25.本気
店の外。
ルカはVWデリバリーバンのリアフェンダーに仕掛けられたつまらない発信機をもぎ取り、果ての街路樹へ遠投した。
「さっきの偽カップルに突き返したらどんなツラしたかな。ははは」
午後六時半。ソウルズを乗せた車はPorcorossoを後にする。
見送る三人。ポールはジャックに、
「もうあがればいい。今日は俺一人で大丈夫だ」と言って店に戻った。
最後の最後まで見送りした後、ジャックは隣りに立つブリウスの腕を掴んだ。
「な、なにジャック、痛いよ!」
「お前に頼みがある!」と、ジャックはブリウスを路地裏まで引っ張ってゆく。
「ちょ、ちょっとぉ!」
「黙れ騒ぐなブリウス。お前ルカさんと前にいろんなとこ行ったって、言ってたよな?」
ジャックが怖い顔で迫る。
ブリウスはびびってうんうんと降参する。
「何言い出すの、いきなり」
「そう、お前ならわかるはずだ。ここから西の……〝セルフィス〟って街。そこまで俺を連れてってくれ」
「え、ええ? ど、どうやってぇ」
ちょっと待ってとブリウスは力ずくのジャックの腕をやっとこさ振り払った。
猛禽類のような目でジャックは怪しげに微笑んだ。
「わかるだろう?」
ブリウスのこめかみに汗が滴る。
「わかりたくない」
「ブリウスいいか? ポールさんの車を出せ。お前運転できるだろ? もちろん……こっそりと」
えーーっ! っと叫ぶ直前にジャックはその口を手で塞いだ。「シッ! 黙れ!」
「ジャ、ジャック嘘だろ? できないよそんなこと! ポールさんに殺されちゃうよ」
「いや。ポールさんは理解者だ。俺の本気をわかってくれる。無事に帰りさえすりゃ……許してくれる……わかってくれるさ……多分……きっと……もしかしたら」
「ほらあ、声が小ちゃくなってんじゃん! ダメだって!」
「ブリウス、俺はマジ、本気だ」
「本気本気っていったい何しに行くんだよ」
「俺は見たんだ。ホウリンさんの煙草の内箱にメモがあった。今夜午後九時、セルフィスの博物館でソウルズが動く」
のめり込むジャックの手をブリウスはやっぱり振り払う。
「いやだ断る、絶対運転しない!」
「お前、本物の車運転できるっていつも言ってんじゃねえか、自慢みたいに」
「だからって嫌だよ、じ、自分で運転すりゃいいじゃん」
「バカ、怖いに決まってるだろ、お前がしろよ」
「でーきーなーい! ヤだ、ポールさんにめちゃくちゃ怒られる」
ジャックはブリウスの胸ぐらを掴んだ。
「おい。クリシアと別れさせてやってもいいんだぞ。お前らの交際、認めない。将来はない」
「えーーっ! なんだよそれえ!」
しかし鬼の形相のジャックに完全に気圧され、将来を真剣に考えたブリウスはこくりと答えた。
「……わかりました。やらせていただきます」
****
店はピーク時。
時限爆弾と向き合うようにキーを回す。
ガレージから慎重にポールの車〝フィアット500〟を出すブリウス。
周りを見ながら静かにジャックも助手席に乗り込んだ。
そしてダッシュボード下に畳んである地図を広げ、ブリウスにヤンキースのキャップを被せつつ、懐中電灯を点け集中してセルフィスという街のポートレイト博物館へのルートをマジックペンでたどった。
「よし! ここから西へ……およそ三十キロ。ブリウス、頼むぞ!」
ハンドルを握るブリウスは緊張しながらも次第に気分が高揚していった……。




