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1-2.ヒロインちゃん、登場

 ジレットの言葉に、ロズリーヌは我に返る。


 そう、現れたのは“ヒロイン”ではなく“ヒーロー”だった。


 ロズリーヌの記憶どおりならここに現れるのは“ヒロイン”だ。

 やわらかなピンクブロンドの巻き毛もやや垂れ目がちで歳の割に幼くかわいらしい顔立ちも――ロズリーヌの記憶の中ではたしかにヒロインのものなのに、今ここに現れたのは、どこからどう見ても美少年だった。

 ロズリーヌだって信じられない。


「どうして?」


 ふたつめの鐘がなる。

 だが、王太子は現れない。


 ロズリーヌは混乱のあまり、ふらりとよろめいてしまった。触れた植え込みがかさりと音を立てて揺れる。


「そこにいるのは誰?」


 彼が振り向いた。

 かわいらしいと思った顔は、意外に厳しい表情も作れるようだ。

 だが、その表情は、どこか驚いてもいるようで……じっと見つめられて、ロズリーヌはやや腰が引けてしまう。


「わ、わたくしは……」


 動揺のあまり一瞬口ごもったところで、ロズリーヌはハッと気を取り直した。

 “スチル”の通りではなかったが、まだ油断はできない。“逆ハールート”は、この入学式の日の“イベント”がなくても入れたのではなかったか。


「わたくしは、ロズリーヌ・モンティリエ・ド・ルーヴァン。これから講堂に向かうところですわ」

「俺はミシェル・クレスト・ド・イエール。

 これは失礼しました、ロズリーヌ嬢。もしよろしければ、講堂までご同行させてはいただけませんか。田舎から出てきたばかりでこのような都会の建物にあまりなじみがないせいか、迷ってしまったのです」


 落ち着いて、形式どおりの礼を取るロズリーヌに、ミシェルも慌てて追随する。

 しかし、どこか取り繕ったような台詞に、ロズリーヌの眉が寄った。

 なぜだか観察されているような気もする。


 本当ならヒロインを講堂へと案内するのは王太子の役目だったはずで、だから怪訝に思われているのだろうか。

 さらには、これはどういうことかとレイモンとジレットからの視線にも問われているようで、落ち着かない。

 まさか、あの“乙女ゲーム”の運命は単なる高熱の見せた幻だったのか。

 ロズリーヌは内心冷や汗を流す。


 ――いや、しかし、まだ油断はできない。


「それはお困りでしょう。しかたありませんね、わたくしがご案内いたします」

「すみません、たすかります」


 けれど、なぜ自分が案内することになっているのか。どうにも納得がいかず、そっと扉を伺ってみても、王太子が来る気配はやはりない。


「お嬢様、そろそろ式典が始まってしまいます」


 ジレットにそっと耳打ちされて、ロズリーヌは頷いた。“入学式のイベント”は不発に終わったということでいいのかと、ようやく息を吐く。


「クレスト様、講堂はこちらです」


 ロズリーヌはくるりと背を向けて歩き出して……ふと何かを思い出したように立ち止まる。


「それから、クレスト様。特に親しい関係でもない限り、家名で呼ぶことが学院の慣例となっております。お気をつけください」

「あ……それは失礼した、モンティリエ嬢」


 ミシェルはふわりと笑って謝罪する。

 愛嬌のある笑顔が口で言うほど反省はしていないと言っているようで、少し腹立たしく思って……気がついた。

 今日から始まるのは、“乙女ゲーム”だとばかり考えていたが、もしかしたら違うのではないか。

 自分の勘違いではないのか。


「モンティリエ嬢、式典はもう始まってしまったようですね」

「え、ええ……」


 その可能性に思い至って、ロズリーヌは少し注意散漫になっていた。そっと開けたはずの扉が思いのほか大きく軋んで、耳障りな音を上げる。

 おりしも、壇上では王太子が新入生代表のあいさつを述べていて……。


 こちらをじっと見つめる少し驚いた顔の王太子に気づいて、ロズリーヌはやっぱりと思う。

 これは“乙女ゲーム”じゃない。“BLゲーム”なのだ。


 つまり、この男はやはり“ヒロイン”で、ロズリーヌはその恋路を邪魔する悪役令嬢で――今、まさにシルヴェストル王太子はイエール辺境伯令息ミシェルにひと目ぼれをした瞬間で。


「わたくしとしたことが、油断したわ」

「モンティリエ嬢?」


 王太子のようすに気づいた生徒たちが、ざわつき始めた。ロズリーヌとミシェルを振り返るものもちらほらと見える。

 このままではまずい。不敬と取られかねない。

 ロズリーヌは壇上の王太子に最敬礼をする。


「シルヴェストル王太子殿下、並びに皆様。わたくしの不徳により、式典に水を差してしまいましたことを心からお詫び申し上げます」

「ロズ……いや、モンティリエ嬢、問題ない」


 どこか呆然としているらしい王太子の声に、ロズリーヌは小さく息を吐く。

 ああ、やはり王太子はミシェルに心を奪われている。


「殿下の寛大な心に感謝を。どうか、お続けになってくださいませ」

「ああ――」


 ふたりが手近な席に座ったところで、あいさつはすぐに再開した。

 王太子の深く響く声を聞きながら、ロズリーヌはさっきようやく気付いた可能性について考える。


 ここは、“乙女ゲーム”ではなく“BLゲーム”の世界だった。


 つまり、運命どおりなら、王太子はこの“ヒロイン”である男に恋に落とされて同性愛に目覚めてしまうということだ。


 さすがにまずい。


 次代の国王として、国の期待を一身に背負う、“完璧な王太子殿下”が、さすがにそれはまずい。

 衆道落ちだけは、何としても阻止しなければ。

 いや、せめて世間に対して取り繕うくらいの分別を持ち、世継ぎを設けてもらわねば――王族が衆道は、とにかくまずい。


 なんとかしないと。


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