36.ある朝の光 ※
九月二十三日は相棒ブリウスの誕生日。
紙袋いっぱいに詰め込んだリンゴを抱えたクリシアがアパートに帰ってきた。
ジャックは窓辺でミルクティーをすすりながら外を眺めていた。
「お帰り」
「ただいまお兄ちゃん。見て! これ……何するかわかる?」
「アップルパイだろ? 明日ブリウスに」
「ピンポーン! 手伝って」
スルスルとリンゴの皮を剥くジャック……のはずだったがいきなりナイフで指を切ってしまった。
「お兄ちゃん大丈夫?!」
傷口をくわえるジャック。
「ああ。ちょっと手がしびれててな。……ぶっつけちまって」
「えー! いつぅ? ちゃんと手当てしたの?」
「ああ。なんてこたぁない。俺の回復力すごいから」
「切ったとこ見せて……あー、深いじゃない」と救急箱を取りに行くクリシア。
「いいよ、舐めればすぐ治るって」
「もーう……たしかにそうだけど。なんかこう、野生児ってゆうかさ、小さい頃から超治癒力よね」
そう言って笑いながらクリシアがその指に絆創膏を貼ってあげる。
「そう。兄ちゃんは超人なのだ」
二人は顔を見合わせ笑った。
「でもお兄ちゃん。この頃考え事してるね。やっぱり誕生日から……しょんぼりしてる。リッチーさんにキツく言われたの?」
「……いや。リッチーは何も言わなかった。何も……言ってくれなかった」
「明日来てくれるかな、みんな」
「ルカさんは確実だろうけど、どうかな。みんな忙しいから」
「みんなにも食べてほしいのにな」
「……てか、俺も……明日は朝から行かなきゃならないとこがあるんだ。どうしても」
「えー?! なによそれーー!」
「すまん。遠い所なんだ。人に会う。明日には発たないと約束の日の時間に着きそうにないんだ」
そして次の日、太陽が輝いた。
ジャックはブーツを履き、ドアを開けた。
朝の光を纏い、車に乗り込んだ。
しばらくの間クリシアのことはアパート管理人のマルコとその妻ジェーンに頼む。
「将来を考えるためにしばらく一人で旅をしてみたい」と言うジャックをマルコは見つめ、言った。
「わかってる。お前はずっとジョージのことを想い、部屋を移る気はないとも言った。働いて生計を立ててきた。でも、本当に困った時は遠慮なく俺を頼ってくれ」
イタリアン・レストランPorcorossoのポールは優しく肩を叩き、
「店のことは気にすんな。とにかく無事に帰ってこい」とジャックを温かく見送った。
ブリウスにはハッピーバースディと祝い、欲しがっていたジーンズをプレゼントして拳を突き合わせた。
「ありがとうジャック」
「ポールさんから聞いた。ルカさんとジミーさんが来てくれるんだってな。よかった」
「うん。……旅先から連絡ちょうだいね。寂しいから」
「ああ、少しの間だ。俺はお前をめっちゃ信頼してる。だから妹を頼むな」
友人Xマンからの手紙を胸に。
イーストリートから西へ八百キロ。
目指すは〝転換の街〟アナザーサイド、カフェレストRamona。




