11.クリシアの笑顔
リッチーからもらった日当を胸に、彼に大きく手を振り、ジャックは家に戻った。
ベッドにひっくり返り、自分にとっての聖なる封筒を天井に透かしながら今日のことを考えてみた。
――リッチーさんみたいな大人もいるんだなぁ……どこから来たのか、素性も、職業も、船のことも、仲間のこともわからないけど……絶対悪い大人ではない。優しくて強くて……ああいう大人になりたい……と、ジャックはまぶたを閉じ、想いを巡らせた。
夕飯の準備をしようと身を起こした時、クリシアが帰ってきた。
「お兄ちゃん、ただいま!」
「おっ、お帰り! ん? 今日は元気いいな。学校でなんか楽しいことあったのか?」
クリシアはコクリと頷く。
「うん。学校はいつもと変わんないけど……帰りに、いいことあったの」
「……へぇー、どんなこと?」
ジャックは首を傾げ、一生懸命身ぶり手ぶり説明するクリシアの顔を見つめた。
見知らぬ男の子がいじめっ子をやっつけ、助けてくれたという。
こんな明るい表情見るのほんと久しぶりだと思いながら……一つひっかかる。
「……え? 赤のダウンジャケット?」
「うん。肩にかけてくれたの。でも寒くなかったから返したけどね」
「そいつの名前は?」
「あ。わかんない。……う〜ん、ツンツン髪の勇者くん」
そう言ってクリシアは照れて部屋へ戻った。
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次の日は日曜日。
仕事に出かけるジャックの後をクリシアが追う。
「私もお手伝いしたいの!」
「しょーがないなぁ」
……そして船の上。
クリシアは礼儀正しく挨拶する。
「おはようございます!」
「あらためまして、妹のクリシアです」
ジャックの紹介とお願いを受け、リッチーは大いに歓迎した。
「これはこれはいらっしゃい。リトルガール」
腰を屈めクリシアの頭を撫でるリッチー。
温かく迎えられジャックは安心した。
「日曜日だというのにすまないな、ジャック」
「いえとんでもない、こちらこそお言葉に甘えて」
「寒いがよろしく頼むな」
ジャックが甲板を磨き、クリシアが窓を拭く。
「手が冷たいだろ、今度は兄ちゃんが絞ってやるよ。かしな」
クリシアはかじかむ小さな手でピースサインを送った。
「大丈夫。全然平気だもん」
一段落つき、リッチーがミルクティーを用意した、ちょうどその時だった。
お待ちかねが現れた。ルカと一緒にブリウスが船に上がってきた。今日も威勢がいい。
「ジャック兄ちゃん!」
「おぉブリウス! おはよ!」
ルカもニカッと笑い、デカい声で呼ぶ。
「ジャック、元気か?」
「はい! とても」
あのレストランの時とは違う少年らしい応えに、ルカの顔もほころんだ。
そしてそこで目を丸くし固まっているクリシアがいた。
「……お、お兄ちゃん、あの子。なの」
「え? ……やっぱり?」
「助けてくれたの、あの子。勇者くん」
まさかとは思っていたがジャックの勘は的中した。
クリシアは恥ずかしそうにジャックの背中に隠れた。
鮮やかな赤いダウンを着たブリウスももちろん気づいていた。
「あ、あの時の子、だよね?」とブリウスは身をのり出して言う。
ルカがブリウスの肩をガシリと掴んだ。
「なんだなんだ? お前たちお知り合いか?」
リッチーは口髭をさすりながら微笑み、言った。
「よし。後でジミーとホウリンも来る。皆で旨いもの食べに行こう」