17.秘宝 ※
ソウルズ四人はやがて港へ。
かなり酒を飲んでいたはずのルカだが、今はすっかり素に戻り、ステアリングを握っている。
彼はどんな時でも酒に飲まれることはない。
FREEDOM号の上、ウェットスーツを着たホウリンは甲板に胡座をかき、ショートホープに火を着ける。
目をつむり、煙草禅と銘うって無の境地に入り込む。
ジミーは忙しく動き回ってる。
ウインチに漁網、酸素ボンベにサーチライトの入念なチェックだ。
初めての仕事に強張った面持ちのジミーをリッチーはいたわった。
「緊張するか?」
ジミーの苦笑い。
「へへ……違うよ、寒いのさ。もっと着込んでくりゃよかった。あ〜あ、さみぃ〜」
「ハッハ、そうか。気が引き締まっていいだろう」
ソウルズの今回の仕事はいつもと違う。
強奪というより継承。
リーダーであるリッチー・ヘイワース家代々の夢、〝キャプテン・キーティングの宝探し〟の終焉だ。
長い歳月をかけ、リッチーは確かな情報を手にした。
極度の緊張感と集中力で銀行や美術館を襲うのに比べ、今回は半ば胸躍る一大イベントだった。
〝キーティングの意志を継ぐ者こそ財宝を手にすることができる〟そんな言い伝えに加え、イブの夜に海に潜るという行為もどこか神聖な気分があった。
ルカが舵を取る船は沖へ。
慎重に暗闇の中を前進してゆく。
背後には賑やかな街の光が広がっている。
シナトラやビング・クロスビーの歌うクリスマスソングが聞こえる。
港には誰もいなかった。
警官の巡回時刻も把握している。
イーストリート市政二十周年の特別なクリスマスイブの催しに街は集中している。
リッチーは言った。
「ここの人間はクリスマスをこよなく愛している。恋人や仲間、家族と過ごす。海上保安の者もこぞって休暇をとっている」
ホウリンは人差し指を立て、
「そしてモニターには穏やかな海の映像だけが流れる」と応えた。
リッチーは彼の背中をさすり労をねぎらった。
そして街の、フェデリッチ通り辺りを目で追い、三人に言った。
「せめて今日まで……ジャックとクリシアのそばにいてあげたかった」
わかっているさとルカがその肩に手を。
ジョージはやはり戻らなかった。それが残念でならなかった。
そして船は定位置に。
リッチーとホウリンが潜り、ルカとジミーは船に残る。
リッチーのいつもの台詞とともに仕事が始まった。
「クールに仕事を済ませよう」
****
凍てつく闇の深海
慎ましく神秘に満ちた空間
海の底、洞の迷宮に横たわる一頭の鯨
息絶えてもなおその巨躯は朽ちることなく伝説を守り続けていた
海神の啓示を受けた盗賊が今
未踏の聖域に降り立ち、鯨の口を開く
秘宝は彼らの手に委ねられ
語り継がれた物語の幕を閉じる
盗賊の頭は遺産の解放を誓う
価値あるものを生かすために
使命を果たすために
「……天文学的な額って、いったいどんだけ」
「たとえば。まるごとこの国が買える」
「ふぇーーっ!」
財宝についてのルカの答えにジミーはのけぞった。
船の上で待機している二人。
しんしんと雪は強く甲板に降り積もる。
「もっとも、リッチーには興味のない話だ。あいつの考えてることはもっと違う次元にある」
ルカの言葉にジミーは頷いた。
「ああ。リッチーは聖者さ」
ルカは両手を広げ冷気を吸い込み、雪を味わう。
「あいつは貧困に喘ぐ地を救い、その子らの未来まで添おうとする……」
「……うん。俺はその子らの代表さ」とジミーは呟き、ルカに一つ訊いてみた。
「三人はどうしてチームに?」
「え? 俺たち?」
「そう。リッチーとルカ、ホウリン。組むきっかけって……」
「ああ。俺たちは昔、それぞれに一つのブツを狙ってた。国王エルドランド一世の黄金の甲冑。三人同時にそれを手にした。オレらの考えも同じだった。飾って眺めるより解放しろ、金に変えて無いところに回せってな。……で、最初は睨み合ったがそのうち奪い合うより分け合う方が賢明だと、それも三人同時に考えた。そしてプレートアーマーを部位ごとに分解して分けた。それからさ」
「……クールだな」
「動くためには金が要る。だが金自体に興味はない。仕事の後のビール一杯、それだけありゃあ満足さ」
「……だよな。みんな質素だし」
「ハハッ。……なあジミー」
「なんだい?」
「これで最後になるかもしれん」
「え?」
「俺たちソウルズ最後の仕事。これで終わり。これで解散」
「ま……さか、嘘だろ?」
「俺の勘だがな。リッチーは言わないが、そんな気がする」
ジミーは言葉を失う。ルカの深く白い吐息が切なく散った。
「また酒が欲しいな」
その時、海面からひょっこりホウリンが頭を出した。
「よぉ、お待ちかね!」
「おっ、やったか?!」と慌てて身構えるルカとジミー。
「ああバッチリよぉ! さあ、上げてくれ」
そして漁網で船に引き上げられる宝箱。
二百年前の威風漂う海賊の誇りと糧が封じ込められた幻の宝の箱。
リッチーは立ち、右の拳を天に突き上げ言った。
「おおキーティング! 我らがキャプテン!!」