7.クリシアの小さな手
ジャックが部屋の鍵を失くしたことに気づいたのはアパートの階段を上がろうとした時だった。
「お前が意地を張って働きに出ようとするからだ」
管理人のマルコ・チェンバースは涙目のジャックの頭をくしゃっと撫でた。
「泣くな。鍵はまた換えておく」
「……ごめんなさい」
「また警察へ行ったのか?」
「うん。でもやっぱり見つからないって」
「明日は俺が行ってみるよ。ハリーさんいたらいいが」
「……それが担当代わっちゃってさ。見放されたみたいで心配」
クリシアが帰ってきたのは午後五時過ぎ。いつもよりかなり遅い。
エプロンを外し迎えに出ようとしていたジャックが玄関のドアを大きく開けた。
「おー、お帰り。ちょっと心配したぞ……どうしたんだ? 何泣いてんだ」
クリシアはそのままジャックの胸に飛び込んだ。
「お兄ちゃん!」
話を聞いた後のテーブルの上。
ジャックの作ったジャガイモのスープとコッペパン、ウインナーとリンゴが一つ。
ジャックはふぅっと息を吐き、リンゴの皮をナイフでくるくる剥き始めた。
「そろそろ泣きやまないと、兄ちゃんこのリンゴ一人で全部食っちまうぞ」
「うわああああん!」
「嘘だよ。さぁ、泣くのは終わりだクリシア」
切ったリンゴを差し出すと、クリシアは鼻水をちーんとかみ、ようやく顔を上げた。
「明日兄ちゃんが学校に行く。お前をいじめた奴らをブン殴ってやる。お前には俺がついてんだ。だからもう気にすんな」
クリシアがいじめられた理由は「父親に見捨てられた」という根も葉もない噂からだった。
三ヶ月前、父親のジョージが姿を消した。
仕事で配達をしていたある日忽然と。
警察は捜索を続けているというが、手がかり一つ掴めていなかった。
母親はクリシアを産み早くに病気で亡くなった。
それでも父子家庭の三人家族は慎ましく支え合って生きていた。
クリシアはリンゴをかじりながら回想していた。
以前ジャックが、いじめられた友達を助けるために血相を変えて相手をなぎ倒した壮絶な場面を。
「……うん。でもお兄ちゃん。お兄ちゃんおこるとスッゴイこわいじゃん。やっぱりやめて。なぐったからって、良くはならないよ」
「……うー、でも許せねえ」
クリシアは身をのり出して言う。
「ねえ、それはもういいから、明日二人でパパをさがしに行こうよ!」
腕組みするジャックは力を緩めクリシアに手を伸ばし、その小さな手をぎゅっと握りしめた。
「……いや、待ってよう。前にもそんなして俺たち迷子になったろ? またマルコさんに迷惑かける。警察もまだ調べてるって言ってくれた。信じなきゃ先進まないし。いつかパパは帰ってくるさ。ここで待ってなきゃ、パパが寂しがるだろう?」