5.鍵 ※
FREEDOM号の上。時計を見ると午後一時だった。
「いっけねっ、行かなきゃ」
ジャックはそう言ってコートを羽織り、船から陸へ上がった。
「またね。ジャック兄ちゃん」
「うん。リッチーさんによろしくな」
「わかった。……じゃーねー!」
ブリウスは手を振りながら走って帰ってゆくジャックを見えなくなるまで見送った。
ブリウスはそれから操舵室に入り、毛布を肩に被って椅子に腰掛けた。
漫画本を読みながらやがてウトウト目蓋が閉じる頃、外から窓を軽く叩く音が。
「おーい、いい子にお留守番してたか?」
と、ルカおじさんが入ってきた。
「あ! おかえりなさい」
目をこすりながらブリウスは立ち上がる。
「ただいま。寂しかったろ。遅くなってすまなかったな」と言いながらルカは中の様子を見渡した。後に続くリッチーも同じように。
ルカが目を丸くして言った。
「ほぉ、綺麗になったもんだ! よくここまで掃除したなぁ、えらい!」
中は見違えるほど美しく、隅々まで整理されていた。
ウッドパネルはピカピカに光り窓ガラスは一点の曇りもなく、埃ひとつない。デッキの方も隈なく掃除されていた。
ルカの大きな手がブリウスの頭をクリクリ撫でた。
「おーしゃ、ご褒美! 何が欲しい?」
「へへ……」とブリウスは鼻をこすり、
「違うんだ。一人でやったんじゃない」
「え?」
するとリッチーが前に出て右手を差し出した。
「もしかして、この鍵の持ち主と一緒に?」
リッチーの右手のひらには赤い紐のついた鍵。
「ドアの隅に落ちていたぞ。家の玄関のものだな」
ブリウスはそれを見つめ首を傾げた。
「うー……ん。あ、多分掃除してて落っことしていったのかな」
ルカがぬっと顔を突き出す。
「はあ? どういうこった? 誰かをこの船に上げたのか?」
声を荒らげるルカにブリウスは固まった。
リッチーはルカの肩をぽんぽん叩き、ブリウスの前に屈んで口元を緩めた。
濃く勇ましい口髭が左右に広がった。
「言ってごらん。いったい誰がここにやって来たのかな?」
ブリウスは上目づかいで答えた。
「……ジャック兄ちゃん」
****
そしてジャックは今日も警察署に立ち寄った。
窓口の年配の男は呆れ顔で彼を見つめた。
ジャックはいつものように訊く。
「担当のハリーさんをお願いします」
「……先に言っといてやるが、今のところまだ情報はないよ。それに」
「それに?」とジャックが詰め寄った時、その肩を後ろから掴む者が。
振り向くと制服姿の若い女が申し訳なさげに微笑んでいた。
「誰ですか、あなた」とジャックは見上げる。
「ジャック・パインド君ね? 私はセリーナ・サーカシアンといいます。ハリー・イーグルに代わって私が担当になりました」
セリーナは屈んでその手を握った。
怪訝な顔のジャック。
それはあっさりとした口調の、まだ若すぎるセリーナに対しての、不安。
「ごめんねこんな新米刑事だけど。ハリーから全て聴いてるわ。これからは私が面倒見ます」