13.マルコ・チェンバース
その日の夕刻リッチーがジャックを車で家まで送ると、男が一人アパートの入り口にしゃがみ込んでいた。
ジャックが車から降りると男は立ち上がり、運転席に座るリッチーの顔を覗き込んだ。
しかめっ面のその男、管理人のマルコ・チェンバースは強い口調で問う。
「あんた何者だ? 名前は」
「リッチー・ヘイワース。今ジャックを雇ってる」
「どこから来た?」
「アメリカ。ニュージャージー」
「ここに何しに来た」
「仕事だ。いずれこっちに移り住もうと思ってる」
「いい車に乗ってやがる。金持ちらしいな」
「アルファロメオ〝フレッチア・ドーロType1947〟。ああ、車好きのイタリアの友人に借りたんだ」
「ほぉ……」
マルコは表情を変えない。
だが、リッチー・ヘイワースの素直な受け応えは予想外だった。
子供を日給一万の大金で雇う男などろくな奴じゃないと思っていたからだ。
シルクの黒ジャケットに黒髭の男を、白スウェット姿に短髪のマルコは猜疑の目で詰める。
「船乗りだって?」
「……漁師だ」
――のわりには焼けてない。俺は騙されんぞ。あんた裏社会の人間だろう、その目。その目の奥に秘めた闇……マルコは冷めた目で探った。
そこで堪りかねたジャックがマルコの袖を引っ張った。
「ねえ、マルコさん。怒ってるの?」
「ん、い、いや……というか」
あくまで平然と笑みを湛えるリッチーに対しマルコは再び迫った。
「なぁリッチーさん。何が目的だ? 聞いてはいるだろうが今ジャックの」
「マルコ……チェンバースさん。だろう? ちょうどよかった。君と話がしたかった。ジャックの父親のことで」
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アパートの一階右奥の部屋。
そこが管理人室であり、マルコ家族の住み処でもある。
リッチーはジャックにまたなと手を振り、招かれた家の中へ。
やや粗野な雰囲気の主人とは違い、部屋の中は清潔で物が整理され、床も磨かれていた。
マルコの妻ジェーンはコーヒーを淹れた後テーブルに戻り乳飲み子を傍らに置き、またミシンの内職に戻った。
五歳のアンディは一度マルコの座るソファで甘えたが、すぐに言うことを聞き、奥の部屋へ引っ込んだ。
リッチーの目に映るこのささやかな家庭。
そこには温もりがあった。そして彼もソファへ。
マルコはコーヒーを口に含み、次に煙草に手を伸ばしたがふとジェーンの顔を見てその短い髪をぼりぼり掻き、止めた。
リッチーは両手を合わせ、コーヒーを頂く。
向かい合い、しばし観察していたマルコだったが一先ず偏見を捨ててみた。
「……話がしたいって……あんたジョージのこと何か知ってるのか」とマルコが訊く。
「知ってる」「え?」
「彼がいなくなったのは九月十五日の夜。仕事で配達先のタイレントという酒場に酒を卸したのが最後。トラックは置き去り。翌十六日の午後、君が警察に捜索願いを出した。彼がどこへ行ったのか、どの方角へ向かったのか、誰かに呼ばれたのか、誰かと会っていたのか……考えていたこと、悩んでいたこと何もかも未だ分からず目撃情報も出ず、調べがついていない」
露骨に切り出すリッチーに、マルコは固まってしまった。
「リッチーさん、あんたまさか……刑事か?」
「ではない。マルコさんの感じた通り、裏社会の人間だ」
胸ぐらを掴み返される気分だった。マルコはコーヒーを一口飲み、ソファに深く座り直す。
「リッチーさん。あんたいったい……」
「……ベルザの友人と言えば、わかってくれるか?」
ジェーンのミシンが止まった。
部屋は一時静まり返る。
〝ベルザ〟とは財宝の情報提供者であり、ある地下組織の指導者の名だ。