80.自由 ※
天に向かって手を伸ばす。
蒼く澄んだ空に悠々と雲が流れてゆく。
その空間を鳥たちが謳歌している。
海は燦々と息吹いている。
象られた生命はかつてひとつで、いつかまたひとつになる。
体水は弾け、光の屑になる。
血の呪縛から自らを解き放つ。
ジャックは手をかざし、天に願った。
宿命の中で運命を切り拓く自由がある。
その歓びが平和へと繋がりますように……。
二人の父の背を想う。
――ジョージ・パインド。
あなたの教えだ。俺も天を目指す。
そしてはるか遠く、父よ。
キャプテン・ジョナサン・キーティング。
あなたが願ったように――。
****
五月。ベルフィールド改め〝天庭の町〟ヘヴンズフィールド五番通りフォーク喫茶〝pony-boys〟の前にバスが一台、キャンピングカーが二台並んだ。
ビラを手にした若者や恋人たちは指を差して言った。
「来たぞ旅芸人一座が」
「あれがコンメディアデラルテ団だ」
「座長はどこだ? R.J.ソローは」
先住民リバの蜻蛉の装飾や青い石が美しい民族衣装にボーラーハットのボビィが立ち、簡易ステージでまくし立てる。
「さあ、誰でも乗っていい。切符は要らない。乗る度胸があればね。……そっか、じゃあ、歌は下手でもお芝居はできなくても恥ずかしがり屋でも自信がなくても見ることはできるだろう? 指と指の間からこっそりでも。誰も拒まない。そう、そのまなざしさ。君にはどう見えるか。いろんな角度から、君を中心に。……この一座は演る者観る者誰だっていい。みんなで作るんだ。演る人観る人いなきゃこの芸術は成立しない。気後れするのは俺たちのことが怖いからだろ? 白塗り、髭面、大男、犬の着ぐるみ、魔女、鎧騎士、ギロチン傷男にゾンビ、仮面のキャラクターいろいろいるけど大丈夫、みんないいやつさ。
……あ、ちょっと待って……ごめん! 全員乗せたいのはやまやまだけど人数制限があった。列車のつもりだったけど予算がなくてバスなんだ。来てくれた人みんなでツアー回りたいんだ本当はね。そう、ここでは歌に朗読、演劇に手品、パントマイムにジャグリングだってある。そこいらのサーカス団にも負けないよ。よかったら観ていっておくれ。気軽に流してくれていい」
あれから四年、このpony-boysでしばらく歌った後、エルドランド国中を歌い歩いたR.J.ソロー=ボビィ・ストーン。
彼は行った先々で出会った気の合うミュージシャンを引き連れ、気に入った役者や大道芸人たちを引き連れ、この町に帰ってきた。
そしてまた旅に出る。
目指すは即興喜劇一座、皆を楽しませて輝いて、新しい世界を目指すのだ。
ボビィは帽子をとって挨拶し、友達三人を招き入れた。
ボビィはブリウスの手を引きながら訊いた。
「ブリウス、ほんとにドラムできんの?」
「マルコさんに習った。あとはボビィが教えて」
えー! と言いつつ彼は笑い、次にクリシアの手を取った。
「一曲でもいい。君の声が欲しかった」
「ブーイングきたら守ってね」
クリシアは照れながらブリウスに続いた。
そしてジャックの姿も。
ボビィは、写真では見せてもらっていたが、現実素顔のジャックは清々しく、白いスーツ姿と爽やかな笑顔に感動した。
「よう、ジャック。君は何の楽器を?」
「俺は二人のマネージメントさ」
と微笑んで握手を求め、彼らは互いの無事を固く確かめた。
ボビィはマイクの前に立ち、始めた。
「よし。じゃあ、彼女に、麗しのクリシアに歌ってもらおう。凛と艶やかな声だぜ。俺のダミ声よりも数百倍いい。コラそこ笑いすぎ。……よし、これから歌う曲はベースは古い伝承歌。海賊の間でも歌われたとか。俺が憧れた歌手クリスティーン・パインドとそのバンド、チェイン・ギャングスに捧げます。紳士淑女の皆様。この会に来てくれて、ありがとう」
〝自由〟
あなたの中に怒りと嘆きがある
何故に世界はあなたを追い詰めるのか
生まれながらに鎖に繋がれた者はいない
私たちを産んだ海は今も何も変わらない
あなたの中に悲しみと絶望がある
見放された子供のように口を閉ざしている
喧噪の街を抜け 闇に紛れる
行き場も 寒さを凌ぐ毛布もない 道の片隅で
優しさに飢え 温もりを乞う羊たち
屈折した欲望は与えられるものがない
支配は着実に冷酷に行なわれている
幻想に巣喰う名無しの群れで平気な顔をする
閉じ込められたのか
自ら入ったのかわからない
わからない、何故ここに立たされているのかさえ
でも聞こえてくる生命の存在
猛る海の息吹がいつか
この歪んだ概念の鎖を断ち切り、解き放ってくれる
私たちを産んだ海とは今も繋がっている
今でも自由に行き来できるのだ
私たちを産んだ海とは今も繋がっている
今でも自由に行き来できるのだ
END




