78.カーペ・ディエム ※
渡米し滞在していたアーロン・ウォルチタウアーとトミー・フェラーリは組織の壊滅を知り、さらに身を隠していた。
ウォルチタウアーはただ金への執念をたぎらせた。
暗黒街一の霊媒師ブラック・オダメイは水晶に見えるものを凝視しながら助言した。
「……〝ジャック・パインド〟……か。……うむ。お前さんほどの金への執着は見られんのぅ……」
「うるさいわい。俺のことは置いとけ。……ん? て、ことは?」
「金はまだ、ある。使われた形跡、金の流れが見えんのじゃ。スーツケースにそのまま。まだ手元にあるはずじゃ」
ウォルチタウアーの後ろからヌッと顔を出してトミーが訊く。
「オダメイ。もう一人気になる男が」
「ん。もう一人? 名前は?」
「まず生きてるかどうかを知りたい」
「うむ。んで名前は?」
「ベン・ダグラスってやつなんだが……」
****
ウエスタンハットにギターケースを背負ったコート姿のダグラス・ステイヤーがジャックの隠れ家を訪れた。
「よぅキャプテン! 我が船長!」
テラスの洗濯物干し台の上に飛びのってそう呼び、手を振りながら着地し歩み寄ってジャックの肩をぽんぽん叩く。
変わらない気さくな態度。
ジャックはこのダグラスの人懐っこさも好きだった。
まだ短い付き合いだが、頼りになる兄貴分の強気な口調が心地よかった。
つらかったろう、しかしブライアンのことは伏せたまま、ダグラスは笑顔で頷いて帽子をとり、ジャックの前に座った。
ジャックはスウェットの袖をまくって目の前でコーヒーをドリップする。
「ナピス・ファミリーは壊滅した。残党のほとんどは片付けたが、政府管轄下の武器庫、兵器工場は閉鎖され、隠蔽された。根深い闇だ」
そう言って椅子に腰掛けたダグラスはくわえ煙草にジッポーでカチンと火を着けた。
「ウォルチタウアーとトミーはアメリカに潜んでる。俺が捜しに行ってくる。ジャック、気をつけろ。警察の捜査は打ち切られたが、お前は一度指名手配で世間に顔も名も知られた身だ。どこのイカレぽんちが刺客をよこすかもわからん」
「ええ? いつか撃たれたりするかな」
「うむ。だがレプタイルズに銃は効かない。お前ハーフだろ。既に二百年も生きてるわけだし。もし撃たれても、死にはしないさ」
「いや怖いし」
「もし埋められたとしても俺が墓場から引き上げてやる」
淡々と言うダグラスを見て、ジャックは笑うしかなかった。
あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた自負と豪気が、この男にはある。
「ジャック。お前は我らがキャプテン。お前は死なない。俺がついてる」
「はい。とても、頼もしいです」
差し出されたコーヒーを口に含み、ダグラスは微笑み口唇を舐める。
「美味い。うん、まぁとにかく気をつけろってこった。それにリガル・ナピスが死んだとはいえ連なる組織も存在する。新たな巨悪、第二、第三のナピスが必ず現れる。俺は残ったソサエティを率いて戦い続ける。それがたとえ〝国家〟であろうと。お前には自由にしていいと言ったが、頼ることもあるかもしれん」
「うん。ダグラスさんも……気をつけてね。……ていうか、でも本当よく生きてたね。あの断崖絶壁から……」
「ああ。ブライアンと揉み合いながら谷底に叩きつけられて死んだかと思ったんだ。でもな、ふと潮の香りで目が覚めて……」
「え? ……それって」
「ああ。ベルザが救けてくれたのかもしれん」
テーブルの上にはあのスーツケースが置かれた。
ジャックが農場からの脱出に使った、車のトランクにあったもの。
救けたストーン・サンダースにお前の取り分だろうと言われ、保管しておいた。
正直困っていたジャックは、ダグラスが生きていてくれてよかったと思った。
ダグラスは持ってきたギターケースを並べる。
「でもダグラスさんがギター弾くとは思わなかったなあ」
「違う違う。このスーツケースを俺にくれ」
そう言ってダグラスはギターケースを開けた。
「え? 空っぽだ」中には何も入っていない。
ダグラスは半笑いでポケットから鍵を出し、次にスーツケースを開けた。
「長旅になる。このスーツケースがちょうどいい。頑丈そうなこいつがな。交換してくれ。中身の金はあげるから」
「……えー?」
目をパチクリさせるジャック。
「あの時ちゃっかり奪ったが、活動資金なら充分貯め込んである。こいつはお前のものと考えていた」と頷きながら、ダグラスは二億の札束をそっくりギターケースに詰め込んだ。
「お前の軍資金。好きに使えばいい」
「ええ? そんな。俺、リッチーからもサンダースさんからも助けてもらってるし」
「カーペ・ディエム」
そう言ってダグラスは笑い、去って行った。




