28.到着
午後八時十五分、赤いフィアットがセルフィスの街に入った。
速度を落とし、注意深く夜の市街地を進んでゆく。
ここはこの時間でもまだまだ人が出歩き、車も多く、イーストリートよりもずっと都会の雰囲気だ。
助手席のジャックは街灯や看板の光を拾いながら前のめりに地図と通りの案内板を見比べ真剣に五番街を探している。
後部座席のクリシアはルームミラーでハンドルを握るブリウスと目を合わせ、笑った。
「……プッ、おっかしい」
「な、なんだよクリシア、そんなにおかしい?」
ミラーで自分の顔を見てみるブリウス。
「だって〜そのヒゲ。ナマズみたいよ。ププッ!」
「えーー、そうか?」
「ちょっと私にペンかして……もっとカッコ良くしなきゃ」とクリシアは前に身をのり出す。
「おヒゲはもっと勇ましく……と、危ないから前見てるのよ〜……ほら、こうゆうふう……に」
「うへ! くすぐってぇ」
車を運転するブリウスは大人に見せるため、ちょっとした変装をする必要があった。
ヤンキースキャップだけでは誤魔化せないから。
ダッシュボードにあった黒のマジックペンでヒゲを描く。
クリシアはそれを大いに楽しんだ。
「……てん、てん、てんの、てん! ほらどう? 無精ヒゲで男らしいわ」
ブリウスは確かめる。
「うあ、なんだこりゃ」
「はは! まるで毛ガニみたい」
「げぇ〜〜!」
「よぉし、ここまできたらリッチーさんみたいにモジャモジャにしちゃえ! えーい!」
「コォーーラぁあ! う、る、せえんだよオマエラぁあ!!」
もう我慢できずにジャックが怒鳴った。
目が逆三角形になってる。
「人が必死こいて場所探してんのに! なんてヤツらだ! ギャーギャーはしゃぎやがって、、ふざけんなぁあぁ!」
「……ごめんなさい」クリシアがあやまった。
「まったく、ピクニックに行くわけじゃねえんだぞ! ちったぁ考えろ!」
「ごめん、悪かったよジャック……そう怒んなよ」
毛ガニ顔でブリウスもあやまる。
ジャックの睨みは身がすくむほど怖いのだ。
「くそっ! ……あー、もう喉渇いた。その先の公園、ブリウスあそこで止めてくれ。水飲んでくる」
「へっへ〜。ちょうどそう思ってたんだ」
「あん?」
「ジャック、ここはもう五番街だぜ」
「え? そうなの?」
ジャックは窓を開け外を確かめた。
ブリウスが得意になって言う。
「そう、ずぅーっと前だけどルカおじさんに連れられてその博物館の〝世界の海賊展〟行ったの、思い出した。……うん。間違いなかったみたい」
「かぁ〜〜、それ早く言えよ!」
「ごめん、記憶違いかどうか微妙で」
パチパチとクリシアが後ろで手を叩いた。
「スゴい! 素敵! 運転も上手いし。私、安心して乗ってたもの。ねえ、お兄ちゃん」
「……そうだな。何事もなくすんなりここまでたどり着けたし。ブリウス、お前スゴいよ!」
そしてジャックは水を飲んだ後、お前らはここで待ってろと言って歩いて行った。
案内板に書かれた、ポートレイト博物館を目指して。




