3.ブリウス少年
〝FREEDOM〟と船側に焼印された白い船の上には少年がいた。
ニット帽を深々と被り鼻を赤らめモップで甲板を磨いている。
腰まで覆い隠す少年の赤いダウンジャケットはジャックの記憶に鮮明に残っていた。
ジャックは船乗り場から彼を呼んだ。
「やあ! この前の……」
背を向けせっせと磨いてるブリウスは振り向いた。
「……? え、誰?」
「俺! ジャック。ほらー、この前のレストランで働いてた、俺だよ」と髪をかき上げ喉元に指で蝶ネクタイを描いてみせる。
「ああ! 覚えてる!」
ブリウスは手摺りから身を乗り出し、ニコッと笑った。
「よくわかったねー! 僕のこと」
「レストランでも着てたろー? そのジャケットいいやつだもんな。……その船、君ん家の?」
「違うよー。リッチーさんの」
「え? リッチーさんいるの?」
「今いなーい。おじさんたち、みんなでどっか行っちゃった」
「リッチーさん……漁師なんだ。へぇ……」
ジャックは目を輝かせて船のぐるりを見る。
「違うよ……多分」
「え? ……じゃあ何の仕事?」
「……よくわかんない」
「君のお父さんと同じ仕事じゃないの?」
「お父さん?」
「ほら、君の隣りに座ってた、金髪リーゼントでゴッツい」
「ははっ、お父さんじゃないよ、あの人はルカおじさん。お父さんじゃないよー」
そう言ってブリウスはまたニコニコ笑う。
「ねー、あのさー! ジャック兄ちゃん! はなれてると話すのも疲れるからこっちあがってこない?」
「えー? そんな勝手に……いいのかな?」
「大丈夫だよー、僕たいくつなんだもん。いっしょに掃除とかしながらさー」
十歳のブリウスは絶えずきょろきょろと落ち着きがなくまだまだやんちゃだが、初めて話すジャックに対して失礼はなかった。
三つ上のお兄ちゃんが働いてるという事実にリアルに尊敬の念を抱いた。
お母さんもお父さんもいない、けれど働いて暮らしているという事実に。
「……でもな、俺クビになった」
窓ガラスを拭きながらジャックは一つため息をつく。
でも次はガラスに息をいきいきと吐き、丹念に磨き始めた。
ブリウスはくりくりとした目でジャックを見つめた後、このカッコイイ兄貴に続けとばかりに一生懸命に窓を磨き始めた。