6-1.嵐は去って、また
「王太子殿下」
「なんだ」
嵐のようなロズリーヌが去った扉を呆然と眺める王太子に、ようやく腹の衝撃から立ち直ったミシェルが声を掛けた。
「モンティリエ嬢は、間違いなく殿下を好いていらっしゃいますよ」
「何故そう思う」
「そうでなきゃ、俺がこんな目にはあいません」
ミシェルは鳩尾のあたりをさすっている。
どうにか回復したが、まだ胃のあたりはおかしくなったままだし、たぶん痣にもなっているだろう。
「モンティリエ嬢は殿下をお助けすると言ってたではないですか……って、やっぱり俺、男色だと思われてるのか」
がっくりと項垂れるミシェルを、王太子は哀れむような目で見る……が。
「言うな。私も、お前に男色に落とされたことになっていたぞ」
ふたりとも、今日、何度目になるかわからない大きな溜息を吐く。あの狂乱ぶりでは、ちょっとやそっとの説明では納得しなさそうだ。
「そういえば、殿下」
「なんだ」
「殿下は、殿下の思いをはっきりとモンティリエ嬢にお伝えしたのですか」
「なっ、何を急に」
「まさか、一度も、とかは……」
「王族たるもの、他人への好悪を軽々しく口に出すべきではない」
ミシェルは思わず後方に控える侍従へと目をやる。
ディオンはやれやれという表情で目を逸らす。
「殿下……そりゃ確かにどうでもいいことで好き嫌いを言うのはよくないと思いますけど、それとこれとは別ですよ」
「いや、だが」
「殿下がきちんとお気持ちを伝えていないから、モンティリエ嬢が変な方向にものを考えてしまうのではないですか?」
「だが……だが、言うではないか。“惚れたほうが負け”だと」
王太子はほんのりと顔を赤らめてあらぬ方向へと視線を彷徨わせた。
勝ち負けの問題なのかと思わないでもないが、なんとなくわかるように気がして、ミシェルは「そういう考え方もありますね」と呟いた。
「ですが、言わなきゃ伝わらないのだと、俺も思い知ったところなんですが」
「私はロズリーヌにふさわしく完璧でなくてはいけないのだ」
けれど、どこか思い詰めたように王太子は返す。
ミシェルはやれやれと首を振った。
「モンティリエ嬢も殿下も、傍で見ている限りじゃ、言われるほど完璧でもないように思えますけどね。
少しくらい隙があるほうが、モンティリエ嬢もより親しみを持ってくれるのではないですか?」
じろりとミシェルを睨む王太子の後ろでは、ディオンがしきりに頷いていた。
王太子付きの侍従には、こんな苦労もあるのか。
「殿下は体面を気にしすぎなんです」
「ディオン、黙れ」
「俗な言葉でいうなら、“ええかっこしい”なんですよ。ロズリーヌ様の前でも猫を被り続けた結果が今なのですから」
「“次なる王にふさわしい、王国の至宝たるお方”ですか。俺の妹も、“憧れの王太子様”のことをそんな風に話していますけど――」
王太子はおもしろくなさそうに、むっつりと黙り込んでしまう。少し不貞腐れたような表情は、いつもの人好きのする笑顔とはずいぶん違う。
「モンティリエ嬢にもそういう顔を見せて言うべきことを言ったほうが良いのではないかと、俺は思いますけどね」
王太子は黙って視線を逸らすだけだった。
* * *
「わたくし、間に合わなかったのね……」
「お嬢様、お気を確かに」
「しかも、ミシェルを仕留め損なってしまったわ」
ぼんやりと、ロズリーヌは部屋の隅に座り込んでいた。壁に指でぐるぐると渦巻きを描きながら。
「もうだめだわ。殿下は覚醒してしまったのよ。これでもうわたくしとの婚約も無かったことになるんだわ」
「お嬢様、諦めが早すぎます!」
ジレットが涙ぐみつつロズリーヌを抱き起こし、長椅子に座らせた。
心が安らぐような良い香りの温かいお茶を用意して、ロズリーヌの前に置く。
「それにわたくし、殿下の目の前で手を出してしまったのよ。あまつさえ仕留め損ねて、たいした打撃も与えられなかったわ」
「しかたありません。相手はあのイエール辺境伯の息子なのですよ。あの歳と顔で、並の騎士以上にすごいんですからね」
ハッとしたように、ロズリーヌがレイモンを見上げた。
「もしや、脱いだら凄いという奴なのね。だから殿下は奴の毒牙に……」
「お、お嬢様!?」
「あの美少女みたいな顔にむくつけき肉体なんて、そんなの、わたくしに敵うわけないじゃないの」
「お嬢様、お待ちください!」
レイモンとジレットは必死に考える。
必死に考えて……「あっ」とレイモンが声を上げた。
「お嬢様、大丈夫です。間に合ってます!」





