微笑んでキスをする。
「殿下、人目のあるところで、あまり、そういうことは……」
「また“殿下”か、お前は。いつになったら素直にシルヴィと呼ぶのだ?」
「あっ、申し訳ありません、シルヴィ様」
赤く染まるロズリーヌの頬を撫でて、「早く慣れてくれ」と王太子は囁く。
「そうそう、来月は最初の夜会があるだろう? 明日、仕立て屋を呼んである。私の衣装と揃いでドレスを仕立てよう、ロズリーヌ」
「はい……でも、良いのでしょうか」
「何がだ?」
「ミシェル・クレストはどうなさるのです?」
王太子は息を呑んだ。
また、ロズリーヌはぼんやりと呆けたような表情になっている。
「――ロズリーヌ、忘れたのか? 私が愛しているのはロズリーヌだと、何度も言っているではないか」
「あ、殿……シルヴィ様」
軽くキスをされて、ロズリーヌはハッと我に返る。
「わたくし、ぼうっとしてしまって……」
「ああ、ここに私がいるのだから、私に集中してくれ」
「申し訳ありません、シルヴィ様」
眉尻を下げるロズリーヌに、王太子はもう一度キスをした。





