45.セリーナ・サーカシアン ※
ジャックはしばらく身を隠す必要があった。
今は地下組織ソサエティの隠れ家、プリテンディアの地下アジトでクリシアたちの無事とR.J.ソロー発見の情報を待っている。
ハリー・イーグルとセリーナはイーストリート潜入への策を練りながら、交代でアジトを訪れ、ジャックに護身と格闘術を施した。
ハリーは久しぶりに会うジャックの成長を喜んだ。
「……ジャック。州警にいてもお前とジョージ君のこと、一日たりとも忘れたことはなかった。俺たちの力不足も認める。すまなかった」
「いえ、いいんです。皮肉ですが俺には生きる意地が生まれました」
そう答えてジャックは一つ確認する。
「俺、できるだけ早くR.J.ソローに会ってお金を渡したいんです」
ハリーは頷き言い聞かせた。
「ビフ・キューズから預かった金だろう? 大丈夫。ビフにはこの事態を伝えておく。彼の流儀を尊重して、我々がなんとかソローのところへ導こう」
「え? ビフさんのこと知ってるんですか?」
「ふふ。まあな。いろいろ世話になってるのさ」
一週間ほど過ぎ、セリーナは驚嘆していた。
「セリーナさんがいろいろ教えてくれるけど、感覚としては覚えるというより思い出してるって感じなんだよな」
ジャックの適性、洞察力、自己治癒能力。
妹からは超野生児と言われてるとジャックは笑った。
「昔暴力警官ウィップスに殴られた時、顎が折れたかと思ったんだ。でも病院で診てもらう頃には治ってた」
僅か半月ほどの訓練で彼はソサエティ流の体術をマスターした。
ジャックはセリーナに訊く。
「……ねえ。イーストリートの乞食の爺ちゃん……彼がベルザでしょ?」
「……気づいてたのね。そうよ。彼の変装」
「やっぱり。そうなんだ。……ずっと、俺を見ててくれてたんだ」
「あなたと話したこと、食べ物もらったこと……すごく喜んでたわ」
とセリーナは頷き、ベルザから聞かされた大切なことをジャックに話した。
「十七年前ベルザとメンバー数人がナピスの基地に爆破目的で潜入した時、研究所の保育器に赤ん坊のあなたがいたんですって。あなたの叫び声が聞こえたって」
そう言ってセリーナはジャックと向かい合った。
ジャックは苦笑いで肩をすくめる。
「……ていうか、俺って、マジ何者なんですかね?」
「見たままよ。あなたは……心の優しい立派な若者」
四年前とは見違える青年になったジャックの目を深く覗き込むセリーナ。
「その輝くアースアイは何を映してきたのかしら……」
「え?」
「……いずれにせよ、あなたは優しさを宿した。愛されたのね」
警官の時とは違う素顔のセリーナ、というより温かい目で見つめる彼女はあらためて美しいと感じていた。
グリーンの瞳と醸し出す優しさ。
ふと彼女に見惚れている自分に気づき、ジャックは焦った。
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身を隠して三週間ほど経ちR.J.ソローの情報が入り、二人は次の行動に移った。
その日、場所は少し気分を変えた、風の通る廃ビルの屋上。
ジャックとセリーナは椅子に腰掛け向かい合っている。
腐りかけた柱や室外機に囲まれ死角を作っている一角。
セリーナのブリュネットの髪が晴れた上空からの風になびいて、ジャックの額にさらりと触れた。
セリーナはジャックの右手を引き寄せ、自分の胸に当てた。
「ソサエティが。というか、私が守るから」
レザーから伝わる温もり。ジャックは顔を真っ赤に照れてしまう。
セリーナはぐっと顔を寄せ、まじまじと見つめて言った。
「もうセリーナと呼んでいいのよ」
ジャックは鼻息が荒くなってしまう。
セリーナはクスッと笑って彼の口元に触れる。
「動揺しないの。はーい、減点」
「……え、えー! な、何がげんてん?」
「これはテストよ。どんな時も何があってもクールでいなきゃ」
「わ、わかったよ! ……は、早くやっちゃって」
「ふふ。じゃ、いくわよ〜」
セリーナはそう言ってジャックの胸の高鳴りを感じながら、彼の目の周りから下地クリームを塗りはじめた……。




