73.冬の夜のレストラン
「セリーナさん。ありがとう」
走る車の中、ジャックは運転するセリーナ・サーカシアンに笑顔で言った。
回復まで何度か、彼のもとを訪れていたセリーナだったがやはり今日は泣けてきた。
「あれから予期せぬ事態が怒涛の如く……あなたがとてもかわいそうだった。ごめんなさい」
「俺は大丈夫さ。元気元気。でも大切な人たちを失い、ベルザも。それがつら過ぎて」
「……ベルザの呼びかけは私にも届いた。ヘヴンズパールはジャック、あなたに委ねたと」
「うん」と、ジャックは右の手のひらを見つめた。
「そしてベルザは消えてった。潮風のように」
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エルドランドの北方〝暁鐘の町〟ベルフィールド。
白樺の森を抜け、皆が待つログハウスへ。
ジャックが降り立つ前に、駆け寄ってきたのはクリシアだった。
「おかえり! お兄ちゃん!」
「おぅ! 元気にしてたみたいだな」
少し見ない間に彼女はまた大人っぽくなった気がしたが、変わらぬ笑顔と声にすっと癒された。
マルコたちも来る。その妻ジェーン、子供たちのアダム、アンディ。
そしてジミー、リッチー。
「ジャック! 待っていたぞ」
「ただいまリッチー! ジミーさん、皆さん。ご心配おかけしました」
悲しみは伏せたまま、ルカもホウリンも俺たちの中で生きているのだと。
しかし、目を腫らして出迎えたブリウスを見るとジャックは堪らなくなった。
こみ上げて泣きじゃくるブリウスの肩を抱き、ジャックは奥歯を噛みしめ、ルカの最後の言葉を伝えた。
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ナピス・ファミリーはエスタドとサディス、マフィアの者たちをしらみ潰しに消していった。
サンダース・ファミリーは武装を強化し、ソサエティと結託。
さらに隣国スモウクスタック家の助勢とビフ・キューズの仇討として伝説の暗殺者〝JOKERMAN〟が再び立ち上がった。
リッチーはソサエティの数名とジミー、ジャックを率いて暗躍した。
脅威の目を恐れ、秘密にしていた戦闘種族レプタイルズの血。
リッチーはジャックにも素性を打ち明け、その蠢く本能に自らを委ねた。
ナピス・セキュリティ本部全支部に潜入し、機密データを収集した。
幹部要人を暗殺し、衛兵、傭兵部隊を殲滅、工場を爆破した。
変幻自在に忍び込み、魂の牙を剥き出しに。
悪鬼羅刹の如く、冷酷無比に。
デュークの仲間即ち同族の数人も葬った。
リッチーの怒りの炎は鬼畜外道を容赦なく焼き払った。
ジミーはリバ族のウォーペイントを顔に施し、襲い来る敵をなぎ倒した。
ジャックは二人に守られながら共にリガル・ナピスの居場所を捜した。
それからおよそ三年が過ぎた。
三年過ぎてもリガル・ナピスを見つけられなかった。
その間大きな事件が起きた。
ハモンド州警察署内で、ハリー・イーグル刑事が何者かに殺された。
額を撃ち抜かれ、鎖で椅子に縛りつけられていた。
デスクには〝SOCIETY〟の血文字が残されていた。
リガル・ナピスの命により、ウォルチタウアーとトミーはアメリカに飛ばされていた。
『キサマらを処刑するのはいつでもできるが、一つチャンスをくれてやる。アメリカへ行け。現職の大統領、奴が再選すれば我々にとって不都合。アメリカも大事な顧客だからな。十一月の末、テキサスでパレードがある。その無防備になる時――方法は考えろ。成功すれば還る場所を与えるが、失敗ならば死しかない』
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冬の夜のレストランでジャックが思い出すのはリッチーたちとの出会いだ。
もう七年も前のことになる。
ジャックの足を引っ掛けた酔っ払いの男にリッチーが怒り、立ち上がった。
『ここは自由と平等の国エルドランドじゃないのか?』
リッチーに教わったことが沢山ある。
彼らに学んだことが沢山ある。
『格差があるから不平が生まれる。憎悪が生まれ、争いが起きる。俺はせめて金が皆に平等に行き渡ればと、金の亡者どもを敵視しているだけだ』
彼らは義賊だ。
私利私欲のためだけに動くただの悪党ではない。
『札束を敷き詰めて寝てみたい気もするが、金にはどこか人間の情や念が篭っていて、なんかやっぱり嫌なんだよ』
金とは何だ。
人間のものさしとは損か得かだが、神のものさしとは嘘か真か、それだけだ。
『俺は聖者なんかじゃない。ただただ与える者とは誰だと思う? 見返りを求めない彼。わからないか? それはサンタクロースさ』
キーティング・チェストを探していたリッチーたちだが、本当に探していたものは何だったのだろうか。
『ここは希望と夢の国じゃないのか?』
本当に探しているもの……。
ジャックは一人考える。
テーブルの上に並べてみたのは今はもう使うことのないチェンバースアパートの鍵。
誕生日にリッチーから貰った懐中時計。
そしてジョージの遺品、プラチナの指輪。
出会いと別れ。また出会い、別れる時がまたやって来る。
その刹那に愛を込めて――ジャックはそれらをポケットに仕舞った。
ウェイターの少年が忙しく働いていた。
ジャックは立ち上がり、その手にチップを。
そして勘定を済ませドアを開けると、荒ぶ吹雪の中を駆けていった……。




