29 元社畜と少年-8
話を聞けば、おばあさんがこの家を引っ越すのは、別の街に住む息子のところへと行くためであるが、元々はここで店を開いていたのだと言う。
おじいさんと二人で切り盛りしていた小さなパン屋さん。でも、数年前におじいさんが他界。おばあさん一人でも頑張っていたのだが、最近、腰痛の悪化が深刻になってしまい、店を畳んで息子のところへ……ということだった。
そこまで珍しい話でもないと思うが、いざそうやって人生の終わりへと向かっている人を目の前にすると、なんだかさみしいものがある。
「店を畳まないといけないのは仕方ないのよ。でも……ここが取り壊されてしまうかと思うと……。店の中はあまり広くないから、居抜き物件として売るにも売れなそうで……」
確かに、店として扱うにしても、同じくパン屋とか、できることは限られてきそうだ。なんなら、この店よりも薬師さんの店の方が大きいまであるだろう。
「おじいさんと一緒に過ごしてきたお店、息子が継いでくれたら一番よかったんだけれど、息子には息子の人生があるから、無理強いもできないじゃない?」
「そうですねえ」
店をなくしたくない、というおばあさんの強い意志は伝わったが、わたしにはどうしようもなさそうなので、適当に相槌を打つしかない。
「……貴女、何かやりたいお店とかないかしら? 冒険者、っていうのも、そろそろ続けるのが難しくなってくるんじゃない? 結婚して子供を産んで、って考えると、女性なら引退も考える歳でしょう?」
おっと、わたしに飛び火してきたか。初対面のわたしにこの店を渡そうとしてくるとは、よっぽどこの店をなくしたくないらしい。
「いやぁ、初対面の人間に渡すのはどうかと思いますよ?」
「突拍子もない話だって自覚はあるわよ。でも、今日の貴女の仕事ぶりをみていたら、きっとこのお店を使うことがあったら、丁寧に使ってくれるだろうな、って思っちゃったの。今からいい人を探す時間もないし……。あそこの棚とか、あの人が作ったのよ」
「あっちの戸棚の扉とか、あの黒板を取り付けたのもあの人で……」とおばあさんが説明し始める。この店のところどころに、おじいさんが自ら取り付けたり、作ったりしたものがあるから、それを手放したくないのだろう。でも、設置されているものだから、家具として持っていけるわけでもない。
だから、こうして未練がましく、わたしに、店を貰ってくれないか、と相談してきているのだろう。
でも、わたし、ここに定住できるかも分からないから、家や土地とか持ちたくないんだよなぁ……。冒険者、なんてあやふやな職業を選んだのも、結局はそういう心配があるからだし。




