35.使命
八月の終わり、ジャックは隣町に越した友達のコーチーズとXマンに会いに行った。
今その二人は巨大マフィア、サンダース・ファミリーの下っ端だ。
コーチーズは昔イーストリートに住んでいた。
七年前、食料品を盗んだコーチーズが路上で警官のウィップスに張り倒されているところをジャックが割って入った。
「てめえはジョージ・パインドの息子だな。十歳のガキが俺にタテつくか?」
以前、ウィップスの息子が弱い者イジメをしているところをジョージが叱りつけた。
公衆の面前で。
そのことをウィップスが根に持っていることを、ジャックはわかっていた。
「お巡りさんやり過ぎじゃね? あんたがそんなだから息子もああなんだ。いばりちらしてさ」
コーチーズをかばうジャックをウィップスは殴りつけた。
現在、コーチーズは口癖のように言う。
「ウィップスはいつか俺がぶっ殺す」と。
そして彼はジャックへの恩を決して忘れなかった。
コーチーズの兄貴分のXマン(本名ペケ)はジャックを信頼していた。
「俺がお前を好きなのはお前だけが俺の描いた絵を褒めてくれたからだ」
それを口癖にジャックを心から慕った。
去年は一緒に釣りに行き、マリファナを吸い、シマを荒らす連中をつるんで潰しに行った。
そういうのはジャックは本当は嫌だったが、青春の悩みを聞きながらXマンにとことん付き合った。
Xマンは言った。
「ジャック。お前も正式にファミリーに入れよ。ああ。望み通り、今度叔父貴に会わせてやるよ」
およそ四年前、女刑事のセリーナから渡されたジョージの遺品。
そのプラチナの指輪にボールチェーンを通し、首にかける。
父の死を告げられ、ジャックは荒れ狂った。
泣きじゃくるも、震えるクリシアを抱きしめ、強くなろうと誓った。
そして一つだけ、後にセリーナから聴いたことを胸に仕舞っていた。
「アペルヒルズでストーレンが見た容疑者は三人。そしてナンバー2943の車はそもそも盗難車で、当初所有者を特定するのに時間がかかったの。有力な情報は裏社会から手にした。盗んだのはトミー・フェラーリというマフィアの男。そこまでよ、調べがついたのは」
ここからは危険で我々は慎重に動いてると彼女は言い、それから後は何も聞かされなかった。
――マフィアの男〝トミー・フェラーリ〟。
友達のXマンの叔父はマフィアだと幼少の頃から聞いていた。
Xマンと親交を深めたのはそのためだ。
純粋に彼の絵は好きだったが、力を貸してもらいたかった。
それがこの国最大勢力のサンダース・ファミリーなら最大の情報網を持っている。
ジャックはそう考えた。
自身のあざとさを噛みしめながら。
****
九月の中頃に運転免許を取り、ローンで中古車を買ったジャックはXマンから郵送された手紙を胸に、車を点検し、その日に備えた。
あの日の手の痺れ。というより、疼きか。
ジャックはその拳を受け止めた老乞食のことが忘れられない。
爺さんのひからびた細く硬い手のひら。
あれから日を追うごとに不思議と遠い日の記憶が蘇ってくる。
――俺は覚えている。
思い出している。
俺はあの手に連れられ、イーストリートにやって来た。
わかっていたんだ。
ジョージが本当の父親ではないことは。
違うとわかっていても、ついていった。
疑わず、誰にも尋ねず、信じた。
ジョージはただ笑顔で、クリシアと分け隔てなく俺を愛してくれた。
引き取られる前の暗く寂しい思い出は消し去ったはずだった。
ひとりぼっちで怯えていた記憶はジョージが優しくいつも寄り添い、いつしか消し去ってくれた――。
屈み込む、そこは墓地。
クリスティーンとジョージの墓石に花束を。
そしてジャックはイーストリートの通りを歩き、あの老人を捜した。
だが公園にも駅にも橋のたもとにも、その姿は見つからなかった。
潮の香りに導かれ、港に立った。
穏やかな風が頬をなだめ、煌めく水平線の彼方から記憶が打ち寄せた。
――俺はあの彼方から、やって来た。
あの彼方に忘れてきたものが……
そしてここから何処へ行く?
何処へ向かってゆくのか。
俺にはまだ他にも果たすべき使命があった――。
ジャックは空を見上げ、手をかざした。




