5-3.誤解は転がり大きく育つ
「――殿下」
肩を落としたまま、ミシェルがぽつりと呟くように王太子を呼んだ。
どこか虚ろな目をした王太子が「なんだ?」と顔をあげる。
「もう、お前に訊くことなど何もないが」
「いえ……モンティリエ嬢の考えを正すにはどうすればよいと思いますか」
「わからん。ロズリーヌは昔から相当な頑固者ではあった」
「俺、モンティリエ嬢になんとか取り入って、ジレット嬢に交際を申し込みたいんですよ。どうにかならないでしょうか」
ふたりはしばし顔を見合わせると、また揃って盛大に溜息を吐く。
「とにかく、根気よく正していくしかないな――ディオン」
「はい、殿下」
「ロズリーヌに何か妙な考えを吹き込んだ者がいるのか、調べてみてくれ」
「はい、わかりました」
後ろに控えていたディオンが一歩前に出て、会釈をした。
「では、ミシェル・クレスト。私たちは手を結ぶとしよう」
王太子は手を差し出した。
ほっとしたように笑うと、ミシェルもその手を取ってしっかりと握る。
「どうなることかと思いました。父には、王都の者たちと顔つなぎをしてこいと出されたのに、まさか殿下とこんなことになってしまって」
「まあ、たしかにな」
ぐっと握り返して、王太子も少し遠い目をする。
学園で学ぶのは、何も勉学だけではない。
将来同年代となるはずの貴族たち……上級貴族ばかりでなく、下級貴族までを把握し、付き合い方を知ることだって学びのひとつなのだ。
ついでに言えば、婚約者であるロズリーヌとだって、今頃もっと距離を縮められているはずだった。
「――そこをおどきっ!」
「あっ、いけません、ロズリーヌ様!」
扉のすぐ外で、声が上がる。
まさか? と王太子もミシェルも顔を見合わせ、扉を振り向いた。
同時に、ガチャリと派手な音を立てて扉が開く。
「殿下っ!」
「ろっ、ロズリーヌ、何故ここが!」
バァンと扉を開け放ったロズリーヌは、室内の光景に大きく目を見開き、わなわなと震え出した。
王太子の手とミシェルの手が、固くしっかりと結ばれていた。
「なっ、なっ……斯くなる上は、やはり……っ!」
ひと足遅かったかと、ロズリーヌの顔に絶望が浮かぶ。
そして己の拳を握り締め、低く身体を沈めると、ひと息に間を詰め、ミシェル目掛けて飛び掛かるようにして鋭く拳を繰り出した。
「もっ、モンティリ……ぐぅっ!?」
「お嬢様!」
ようやく追いついたレイモンとジレットが、ぜいぜいと荒く息を吐きながら、真っ青になる。
「ほほほ。お前のことなど、この世界から消して差し上げますわ!」
「モンティリエ、嬢……待ってくれ……」
鳩尾にきれいに拳が入り、ミシェルは堪らずに身体を折ってしまった。さすがに気絶することはなかったが、それでも回復まで少しかかるだろう。
ロズリーヌの急所攻撃は、長兄オーギュストの直伝だ。
「ろっ、ロズリーヌ、落ち着け。落ち着くんだ」
「殿下も目をお醒ましになって! こんな、顔だけ美少女になど騙されないてくださいませ!」
「私は別に騙されてない!」
修羅場は修羅場でも予想もしなかった状況に、王太子も混乱している。
血の気をなくしたままのレイモンが部屋に飛び込み、王太子に手を出される前にと慌ててロズリーヌを後ろから羽交い締めにする。
「お嬢様、失礼します」
「お離し! 離すのよレイモン!」
「おっ、王太子殿下ならびにクレスト様。この申し開きにつきましては、後日改めて、改めて、その、失礼いたします!」
「お離し! わたくしはミシェル・クレストと刺し違えてでも殿下をお助けするのよ! お離し、レイモン!」
ロズリーヌを担ぎ上げたレイモンとジレットは並んで一礼すると、たちまち走り去ってしまった。





