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FREEDOM  作者: ホーリン・ホーク
FREEDOM
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FREEDOM 後日譚❷ 後編 『再会そしてソウルズ再生』

 ロープがぶるんと揺れ、ピンと音を立てるように張った。

 ガバッとリッチーは顔を突き出し下を見下ろす。

 クリアに広がる景色の、垂れたロープの先に見える、熊のような男。

 キャップを被り顔はよくわからないが荒々しいオーラが伝わる。

 リッチーの隣りでホウリンも顔を出す。


「見ろリッチー。ふんふん鼻息荒く、我らがソウルズ・ドライバーがやって来るぞ」


「……ま、まさか……これは、夢か? 俺はまだ、夢を」


「いや。本当さ。さあ、あの重量ブツを引き上げてやろう」


 二人、力を合わせて彼を手繰り寄せる。

 うんうんと唸り声を上げながらついに眼前に現れる彼。それはリッチーの思った通り、勇猛な体格の、あのルカ・スティーロだった。


「ルカッ!!」


 ハァハァと喘ぎながらキャップをとり、乱れた金髪の角張ったゴツい顔を露わに、ルカは微笑んだ。


「おうっ、リッチー! まぁったく変わらないな!」


「お、おまえっ!」


 ガバッと飛び込むようにその肩を掴むリッチーに、ルカは少しよろめき、危なっかしくて後ろを振り返った。


「おいおい、やっと登れたのにまた落とさないでくれよ」


「バカヤロッ、ルカ! くっそ、ホウリンもおまえも、なんて奴らだ! 俺がどんだけ心配して苦しんでもがいて暴れたか、わかってないだろうな!!」


「あ、ああ……すまん。ホントにすまん、リッチー。俺はあの爆発でどこかまったく知らない場所に飛ばされた。死んだと思ったよマジで。目覚めた港町で長く療養して、記憶も無くしたりしててな。なんだかんだ、結局今に至った……」


 リッチーの目を見て髪を整え、誠実に謝るルカ。

 リッチーは混乱と困惑と猜疑と憤怒と悲壮と歓喜と歓迎とありとあらゆる感情で頭の中が支配され、頬に手の甲に文様に浮き上がらせる。

 ルカはリッチーの肩を握り、次に背中を抱き寄せ、撫で、叩いた。


「すまなかったリッチー。あれからおまえが、おまえとジャックが大変だったことを、ポールやダグラスさんから聞いたよ。なんもかんも任せちまってすまなかった。心配かけて悪かった」


 真っ赤な顔で二人は胸を突き合わせて、泣いた。

 リッチーは傍らで微笑むホウリンにも言ったように、ルカにも頷きながら言った。


「生きてりゃいいんだ、生きてりゃ。そう。本当によくぞ生きていてくれた!!」


「ああ。ホウリンも思っているが……俺も、〝ベルザ〟の力に護られたのかもしれん。〝神の使い〟ベルザにな」



 * * *



 ソウルズの三人が揃った。

 ジミーはいないが、そもそものオリジナルメンバーだ。

 夢のような再会を熱く喜び、いつしか三人はかつてのように真摯で冷静な素顔に戻っていた。


 目的は〝レプタイルズ=リッチーのルーツを知る〟こと。

 このキングザンの鍾乳洞に入り、碧い石(フリージン・ブルー)の扉を開ければ謎が解けるという、アンディ・ジョンソンの話だ。


「その石とは実は隕石で、太古の昔レプタイルズを絶滅させたと聞くが」


「爬虫人類は恐竜の血を引くとも言う。我々が聞かされてきた恐竜の歴史になぞらえている」


「フリージン・ブルーはレプタイルズを操れるとも言われる」


「本当のところ、何の証明もできていない」


「暗闇で語り継がれた伝説。レプタイルズは王族の隠密であり、本来従順で聡明な種族だ」


「〝力〟を持っていても彼らの多くは支配を望まなかった。それは戦いの愚かさを嫌と言うほど知っているからだという」


「そこが〝人間〟と違うところだな」


 リッチー、ルカ、ホウリン三人はあれこれ話しながら前へと進んだ。

 レプタイルズの謎。

 人類とほどよく距離を置き、暗がりでその血を守ってきたという爬虫人類。

 知る人ぞ知る、脅威のレプタイルズ。それはクリプティッド(未確認動物)だと言った学者もいる。

 彼らの歴史はこのキングザンにある。

 ここに眠るフリージン・ブルーの中に刻まれているのだ。


 死火山であるキングザンの山頂から火口へ下り、鍾乳洞を目指した。

 冷たい風が背中を押し、暗い洞へいざなった。

 ホウリンが懐中電灯を点けると、蝙蝠が奇声を発し逃げていった。

 闇は轟轟と唸るようで、三人は薄ら寒く身震いした。

 やがて目の前の岩盤が碧く反射した。顔を見合わせる三人。

 巨大なフリージン・ブルーの塊とも見える厳つい岩が縦に二つ、まさに扉のように聳え立っていた。


「扉か……」


 〝世界一の鍵師〟と言われるリッチーだが、一目でこれはどうなるものでもなかった。

 広いおでこに手をやり、どうしたものかと思案する。

 そこでルカが一つ、口を開いた。


「ジョンソン博士にどこまで聞いたか知らないが、俺がスモウクスタック家のライサンに聞いた話では(その扉はレプタイルズにしか開けられない。レプタイルズの〝血〟こそ〝鍵〟なんだ)と」


「何?」


「俺なりに調べたんだよ。おまえの力になれればと。ライサンもおまえと同じ混血。彼もかつてここに来たことがあるそうだ」


 そう言ってルカはリッチーの肩を揉んだ。


「……血か。しかしどうやって」


「石の中央がどことなく丸く窪んでる。両掌を窪みに置くんだと」


「中央……。ホウリン照らしてくれ。……あ、あの辺りか? 高さで五メートルか」


 腕組みしながらルカが考える。

 よじ登れるほど緩やかでもない。鏡のような表面の巨大な石の扉はほとんど直角に洞に突き立っている。

 リッチーは見つめながら黒髭をさする。

 ホウリンが癖で煙草を咥えたが、火を点ける前に引っ込め、ニカッと笑った。


「お。じゃあ、あれだ。ブレーメン音楽隊みたく肩に乗れ。三人肩で積み上がれば届くだろ」


「……ほぅ。なるほど」


「いい案だろ。じゃ、絶対ルカが一番下で俺が乗って、リッチーが乗る。それで行こう」


 そう言うホウリンにルカも頷き、リッチーは思わず手を差し出した。


「握手だ」

「おう」

「よし」


「少し言いそびれたが、ホウリン、ルカ。……じゃあ今回もいつものように、クールにコトを済ませよう」



 * * *



「……ズ……ズゴゴゴ……」


 リッチーが窪みに両掌を置くと、手の辺りから青く眩い光を放ち、扉が動いた。

 隙間からも幻想的な光が漏れ出した。

 揺れにルカはひるみ、よろけると三人はバランスを崩してパタパタ落ち、尻もちをついた。


「すまん、リッチー、ホウリン」

「はっ、いやいや、クールじゃないが大丈夫」とリッチーが笑って返した。


 砂埃が粉雪のように光の中に散る。

 扉の向こうに魅せられる三人。

 しかしここはリッチーの出るところだと、ルカとホウリンも直感した。

 立ち上がり、歩き出すリッチー。

 四、五歩進んで振り返り、彼は言った。


「ありがとう。少し待っててくれ」



 * * *



 爬虫人類レプタイルズの起源は宇宙にあった。

 はるか宇宙、彼らは別の惑星から飛来した生物だった。

 何千年と争いの絶えなかった歴史から、逃げてきた種族がこの星に移り住んだ。

 フリージン・ブルーは悪しき種を葬る。

 その光はレプタイルズ個々の本性を識別し、善魂を生かす。悪しき魂は凍結させる。

 碧い石フリージン・ブルーは実は善の種を残すために作られた、レプタイルズの科学の結晶だった。

 ーーしかし、それだけでは発展しなかったという皮肉。決して悪の魂を根絶することはできなかった。

 彼らの未来を石の力だけに委ねることはできなかった。

 この星で生き延びる術は血が交わることと、従順にしたたかに生きること、暗がりで耐え忍ぶこと……。



 ……洞穴の中で座したリッチーは、反響する祖先の声に耳を澄ませていた。

 この地に降下したはるか彼らの意思と歴史を聞かされた。

 彼らの苦悩や無念を聞かされた。

 死滅と種族存亡の危機を知る、彼らの声を受け止めた。

 (もう決して、争うな)と。


 そして対話して諭された。

 (抱きしめることからすべてが始まる)ということをーー。



 * * *



 三人は鍾乳洞を出た。

 いつの間にか陽は落ち、赤い夕闇が辺りを包んでいた。

 蛙が鳴き、蜻蛉が涼しく飛んでいる。

 帰りはあれこれ語りながら下っていった。


「リッチー。そういえばジャックはソサエティの人間となってダグラスと一緒にいるらしいな」とホウリンが訊く。


「らしいな。あいつも一度死んだと見せかけて蘇った。まあ、俺と同じ混血だから、まだ長く生きられるわけだ」


「ジャックはナピス壊滅の後、一人ソウルズを掲げて〝(ソウル)の英雄〟と呼ばれた時期もあったそうだ。つくづくヤバい奴だよな」とルカも笑う。


「……ああ。ぶっ飛んでるのも俺と似てるし、猪突猛進なのも寂しがり屋なのもな」とリッチーも頭をさすった。


 リッチーはルカに訊く。

「ブリウスには会いに行ったのか?」


「もちろん。あいつ自分の頬っぺたをつねった後、俺の頬っぺたも思いっきりつねってな。一週間痛みが消えなかった。ははっ。……うん。とても申し訳ないことをしたよ」


「でも酒飲んだんだろ? ブリウスと三日三晩」

 とホウリンが言うからルカは笑顔になる。


「ああ。泣いて笑ってな。あいつも俺に似てなかなかの酒豪であった。ワハハ」



 ……ジャックのことジミーのこと、旅のこと暮らしのこと、身体のこと年齢のこと、語り尽くせぬ思いを、三人はわいわい話をした。

 リッチーはいつになく饒舌で、まるで少年のようにはしゃいで喋り続ける。

 下りる途中何度も軽石や砂利に足を滑らせコケながらも笑って話をやめない。

 心底嬉しそうなのがルカにもホウリンにも伝わっていた。

 三人でいるのが嬉しくて、〝ソウルズ〟再結集が最高に嬉しくて、FREEDOM号のところに着くまでずっと喋り続けた。



 喋りながらも彼らは各々に感じていた。



 ーー我らは良き友だ。

 この良き間柄に「言葉」など、実は要るだろうか。

 最早たくさんの言葉は要らない。

 究極、あの感触だ。

『よし。大丈夫だ』と抱きしめる。

 あの感触。

 ぐっと引き寄せ、確かめる、あの感触だ。

 きっとそこから始まる。


 女にも実子にも縁がなくても、俺にも母親がいた。

 母親が赤ん坊を抱きしめているあの光景。

 きっとそこが始まりだ。


 安心し、また前へ進める自信が生まれる。

 抱きしめる。何も言わずに抱きしめる。

 すべてそこから始まるんだ……。



挿絵(By みてみん)



 FREEDOM後日譚 【END】

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― 新着の感想 ―
まさかまさかの後日談! 思わぬ再会に、リアルに「おお!」って声が出てしまいました。 「そう、生きてりゃいいんだ」このあたり、私も実生活でいろいろあったものですから、この半年間から今、まさに実感としてか…
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