63.狂気の追撃 ※
ワゴン車を走らせるダグラス。
彼はベルザとの電話で博物館館長タグラ・ピンブルがヴォーンに殺された事を知った。
ダグラスはヴォーン=ブライアンのことを昔から知っている。
彼はクリスティーンの護衛役を越え、彼女に恋い焦がれていた。
最後はナピスに挑み、散った。はずだった。
――先ほど殺した男……髪の色も顔も違っていても骨格と耳、首筋の黒子、俺にはわかる。あれは間違いなくブライアンだ。ハリーが調べ上げた通りだった。あいつはナピスの血で蘇った。生き返ってジョージ・パインドを殺した。嫉妬の記憶に身を任せて――。
助手席のトミー・フェラーリは後ろのジャックをちらちら見ながらダグラスに説明した。
「このガキはなぁ、ソウルズって窃盗団の一味でソサエティにも関係あるみてえなんだ。ナピスが捜しててな。早速俺の手柄になるってわけよ! ワハハ」
縄でダグラスから軽く手首足首を縛られたジャックは彼の出方を待っていた。
トミーの前ではダグラスの芝居が続いている。
積年の恨みを晴らすつもりが突然のダグラスの行為――それでよかったのか。いや、やはり撃たせてほしかった……トミーの鼻っ面を見ながら、ジャックにはただ悔しさだけが押し寄せた。
一方ダグラスは――今となってはトミーには用はない。殺すか……ハリーのいる警察署に突き出すか……それともまだ利用できるかと考える。
真っ直ぐ前を見るダグラスに、トミーはぼそぼそ語りかける。
「ヴォーンが言ったんだ。ソウルズが仲間のジミー・リックスを奪いに、エリアNPCを襲撃したと。……なぁダグラス。俺はいつから寝ちまったんだ? 行ったんだろ? エリアNPCに」
「ああ行ったさ。なんにも起きなかったがな。俺たちがあそこを出た後の話じゃねえか? ……てかあいつって、お前を襲った奴だろ? 何者なんだ?」
「奴ぁ、ナピスの斥候〝ヴァル・ヴォーン〟……本名はブライアン・ヒル。元ソサエティの男。奴はナピスの血で生き返ったゾンビよ! リガル・ナピスはソサエティを潰すために死んだブライアンを捕らえ蘇らせ、記憶を探った。戦闘員としての能力も利用した。俺は奴の世話係として雇われた。ウォルチタウアーのツテでな。サンダース勢に追われ一人になった俺はウォルチタウアーを頼るしかなかった。あいつはナピスの幹部。いい気になって俺をコキ使うがな。まあ助けてくれたからしょうがねえ。生き返ったブライアンが立って動けるようになったのも俺のおかげよ。よちよち歩きから始めたんだぜ、俺には保育士のセンスもある」
ダグラスはうんうん頷きながらルームミラーでジャックを見る。
「……で、その後ろの兄ちゃんはいったい何の目的で来たんだ? あ?」
押し黙るジャックにトミーは中指を立て、代わりに答えた。
「こいつは俺を殺りに来たのよぉ。親父を殺された復讐にな。どこで調べたのかお前のダチに変装して俺に近づいた。……真相を知って満足したかジャック! だが言っとくがな、俺とピンブルはやってねえ。お前の親父を殺したのはブライアンだ。狂気全開でな。正直俺らは奴にびびって固まっちまってよ。ブライアンはナピスの怪物。もう人間じゃねえ。今じゃもう手ぇつけられなくなって俺にまで銃を向ける始末よ」
ジャックは怒りを露わにする。
「てめえも居合わせたんだ、一緒だ! 地獄に落ちろ!!」と唾を吐き、後ろからトミーのシートを蹴りつけた。拳銃を向け、トミーは威嚇した。
「うるせえガキめ! ほんっとに殺すぞ!」
まあまあとダグラスがなだめる。
「落ち着けトミー。こいつをナピス総帥に突き出すんだろ? お前も幹部になれるかの手柄だ。まぁ待てや」
「あ、ああそうだ……クッソ! こいつをもっと縛りつけんとな。……あ、ダグラス。さっき見たんだがトランクにあったスーツケース。ありゃお前のか? やたら重かったが」
「……え? あ、ああ。俺の」
その時だった。
彼らのワゴン車のルーフに何者かが。
それはヴァル・ヴォーン。バイクを駆り、ワゴン車の後を追って来た。
ついにそのルーフから素手で運転席側の窓を叩き割る。そして顔を出し、ダグラスの顔を確かめた。一瞬見合わせる二人は息を呑む。
「……よぉ、ダグラス。しばらくだな。相変わらず人殺しの臭いが染みついてる」
ヴォーンはそう言うと目を赤く光らせ、ダグラスの首根っこを掴んだ。
「うぐっ! 貴様、不死身か!」
上へ引きずり出されるダグラス。
走るワゴン車はぐらりとふらつく。
助手席のトミーはハンドルを掴み必死で運転席へ乗り移った。
「ダグラスーッ!」
ヴォーンとダグラスはルーフで揉み合いながら、ついにはカーブで転げ落ちた。
そこは断崖絶壁。真っ逆さまに二人は谷底へ――。
トミーは車を停め降りて行き、ガードレールの下を見下ろした。しかしあきらめてまた車を走らせる。
ジャックは喚き散らした。
「おい! 助けないのか?! お前のダチだろ? お前の命の恩人だぞ!」
「うるせー、やかましいーわ! あのバケモン相手じゃどうすることもできねえよ! だいたい谷底に落ちて二人とも死んじまったさ、へっ!」
「く……くっそ、なんてヤローだ!」
「おい、ジャック、ちったぁ黙ってろ! 殺されたくなかったらな!」
――しかしブライアンはダグラスのことを知っていた。なんでだ? と、トミーは眉をひそめながら次へ進んだ。




