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1ー1.運命の入学式

「いい? わたくしの記憶によれば、今日からそれが始まるのよ」


 ロズリーヌはいたく真剣な表情で、侍女であるジレットと、護衛兼侍従のレイモンにとつとつと語る。


 ロズリーヌが“思い出して”から、もう何度も何度も聞かされた“乙女ゲーム”とやらが始まるのが、今日、この聖エレメンテ学園の入学式当日らしい。

 正直、ジレットもレイモンも半信半疑なのだが、なにぶん、自分の仕えるお嬢様はそう信じ切っているのだ。信じる信じないは別として、“乙女ゲーム”なる運命のせいで主人の未来に暗雲が立ちこめているのなら、ふたりはそれを回避すべく動かねばならない。


 その手始めに、まずは敵情視察というわけだ。


 ロズリーヌの記憶の中にある“スチル”という絵によれば、最初の“イベント”が起こるのは、校舎から大講堂への最短ルートであるこの中庭である。

 ここでシルヴェストル王太子とヒロインが出会い、ひと目ぼれに陥るのだ。

 今、ロズリーヌたちはこっそりとその場所を一望できる位置に陣取って、その時を待っている。


「どうせわたくしと殿下は政略だもの。ひと目ぼれがどうとかは構わないわ」

「ロズリーヌ様……」

「わたくしと結婚した後、側室として迎えるならそれで構わないのよ。でも、婚約そのものを一方的に破棄するのは無しね。しかも、あんな子供のいたずらみたいな罪で婚約を破棄するだけに飽き足らず、わたくしを追放しようだなんて……とても許せないわ」


 ぶつぶつ呟くロズリーヌを、痛ましげにジレットは見つめる。レイモンも、小さく溜息を吐く。


 高熱に倒れ、“乙女ゲーム”とかいう運命を知ったのだと語った日からずっと、ロズリーヌはこの調子だ。

 王太子と仲睦まじい夫婦になることは、すでに諦めてしまったらしい。

 将来の王妃となることは譲れないが、“ヒロイン”を側室として迎えることくらいは譲歩してもいい、とまで言い出すほどに。


「それにしても、ジレット、レイモン。あなたたちはひと目ぼれなんてものを信じられる?」

「――さあ? 顔がたいそう好みだったということはあるかもしれませんね。

 過去の国王や貴族にも、たいそう美しい顔にひと目で溺れて即行で側室として召し抱えるなんて話は多いですし」


 レイモンはそう言ってわずかに眉を顰める。

 百歩譲って、相手の背景も何も知らずに惚れたとしても、その先に進む前にやらねばならないことは多いはずだ。


「そうよね。その程度なのよね。そう考えると、ひと目ぼれって結局見た目だけ気に入ったペットと変わらないのではなくて? 相手の家系も資質も性格も何も知らずに王妃にしようなんて、馬鹿の思いつき以外の何だというのかしら」

「お嬢様、しかし……」


 ジレットが困ったように眉尻を下げる。

 あの、“完璧”と名高い王太子が、恋に溺れてそんな浅慮をするとは思いたくない。ましてや、自分の仕えるロズリーヌとの婚約を投げ出して、だ。

 だが、“ゲームの強制力”とかいう、神のような力までが働くものなのだとロズリーヌは言う。

 だから、ちゃんと見届けなければならないのだと。




 “ヒロイン”について、ロズリーヌ自身は簡単にではあるが調べていた。


 直接会ったことはないが、ヒロインの出身家はイエール辺境伯でもあるクレスト家だ。辺境伯という家柄であれば、ルーヴァン侯爵であるモンティリエ家に比べても、家格という点で遜色はなく、王妃として迎えるにあたっての不足もない。

 辺境伯家には、今、同じ年頃の娘がふたり。

 そのどちらがヒロインかはわからないが、この学園が舞台なのであるから、ロズリーヌや王太子と歳も近い上の娘がそうなのだろう。




「そろそろのはずよ」


 朝、ひとつめの鐘が鳴る。

 ここから校舎の時計は見えないが、ひとつめの鐘とふたつめの鐘の間に、ふたりはここで出会うことになっている。


「お嬢様、誰かいらっしゃったようです」


 柱に隠れて、ロズリーヌは目を凝らす。

 ここで王太子とヒロインが出会えば、あの“乙女ゲーム”の運命が間違いなく定められたことだという証明になる。


 校舎からの扉が開いて、出てきたのは……。


「あら?」

「え?」


 あの“スチル”から抜け出てきたような、柔らかい赤みがかった金の髪(ストロベリーブロンド)……たしか、“ピンクブロンド”と称されていた色のふわふわの巻き毛に、どこか小動物を思わせるような甘くかわいらしい顔立ち。


 ロズリーヌは呆然とする。どこか信じ切れていなかったあの“記憶”は、本当に自分の運命だったのか、と。

 ならば、記憶の中で語られていた“逆ハー”も、本当に成立するということなのか。ヒロインが“逆ハー”を狙うのかどうか、今はまだわからない。だが、王道ルートである王太子は必ず通る道。


「お嬢様、でも、あれは男ですよ?」


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