2.漁船
その夜、妹の黒髪を梳かしながらジャックは言った。
「明日も学校だろ、早く寝るんだぞ」
「はぁい」
クリシアはベッドに潜りこみ、広告を見つめているジャックを窺う。
「お兄ちゃん、明日はどうするの?」
「……うん。また仕事さがしだ。……心配すんな。きっと見つかるさ」
二人の兄妹は小さなアパートに住んでいる。
十三歳のジャックは今、生活のために働かなくてはならない。
だがようやくありついたウェイターの仕事も一日にして失ってしまった。
「皿を割ったのはてめえだ。騒ぎの原因はてめえがいたからだ」
ジャックは寒空の下、とぼとぼ帰るしかなかった。
午後十一時になってもジャックはなかなか寝つけなかった。
彼らのことが頭の中から離れなかった。
何をしている人たちなのか。あの人の名前は……リッチー。
ジャックはまぶたを閉じ、彼の後ろ姿を追った。
そしてまた夢の中でありがとうと言った。
次の日の朝、クリシアを学校へ送り、ジャックは繁華街へ向かった。
店先の貼り紙とチラシを頼りに新たな仕事を探し歩いた。
「……だめだね。お前さんには無理だ」
「十三歳? ウチは未成年は雇えねえんだ。帰りな」
「学校はどうしたんだ? 親御さんは?」
北風が吹き荒ぶ中、三日が過ぎ、何とかありついた仕事は新聞配達だった。
しかしその収入だけではとても生活できない。
ジャックは途方に暮れた。
友達のペケとコーチーズがいい仕事があると前から言っていたが、爆弾を作るとかのヤバいアルバイトでちょっとそれだけは勘弁と、頭から掻き消した。
平日の朝九時にうろつくジャックは目の前にあったベンチに腰を下ろし、仕方なくハーフコートのポケットからリンゴを取り出し、お昼までそれを我慢できるか見つめた。
「……あーあ。せめて俺が大人だったらなぁ……」
ふと、ジャックの隣りに一人の乞食が座る。
よく知るその爺さんと顔を見合わせたジャックは、爺さんの目的がこのリンゴだと察した。
真っ黄色い歯でニカッと笑いよだれを啜る爺さん。黙ったまま首を縦に振る。
「ん、もーう。俺の豪華ジョナゴールドを」
はいっとジャックは爺さんに渡した。
ぼさぼさ白髪に長身痩躯の爺さんはガブリとひとかじり、それからまたジャックに返そうとする。
「は、はは……いらないって。全部あげる」
爺さんはひゃっひゃと喜んで立ち上がり、曲がった腰で去っていった。
残された甘酸っぱいリンゴの匂いに混じる潮の香り。
辺りを見回すジャック。
よく見るとそこは海の近くだった。
港に停泊する漁船のマストが何本もその公園の柵の向こうに立ち並んでいた。
ジャックは柵のところまで行き、下を見下ろした。
そしてしばらくたって、ジャックは喜び勇んで階段を駆け下りていった。




