34.リガル・ナピス
そこはエルドランド北東部、ゴーストン峡谷にあるナピス本拠地。
冷気漂う闇の空間では最新鋭の生命維持装置が稼働している。
傾けた玉座の背にもたれ、無数のチューブに繋がれた老いた男がいる。
それはリガル・ナピス。
彼は酸素マスクを外し、ドス黒く変色した左の頬をさする。
その仕草は癖なんだと取り巻く配下たちは知っていたが、その因果は知らされていない。
リガル・ナピスはまるで墓場から蘇る骸のように身体を起こすと、痩せた腕を上げ、低く潰れた声を響かせた。
「……初めに武器ありき。人類は武器を使って未来を広げた。人類の歴史は殺戮と略奪。繁栄の裏には戦争がある。私はただの鍛冶屋だ。商売人だ。国やテロ組織が望み必要とする道具を作り、売りさばいてきただけだ。この手で。この手で時代を切り拓く剣を作り、この手で桎梏を撃ち抜く銃を生み出した。弱者、不要な者を淘汰するための弾薬、毒ガス、誘導弾。迫撃砲、自走砲、魚雷、軍用機。そして核。化学兵器、生物兵器。諸大国が次に欲しがるのは何だ? 何を我々に要求する? 何を作れとせがむ? それはより強き兵隊だ。屈強の軍隊だ。優れた身体能力を持つ忠実なる下僕。大量破壊兵器にも耐えうる兵士。その開発には無論多くの素体が要る」
一人を指差すリガル・ナピス。
長身に口髭をたくわえた眼鏡の男を。
「刑務所所長のウォルチタウアー。お前の手腕を振るう時だ。多くの実験台を提供せよ」
その隣りを手招きするナピス。
「よくぞ調べ上げたヴァル・ヴォーンよ」
生成りのスーツにアッシュブロンド髪の男が側に寄る。
彼はナピス・ファミリーの斥候。
「ヴォーン。お前は〝ソウルズ〟を捕らえよ。キーを盗んだのはリッチー・ヘイワース筆頭の四人組で間違いない。だが殺すのではない。生け捕りだ」
他の者たちにはこれまで以上の命令が下された。
「ソサエティ狩りを強化せよ。レプタイルズ・キーによってベルザはおそらく最終兵器を手にした。なんとしてでもそれを奪い、奴を抹殺するのだ」
覆い被さるナピスの目に一同は平伏する。
「いずれ我々はここを拠点にこのエルドランドを掌握する。我々の国家を作るのだ。果たそうではないか。キーティングが成し得なかった夢を」
再び酸素マスクを装着し、リガル・ナピスは横たわった。
白煙と闇に赤く光る二つの点が玉座のぐるりを這う。
それはナピスの影。
配下が守護神と崇めるレプタイルズ〝鰐の化身〟デュークの目だ……。




