3-3.狂乱の王太子殿下
それからも淡々と毎日は過ぎていった。
ロズリーヌの妨害工作も功を奏したのか、何事もなく、平和に毎日は過ぎている――はずだった。
「ジレット、レイモン。ミシェルが見当たらないのよ」
「お嬢様、殿下も戻ってきていません」
ロズリーヌの顔から一瞬で血の気がなくなった。
あれほど注意していたのに、ふたりが示し合わせていなくなるなんて。
油断した。
何も起こらないからと、油断していた。
「まっ、まさか、殿下が、ほんとうに、ヒロインの毒牙にかかって……」
「お嬢様、早計です。きっと今なら間に合います!」
「早く……早く探し出して……あ、まさか」
「お嬢様?」
焦りばかりが募るロズリーヌの脳裏に、ふと、閃いた。
たしか、そういうイベントがあったはずだ。
「あまり使われていない部屋よ」
「え?」
「そこに、王太子殿下はヒロインを呼び出すの。わたくしに悟られないよう、侍従の名前を使って……」
「お嬢様?」
「まさか、こんなに早くイベントが起こるなんて予想していなかったのよ。
まずいわ、ヒロインが殿下を覚醒させてしまうじゃない。殿下が男色に染まってしまったら、わたくしどうしたらいいの……」
青くなってくずおれそうになるロズリーヌを、ジレットが支えた。
「大丈夫、大丈夫ですよ、お嬢様。きっとまだ間に合います。
すぐに探し出して阻止しましょう。殿下をお守りできるのは、お嬢様だけなのですから」
「そうね、そうね……こんなことで挫けてはいられないわ。わたくしががんばらなきゃ。殿下の名誉を守るのよ」
よろよろと立ち上がったロズリーヌは、拳をくっと握り締める。
「校舎の一番端にある談話室よ。そこで、殿下とヒロインは密会していたはず」
「お嬢様、ただちに向かいましょう」
その談話室の前には、近衛のモリスが立っていた。
つまり、今まさにあの中には王太子がいるということだ。
やはり、イベントか……しかも、ゲームの通りなら、これさえ発生すれば王太子ルートは確定……と言われるものだったはずだ。
近づくロズリーヌたちに気付いて、モリスがぎくりと体を震わせる。
当たり前だ。王太子が男の恋人と密会している現場に、婚約者が乗り込んできたのだ。修羅場にしかならないだろう。
「モリス殿、そこをどいていただけるかしら」
「ロズリーヌ様、殿下は人払いを命じられております。どうか、出直してはいただけませんか」
「あら、わたくしが来ては何かまずいことでもあるの?」
「いえ。しかし、今殿下は内密のお話中で――」
扉の前で、低く抑えた声で押し問答が始まる。
これでは埒があかない。間に合わなくなってしまう。
「ミシェル・クレスト!」
室内から、王太子の怒鳴りつける声が上がった。モリスの意識がそれたのをチャンスと、ロズリーヌは「レイモン!」と命じる。
大きな音と共に扉が開き……そこにロズリーヌが見たのは、ローテーブルを乗り越え、伸し掛かるようにしてミシェルの胸元を掴んだ王太子で……。
「え、モンティリエ嬢?」
「ロズ……何故ここに……」
ロズリーヌの目が大きく見開かれた。
何か言葉を……と考えても、喉がひくひく震えるだけで何も出てこない。
「ろ、ロズ……いや、ロズリーヌ、これは……」
王太子の慌てる声が、ロズリーヌの耳をすり抜けていく。
「その、ロズリーヌ」
「わ、わたくしは……」
「話を聞いてくれないか、ロズリーヌ」
「わたくしは、絶対に負けないんだから!」
やっとそれだけを叫んで、ロズリーヌはくるりと踵を返した。
そうして、淑女としての振る舞いなど知ったことかと駆け出していく。いつかのような早足ではなく、紛うことなき全速力だ。
殿下の男色告白なんて聞きたくないと、一心不乱に走っていく。
「ロズリーヌ! 待ってくれ、ロズリーヌ!」
ロズリーヌは、学園一の俊足だった。





