55.ナピスの血 ※
時は少し遡る――
アナザーサイドのカフェレストRamonaにて。
ジャックは涙を流しながらビフ・キューズから聞かされたテープの会話を頭に刷り込んだ。
〝……《トミー。九月に車を用意しろ。イーストリートへ行く》
《あ? サンダース狩りか?》
《いや。ジョージ・パインドという男を殺しに行く》
《誰だそいつぁ》
《……恨みがある……》
《ほぉ、するってぇと他に何か思い出したんか? ソサエティのことは》
《……思い出せない。それよりジョージだ! 奴が俺の!》
《わかった、わかった、そうデケぇ声出すな落ち着けよ。今、タギーが隣りにいるんだが『俺も行く』って言ってるぜ》……〟
父ジョージ殺しに関わったのは先ず二人、トミー・フェラーリと〝タギー〟。
調査の末、その愛称で呼ばれる男はポートレイト博物館館長タグラ・ピンブルのことで間違いないだろうとビフは言った。
だがピンブルは鍵を盗まれて以来行方不明になっているという。
そしてもう一人、トミーと話していた首謀者……その男の名前がわからない。
ジャックはビフから録音テープを借り、セリーナを通して州警のハリー・イーグルに男の声紋鑑定を頼みに行く。
ハリーはその年齢、訛り、骨格と、薬物依存の可能性も調べた。
何より気がかりだったのは、ジャックが訊ねた一言だった。
「ハリーさん。ソサエティのメンバーだったブライアン・ヒルって、亡くなったんですよね?」
ビフはトミーの居場所は南部ニューモニィだと言った。
そしてセリーナはトミーについて調べている情報を教えた。
「実は二年ほど前からトミー・フェラーリにソサエティの人間を近づけ、信用を得ている。ベルザも目をつけていた通り、トミーはナピス・ファミリーと通じていた。奴はその町でヤクの売人もしてる。あなたはまた別人を装って買い手として近づくの。〝ダグラス〟の名を出して」
「……その人はどんな、たとえば」
「ダグラス・ステイヤー。ソサエティのナンバー2よ」
そしてジャックは今ワゴン車にいる。
クレイドルズの田舎者〝ジョン・キートン〟として。
父の敵、憎きトミー・フェラーリは今目の前にいる。
前の助手席に座り、運転手のダグラスとバカ話をしている。
背後から首を絞め、殺すこともできる……ジャックは拳を握りしめ、マスクの隙間から滴る汗を袖で拭った。
トミーは耳障りな声で喋る。
懐の札束をさすり缶コーヒーをすすりながら上機嫌に喋りまくる。
「なあダグラス。後ろに座ってるロン毛は中国人か? もう一人はなんだ? どっかの酋長か?」
「ワハハ知らねえよ」とダグラスもコーヒーをすすった。
いつしか大きな欠伸をするトミー。
「ふあああ、ダグラスよぉ……んだか眠くなっひまっはぜぇ〜」
「そうかい疲れてんだよ。しばらく休みな。着いたら起こしてやるよ」
「おぉぅ」と、トミーはパタリと眠りに落ちた。
トミーのコーヒーには睡眠薬をがっつり混入させておいた……ダグラスが時を見計らって言った。
「……さあ。クールにコトを済ませようか」とダグラスはソウルズ流の台詞を言う。
するとジャックの後ろで眠っていた二人が起きた。
いや、寝たふりをしてこの時を待っていたのだ。
ジャックの肩に置かれた手……そのロン毛の男がカツラを外した。
「え?!」のけぞるジャック。
「よお、ジャック」
「ホウリンさん!」
「全部ダグラスから聞いてるぜ。その殴られたポパイ顔、なかなかイカしてんな」と短髪ホウリンはニカッと笑ってみせた。
そしてその隣りの酋長がキャップをずり上げると静かな眼差しのリッチーがいた。
「ジャック。元気か?」
ジャックは表情は固くも再会の喜びを首肯で素直に表した。
「うん。リッチーは?」
「ああ元気だ。……ちょうど、重なってしまったな。お前の考えはわかってる。俺たちには言うまいとずっと、一人耐えてきたんだな。もっと寄り添えずにすまん。つらかったな」
「そんな、リッチー。俺は……俺の方こそ、ソウルズに迷惑かけてきて」
「何を言う。そんなはずはなかろう。俺たちみんな、お前のことが大好きだ」
「……ありがとう。これから……もしや?」
「そう。ダグラスに案内してもらう」
ハンドルをにぎるダグラスが前から声を響かせ手を上げた。
「ジャック。あらためて、俺がソサエティのダグラス・ステイヤーだ。〝ベン・ダグラス〟としてこいつ(隣りのトミー)に近づき、相棒として信じ込ませた。こいつへの尋問と復讐は待て。先ずはジミーを救けに行こう」
****
向かうグラウンド411エリアNPCとは、エルドランド軍の旧医療施設のことだった。
車の中でダグラスは言った。
「先ず、中へ入るために俺がシリコンマスクを着けウォルチタウアーに化ける。リッチーとホウリンは空調室に入り換気ダクトから催眠ガスを施設全体に流す。俺はジャックと共に医務室と監視ルームに入る。カルテとモニターでジミーの居場所を特定し、リッチーとホウリンに無線で伝える。ジミーの迎えはルカが来る。その後は俺とジャックがこのトミーをしばく」
そう言ってダグラスは隣りで爆睡するトミーの鷲鼻をつまんだ。
リッチーが訊く。
「中にはどれくらいの人間が?」
「収容されてる被験者は約二百人。医師が十、ナースが二十、セキュリティの凄腕が十人はいる」
ジャックはその肩を見つめる。
「ダグラスさん。奴らの目的は何なんです?」
「怪物を造ることだ」
「ええ?!」
「ナピスの科学班は悪魔の血清を生み出した。その〝ナピスの血〟は人間を魔物に変える。死人をも蘇らせる。屈強の兵士、最強の軍隊を造るのが奴らの目的だ」
ダグラスの話に、一同が固唾を呑んだ。
ホウリンが歯をむき出し獣のように手の爪で襲う素振りで「んなアホな。血がどうたら、リガル・ナピスは吸血鬼か」と突っ込むと、ダグラスはルームミラーに鋭角な目を光らせた。
「……ナピスこそヴァンパイアだという者もいる。リガル・ナピスは悪魔が宿った魔物だ。二百年、生きてきた。奴が〝ファミリー〟と掲げる理由は血族への執着だ。奴に子息はない。精子異常か呪いか既に人間ではないからか、これまで長い間一人もできなかった。奴は子が欲しい。意志を継がせる相手が欲しい。造られる〝怪物〟は言わばナピスの子同然。……現段階でわかっていることは、その完全とも言える成功例が少なくとも一人いることだ」
リッチーは話を反芻し、見えたものをダグラスに確かめた。
「それが〝ヴァル・ヴォーン〟という男か」
「その通り」
「二百年……か。リガル・ナピスは不死身の王と呼ばれるが、ここ十数年世に姿を晒していない。噂では生命維持装置で生き永らえていると聞く」
「うむ。確かに奴にも寿命がある」
「何故それがわかる?」
「ベルザが感じているんだ。奴ももうすぐ死を迎えると」
「二人には何がある?」
「……二人は、血を分けた兄弟だ」
リッチーとホウリンは顔を見合わせ、絶句した。
ジャックは胸に手を当て、サンダースとセリーナが話したことを思い出していた。
『お前はパインドの息子ではない。ベルザに拾われたのだ。ナピスの研究所でな』
『十七年前ベルザとメンバー数人がナピスの基地に爆破目的で潜入した時、研究所の保育器に赤ん坊のあなたがいたんですって。あなたの叫び声が聞こえたって』
――俺も……まさか……怪物かと、自らを瞬時に呪った。
何故俺はそこにいたのか。
俺はまさか、ナピスが生み出した……怪物?
俺という存在は――。
言葉を失い、ふさぎ込むジャックの肩をリッチーはそっとさする。
彼も話は聞いていたが、ジャックを心底信じていた。
「ジャック。何も気にするな。お前の今が肝心だ。ジャック・パインドという存在が尊いんだ」




