7-2.走れ、王太子殿下
「殿下、レイモン殿をお連れしました」
「ああ」
学内のサロンで、王太子はミシェルとともにレイモンを待っていたようだった。
レイモンがきっちりと騎士の礼を取ると、王太子は鷹揚に手を振った。
「レイモン、あいさつの口上はどうでもいい。ロズリーヌの姿が見えないが、いったいどうしたのだ。まさか病にでも伏せっているのではあるまいな?」
「いえ、殿下。お嬢様は少々……その、此度のあれやこれやの改善をはかるため、しばし別邸で休養を取ることになっております」
「別邸……というと、あの湖畔の別荘か」
「はい。今朝早く発ちました」
そうか、湖畔か……と呟いたところで、王太子がハッと顔を上げた。何故かその表情は険しく、レイモンは不躾にも、ついつい怪訝に見つめてしまう。
遅れてディオンが「あ」と声を上げた。
「モリス! 今朝、お前が言っていたのは、湖水地方に向かう街道ではなかったか?」
「はい、殿下。その通りです」
護衛でもある近衛騎士モリスの返答に、王太子がディオンを振り向いた。
ディオンは心得たとばかりに頷いて、「すぐに騎士団に知らせを送ります」と返す。
「モリス、馬と武具を用意しろ。ここにあるもので構わん。ディオンはそのまま学園の警備兵を集め、直ちに私に続け。
ミシェルとレイモンはこのまま私とともに来い」
「殿下? いったい何が……」
王太子が真剣な顔で次々命令を出す。ディオンもモリスも即座に従い、その場を離れる。
「時間がない、歩きながら説明する。レイモン、武器は持っているな?」
「はい、常と同様に……」
「ならいい。今朝、モリスが騎士団からの報告を持って来たのだ。街道に大規模な盗賊団が出没したと」
「――まさか」
「そのまさかで、ロズリーヌの向かった湖水地方へ続く街道だ。いかにごろつきどもの集団とはいえ、数も多いという。
レイモン、ロズリーヌの護衛は何人付けた?」
「学園に常駐している、四人です」
「それでは足りん。報告では、少なく見積もっても十人を超えるとあった」
レイモンの顔から血の気が下がる。
せめて自分が同行していれば、万が一の事態になってもロズリーヌを逃す時間くらいは稼げたのではないか。
「何故、そんな……」
「騎士団の派遣は決まっているが、早くても数日後だ。間に合わない。とはいえ、安心しろ。私が行く」
「殿下、これを!」
モリスが鞍を置いた馬を引いて戻った。武具を携えた使用人も連れている。
レイモンとミシェルが最終的な馬のチェックを済ませる間に、武具を付けながら王太子は次の指示を飛ばす。
そこに馬と兵を連れたディオンも戻って来た。
「殿下、まずはすぐに出られる兵のみを連れてまいりました」
「よし、では先に我々が出る。残りの者は準備でき次第参るように!」
王太子は馬に飛び乗り合図をすると、すぐに拍車をかけて走り出した。
* * *
ロズリーヌはぼんやりと窓から外を眺める。
ずいぶん前に王都を出て、今、外に広がるのはのどかな田園風景だ。
ぽつぽつと点在する、森と呼べるほど大きくもない木々の纏まりと、緑に染まる畑がずっと遠くまで広がっている。
王都のあるこの辺りから湖水地方と呼ばれる湖の点在する地域まで、ずっと平地が続いている。山は、遥か地平の彼方に薄青くぼんやりとした影として、かろうじて見える程度だ。
「殿下は、大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ、お嬢様。レイモンを信じてください」
「そうね……レイモンはやると言ったらやるものね」
「そうですとも」
ほう、と吐息をこぼして、ロズリーヌはまた外へと目をやる。
と、急に馬がいなないて、馬車が止まった。
「何事?」
「お嬢様、身体を低くしてください」
訝しむロズリーヌを座席に伏せさせて、ジレットは慎重に外を伺った。さらに護衛が馬車の扉を軽く三回、少し間を置いて二回叩き、ジレットが顔色を変えた。
「お嬢様、どうやら襲撃です」
「なんですって?」
「靴を変えましょう。万が一の時には、お嬢様の自慢の足で逃げていただかねばなりません」
ジレットは、座席の下から踵の低い、柔らかいブーツを出してロズリーヌに履き替えさせた。
紐で足にぴったりと合わせられて、走る時に脱げたりしにくい靴だ。
「ジレット、お前は?」
「いつも申し上げているでしょう? 私は多少なりとも鍛えておりますから、お嬢様の逃げる時間くらいは稼げます。
それにお嬢様の護衛は優秀なんです。そうそうそんな事態にはなりません」
「ジレット……」





