7-1.悪役令嬢、あなた疲れているのよ
ロズリーヌはまた部屋の隅に蹲っていた。
壁に渦巻きを描きながら。
「お嬢様……」
ジレットが痛ましげにロズリーヌを抱きかかえる。
「わたくしはそれ程までに侮りやすいと思われているのかしら」
「そんなことありません! クレスト様が浅慮なだけですよ!」
「それに、わたくしと“友人”としてだなんて、どういうつもりなの」
そもそも、乙女ゲームのはずがBLゲームだったという時点でいっぱいいっぱいなのに、ミシェルがいったい何を考えているのかがわからない。
王太子を男色に落とすだけに飽き足らず、ロズリーヌまで、引いてはルーヴァン侯爵家をも抱き込もうというのか。
「――まさか、お父様のことまでを落とそうというわけじゃないわよね?」
「それこそまさかです、お嬢様。旦那様は奥様ととても仲睦まじくいらっしゃいます。他人の、ましてや男色の入り込む隙などありません!」
でも、とロズリーヌは不安げに表情を曇らせた。
レイモンが「お嬢様」と呼び掛ける。
「少し休まれてはいかがでしょうか。ここのところ、あまり心安らぐことがありませんでしたし……心身ともに健やかでなければ、良い考えも浮かばないでしょう。どうですか、お嬢様?」
「でも、わたくしは殿下をお守りしなくては――」
「代わりに、俺が見張りますから。俺の命に代えても殿下にはクレスト殿を近づけません。ですから、お嬢様は少しだけでもお休みください」
「でも、レイモン」
「大丈夫ですよ、俺にお任せください。そうですね……少し季節は早いですが、一番近い別邸で、何も考えずに数日ゆっくりと過ごされてはどうでしょう。学業も、数日程度のお休みであれば、お嬢様なら問題ありませんよ」
しばし考え、それからこくりと頷くロズリーヌに、レイモンは安堵する。
最近ずっと顔色も冴えなかった。だんだんと余裕をなくしているようでもあって、ずっと気になっていたのだ。
ジレットに促されてゆったりとした服に着替えて、ロズリーヌはお茶の香りをそっと味わった。
レイモンの言うとおり、自分は少し疲れているのかもしれない。
「ジレット、こちらへ」
レイモンは妹を呼んで、小さく耳打ちをした。
「俺はディオン殿に少し状況を伺ってみるよ」
「兄さん」
「ディオン殿だって、殿下が王族としての義務を果たすことを望むはずだ。
もし本当にお嬢様の言うとおり“落ちて”いるなら、ディオン殿もお嬢様に協力してくれるだろう?」
「――たしかに、そうかもしれないけど」
「だから、お前はしっかりとお嬢様を見ていてくれ」
「わかったわ」
ともかくお嬢様に静養を、とジレットは必要な手配と準備に取り掛かる。
* * *
翌日、馬車を見送ったレイモンは、教員室に向かった。届けは昨日のうちに出してはあるが、改めて担当教員にあいさつをしておくのだ。
「レイモン殿」
呼び止められて振り返ると、ディオンだった。
ほっとしたような顔で、足早に寄ってくる。
「よかった、探しました」
「ディオン殿、どうしました?」
「今朝、いつもの時間にロズリーヌ様がいらっしゃらないので、殿下が気にしておられるのですよ」
「ああ……殿下にも、ごあいさつ申し上げようと思っていたところです。このまま参りましょう」
レイモンはディオンと並んで歩き始めた。お互い、高貴な主人に仕える者同士、これまでも気安く言葉は交わしてきた。
「ディオン殿」
「はい?」
「その……非常に聞きづらいことではあるのですが、殿下は、ほんとうに男色家になられたのでしょうか」
ぶふ、とディオンが吹き出した。
笑っているのか驚いているのか、ひとしきりげほげほむせってから「いえ」と首を振る。
「殿下が男に走ったことなど、これまで一度たりともありませんよ」
「ですよね――ああ、よかった」
レイモンが目に見えてほっとする。
ディオンは数度まばたきをして、「それにしても」と続けた。
「何故、ロズリーヌ様はミシェル様が殿下の貞操を狙っているなどと?」
「いえ、それは俺が勝手に話してしまうことはできないので……けれど、たぶん……その、誤解ではあると思うのですよ」
「そうですか。どこでそのような誤解が生まれたかは知りませんが、殿下が男色などとはとんでもないことです」
「はあ」
王太子が男色などではなかったことには、心の底から安心した。
やはり、ロズリーヌのあれは高熱が見せた単なる夢で、おそらくはよくできた夢だったからこそ、勘違いに繋がってしまっただけなのだ。
なら、あとは思い込みを解いて、ふたりの仲をうまく取り持てばいい。





