46.リッチーの怒り
リベリアとスーダンに渡っていたリッチー・ヘイワースがテンペストの隠れ家に戻ったのは十月下旬のことだった。
リッチーがタクシーを降り、玄関に立つと一台の車が現れた。
紺のベントレーMK・VI、それはベルザだ。
港に着いた時から胸騒ぎがしていた。ただならぬ予感はベルザの面持ちに見て取れた。
歩み寄るベルザにリッチーは訊く。
「何があった?」
ベルザは厳しい目で重々しく言った。
「今月の五日、ジミーがナピスに捕まった」
部屋の中、眉間にしわを寄せたリッチーは手を震わせながら煙草に火を着けた。
黙ったままベルザに椅子に腰掛けるよう促し、やがて火を揉み消した。
「ベルザ。ルカとホウリンは?」
「うむ。ルカはイタリア。ホウリンは日本。今のところ情報は何も。……ただ」
「ん?」
「ジャックも……同じように追われている」
「何だって?」リッチーは彼を睨む。
「ソウルズのメンバーとして容疑がかかった。警察もナピスに籠絡されている。この場所もいずれ」
「ジャックは無事なのか?! 無事なんだろうな?!」
「ああ。今はソサエティの者サーカシアンが保護している。大丈夫だ」
ベルザは深く頷き、イーストリートで起きた事、ジャックの動向、そしてジミーについて聞いた事を話した。
「警察のハリーから、ナピスがソウルズを狙っているという情報が入り我々も早く動いたつもりだったが……済まない」
「……いや。あんたが謝る話じゃない。俺たちはいつだって覚悟してる。所詮悪党だからな。死はいつも隣り合わせだと皆に言ってきた……」
「リッチー。ボクサーのレニーが目の当たりにしたもの……そのヴォーンという男は恐るべき腕力を持つ、まさに怪物。ジミーに、お前のような者の力を欲していると言ったそうだ。奴らはジミーを利用する気で」
リッチーは目頭を押さえ首を横に振る。
「ナピスの目的はあんたの持つヘヴンズパールではないのか? それ以上に何を欲しがる!」
声を荒らげ、思わず壁を殴りつけるリッチー。
砕けた漆喰がバラバラと床に散った。
「時間をくれリッチー。ジミーが何処へ連れ去られたか、トミー・フェラーリという男に我が同志を近づかせ、ナピスの内状を調べている」
「ジミーは必ずこの手で救出する。あんたは早いとこリガル・ナピスを葬ってくれ」
ベルザは立ち上がった。
「ああ。君はここを引き払い、私と共に行こう。……君たちを巻き込んでしまって本当に済まない」
「それは違う。あんたはキーティング・チェストの在り処を教えてくれた。俺の夢を実現させてくれたんだ。それより、ジャックのこと……任せていいのか?」
ベルザはリッチーの肩に手を。
「心配するな。ジャックは、ソサエティが全力で守る」




