9-2.昨晩は、お楽しみ、でしたね
翌朝、薄く目を開けると毛布とは違う温かな感触に包まれていた。すべすべして、自分より少し温度が高くて……軽く撫でたとたんにぎゅうっと抱き締められて、ロズリーヌははっきりと覚醒する。
「あっ、で、殿下……!」
顔を裸の胸に押し付けられて、肌を介した熱が頬に伝わる。王太子のゆったりとした鼓動まで感じて、ロズリーヌの心臓の鼓動が早くなる。
どうして? まだ、夢は続いているのか?
「ロズリーヌ」
胸に抱えられたまま、頭にキスを落とされた。
全身がカッと熱くなって、おまけにふたりともまだ裸のままで、ロズリーヌはどうしていいかわからない。
「ああ、私は幸せだ、ロズリーヌ。腕の中にお前がいる」
「殿下……」
「ロズリーヌ、もう忘れたのか? シルヴィと呼べと言っただろう。ここには私とお前だけしかいない」
「でん、シルヴィ様……あの、わたくし……」
「どうした、ロズリーヌ。もしや、恥ずかしくなってしまったか?」
胸に伏せたままの顔を上げさせられた。
すぐ目の前でとろりと笑っていた王太子が、覗き込むなりキスをする。啄むだけでなく、貪るように深いキスだ。
「あ……」
「ロズリーヌ」
「で、シルヴィ様、もう、外は明るく……」
「明るいところで、たしかにお前がここにいると確かめさせて欲しいんだ」
確かめ……と呟いて、ロズリーヌの顔がいっきに真っ赤になった。ぱくぱくと口を開け閉めして、「そっ、それは」と言ったきり黙り込んでしまう。
「ロズリーヌ、嫌か?」
「い、嫌、なんて……ですが、もう、朝なのに……」
「問題ない。今日はお前とゆっくりすると、昨夜のうちに伝えてある」
王太子ともあろう者がこんな享楽的でいいのか。堕落ではないのか。
慌てるロズリーヌを抱き締めてキスをして……ふたりが起き出したのは、結局昼も近くなってからだった。
* * *
「お嬢様!」
「ジレット、お前は大丈夫だったの?」
ややぐったりと疲れたようすのロズリーヌに、ジレットが目を丸くする。
それから心配そうに問われたことの意味を察してやや頬を赤らめたものの、ジレットは「もちろんです」と答えた。
「私はお嬢様にお仕えしているのです。ですから、お嬢様が案じるような何かなど、あり得ませんよ」
きっぱりと述べられて、ロズリーヌはミシェルに目をやった。
もし、ジレットの意思に反して……などということがあったのならば、どんな手を使ってでも滅殺しなければいけない。
だが、ミシェルは慌てたように首を振っていた。そのすぐそばにはレイモンもいて、なら、ほんとうに潔白なのかとほっとする。
「お嬢様、さっそくですが、旦那様から言伝がありました。“王太子殿下のご厚意に甘えるといい”とのことでございます」
「お父様が……」
なら、このことはすべて父も知っているということか。
横に立つ王太子をちらりと伺うと、にこりと笑い返された。腰に回した手でそっと抱き寄せられて、また心臓が暴れ出してしまう。
「殿下、お嬢様。それではお茶を用意させていただきます」
「ああ、ジレット。よろしく頼む」
「殿下、俺は王都に戻ります」
「なんだ。ゆっくり滞在しても構わないのだぞ」
「いえ、何というか、あてられそうなので」
「そうか?」
ミシェルのからかうような言葉とどことなくうれしそうな王太子の言葉に、ロズリーヌの顔がさらに赤くなる。
当然ながら、昨夜のことも今朝のことも、この場にいる全員に知られているのかとまで考えて、ロズリーヌは、あれ、と首を傾げた。
たしかに、“記憶”の中には王太子の離宮でのイベントがあった。
けれど、相手が違う。
この場で王太子と結ばれて皆に祝福されるのは、ロズリーヌではなくヒロインだったはずだ。何かがおかしい。
そう、自分はヒロインの襲撃に失敗して惨めに逃走していなければならないのに、どうして今王太子の隣でくつろいでいるのか。
ロズリーヌは顔を上げて、ぼんやりと王太子を見つめた。
ここに座っているのは、ミシェルのはずなのに。
「どうした、ロズリーヌ」
「いえ」
ロズリーヌの表情に浮かぶ困惑の色に、王太子が首を傾げる。
「何か、気に掛かることでも?」
「その……わたくし、まだ夢を見ているみたいで……」
「まだそんなことを言っているのか? これは夢などではないと何度も言っただろう。私とのことを夢で片付けないでくれ」
「はい……シルヴィ様」
それでもロズリーヌはどこか納得していないように感じて……王太子はしっかりと抱き寄せた。





