71.白い波の華
煌めく海。
潮の香りとさざ波が、逸る気持ちをなだめた。
これから厳しい寒波がやって来る海を前に、リッチー・ヘイワースとジミー・リックス二人は立ち尽くしていた。
ずっと口を閉ざしていたリッチーがジミーの肩にそっと手を。
「……これが現実だ」
そう言ってリッチーは紙袋から瓶ビール二本を手にした。栓を開け、一本をジミーに渡す。
ホウリンとルカを失った。似たような最期だった。
仲間を助けるために。ジャックを救けるために。
いつだって死ぬ覚悟はできている、とはいえ、死なれる覚悟はできていなかった。
〝神風〟ホウリン。〝ソウルズ・ドライバー〟ルカ。
そう、我々も二人の命を潔く受け入れなければ二人に失礼だと、リッチーは涙を噛みしめた。
「……ジミー。お前は何も問わないがあらためて言っておきたい。俺の母親は普通の人間。父親は爬虫人類。俺は混血だ」
「……うん。それで?」
「知る者は恐れる。離れてゆく。容貌(感情が昂った時に浮き上がる顔の文様)で蔑まれること以上に人が離れてゆくことを恐れていた。だから誰にも言えなかった。すまない」
「そんなこと、どうだっていいよ。言えないことの一つや二つ、皆あるものだろ? ホウリンは『リッチーの前では嘘はつけない』と言ったが、それはリッチーへの絶大な信頼があったからこそ。あなたが何であろうと俺はついて行った。リッチーはずっと優しかったろう?」
そう言ってジミーはビールを掲げ、リッチーの瓶に軽く突き当てた。
「それよりジャックからの電話は? 良くなったのかい?」
瓶をコンクリートの地べたに置き、リッチーは懐から出したショートホープを咥え、火を着けた。
「……ああ。大丈夫さ。サーカシアンが迎えに行くまで、そこ(サンダース邸)でもう少し療養しろと言っといた」
「リッチー。これから……」
言葉を詰まらせるジミーにリッチーは一本勧める。
「ナピスを殺るさ。俺がやる。……ただ、クールにな。クールにコトを済ませるのが、俺たちの信条だからな」
そう言ってリッチーは微笑み、鬱ぐジミーの肩を叩いた。
「ジミー。前を向こう。二人の分まで生き抜くんだ。二人は俺たちの中で永遠になった。死んでから数える命というものがある。死んでから彼らは俺たちの中で生き始めた。二人の命を胸に、俺たちが大事に生きるんだ。さあ、もう悲しむのはよそう。いいな?」
風が吹き抜けた。
波の華が幾重にも宙を舞う。
リッチーは遥か水平線を睨み、ビール瓶を遠投した……。
****
一方、ナピスの影の幹部アーロン・ウォルチタウアーと相方のトミー・フェラーリは――。
あの農舎の爆発時、トイレの中で気を失っていた二人はかろうじて生きていた。
目が覚め、瓦礫を押し除け、焼け野原になったギングス・ファームを見て茫然と立ち尽くした。
誰もいない。というか死体が散り散りに。
車も損壊している。しかしそのうちトミーは乗ってきた車だけがないことに気づき、それを言うとウォルチタウアーに殴られた。
鼻血を垂らしながらトミーが弁解する。
「ジャックだ! 奴が車の鍵を」
「ああ? じゃあ奴は生きてて逃げていったってわけか?」
「ああそうさ、奴は……金までかっさらっていきやがった」
そう答えるとトミーはまた殴られ、ウォルチタウアーは鬼の形相でそこを出ていった。
「待ってくれよ〜、アーロ〜ン」
そうやって二人は道に出た。
しかしボロボロの服の乞食のようなオッサン二人ではヒッチハイクもまるで空振り。
日が沈んでは昇り、ひたすらにド田舎の車道脇をふらふら歩き続けた。
彼らを歩かせるのはただ金への執念だけだった……。




