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異世界転移して冒険者のイケメンとご飯食べるだけの話  作者: ゴルゴンゾーラ三国
第一部

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20 元社畜と徹夜明けの病人食(Another)

 無理だ、と言うことが許される立場ではなかった。

 最強の冒険者として、名が挙がるような自分が「無理だ」と言ってしまえば、おれの代わりにできる奴なんて本当に限られてくる。おれが「なんとかなる」と言い続けなければ、その場で心が折れ、どうにもならなくなって死ぬような場面に、何度も遭遇してきた。

 だから、現役時代は気軽に『無理だ、できない』と言わないように気を付けていた。

予想外の魔物が出てきて劣勢になったときも、武器が壊れ戦うことがままならなくなったときも、崖から落ち、パーティーメンバーが分断されてしまったときも。


 そうやって続けてきたからか――おれの言う、「無理だ」は本気にされなくなってしまった。


■■■


 ふ……、と意識が浮上して、おれは目を覚ます。体はだるいままなのに、妙に頭はすっきりしている。まだ熱っぽくはあるものの、睡眠が十分にとれたからだろうか。


「――……」


 おれのすぐ隣で少年がスクワットを続け、その奥で、酒のが机に向かって座っている。酒のの隣には、随分と書類の山が置かれている。置ききれなくなったのか、床にまで置いてある始末だ。

 ……、夢か?

 あまりにも現実感のない状況に、おれはもう一度目を閉じた。このまま二度寝すれば、本当に起きることができるだろう。そのはずだ。


「おい、おっさん、起きたんなら声かけてよ」


 額にのせられていたらしい布が軽く浮くと、べち、とそのままそれではたかれた。そして、すぐに冷たい布が額に置かれる。

 ひんやりしていて気持ちがいい。


「……んあ、起きました?」


 ギ、と椅子と床が擦れる音がし、足音がおれに近づいてくる。


「失礼しますね」


 酒のは、そう言うとおれの首元に手を伸ばしてきた。

急所でもあるそこを触られると、どうにも体がこわばる。こいつを警戒してもどうしようもないし、警戒しなくたってどうにでもできるのだが、長年染みついた反射というものは、いまさらどうにもできない。

 しかし、酒のはそんなことに気が付かないのか「あー、だいぶ良くはなったかな?」とつぶやいている。


「ま、本当に大したことがなさそうでよかったです。大変かもしれませんが、トップがちゃんと休息を取らないと部下が大変ですよ」


「……、皆が頑張ってる中、上が逃げてどうするんだよ」


「逃げと休息は違いますよ。必要な休日すら返上していたら、下も下で休みにくいものですから」


 実体験なのか、酒のはどこか遠い目でそんなことを言った。


「――というわけで、こちら、後はギルド長が確認するだけの状態になった書類となります」


「…………、は?」


「最終確認をして欲しいだけなので。まあ、一日ほどあれば、冒険者ギルドにも仕事納めが来るかと」


 丁寧に手を差し出すかのように、書類の山を示す酒の。

 おれが確認するだけの状態? 聞き間違いか? それともやっぱりこれは夢なのか?


「魔物の目撃情報の精査、それにあたっての依頼の発注と様子見と解決済みの分別、新登録者と引退者の処理、講習会の開催スケジュール調整、在庫管理と不足品の発注、職員の来月のシフト調整、全部終わってますよ。新規依頼書と講習会の開催を知らせるポスターも作成済です。ギルド長の承認判を貰えれば、すぐにでも張り出せますよ」


 一つひとつ、机の周りにできた山を指しながら、説明していく酒の。それは全て、ここ最近、おれが処理しきれずに溜まって一方だった仕事の内容だった。


「……そ、んなに、おれは寝ていた……のか?」


 おれは慌てて起き上がる。一体、おれは何日寝過ごしていたというのだ。


「え? ああ、まあ……寝ていた方ではあると思いますよ? えーと……九時間くらい?」


「く、じかん……」


「ええ。もう夜です」


 にっこり、と酒のは笑う。

 九時間、九時間だと? 九日間の聞き間違いじゃないのか?


「とりあえず、今日はもう、このまま休んで、明日確認したら、そのまま休日にしてしまってはどうですか?」


 随分と魅力的な提案ではあったが、本当に終わっているのかが疑わしい。酒のが嘘をつくような性格でないのは分かっているが、あの量の仕事を、一人で、たった九時間で終わらせられるわけがない。


 そんなことを思っていると、扉がノックされる音が部屋に響く。「はぁい」と酒のが返事をすると、扉を開けたのは、ギルド職員の一人だった。つい昨日まで、目が座ってうつろな表情をしていたのに、今は生気に満ちている。


「差し入れ持ってきました! 後、必要であれば処理済みの書類を運んで……あっ、ギルド長、起きましたか?」


 おれに気が付いた職員が、パッとこちらを見る。完全に今まで寝入っていたからか、居心地が悪い。

 すぐにベッドから降りようとしたおれを止めるように、職員が慌てる。


「こちらは彼女の手伝いもあって大丈夫ですから! 気にせず休んでいてください」


 ……、まさか、本当に、酒のが言った書類は全て終わっているのか?

 信じられなくて何も言えないでいると、職員は何を勘違いしたのか、「すみません」と謝ってきた。


「ギルド長、だいぶ前から無理をしていたんですね。我々も、全然気が付かなくて……。ギルド長、よく書類仕事から逃げようとはしてましたけど……ここ数週間は、そうでもなかったですよね?」


 書類仕事は苦手だし、体を動かす方がいい。だから仕事をさりげなく他に振っていることもあったが、仕事を振る先がキャパオーバーになっているのなら、おれだって、さらに追加するような真似はできない。

 おれは、あくまでできる奴がやればいい、という精神であって、無理をさせるつもりはない。……実際、酒のがこなした仕事は、おれがやるよりも他の職員がやった方が何倍も速いし……。


「とりあえず、ご飯食べましょ。差し入れ、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ! 本当に……本当に助かりました!」


 がば、とギルド職員は頭を下げる。


「これ、ここに置いておくので、好きなだけどうぞ。食べ終わったら、食堂に持って行っていただければ、あとは食堂の者が片付けますので」


 開いた扉から、配膳カートが置かれているのが見える。そこまで大きくないものだが、三人分あるのでカートを使ったのだろう。


「では、自分はこれで。引き継いだ職員に話を通しておくので、何かあれば適当な職員に声をかけてください」


 そう言って、職員はもう一度軽く頭を下げ、去って行った。


「お、ラッキー、ビールがある。仕事あがりはやっぱりこれよ! ……ごほん。少年とギルド長はどうします?」


 ビール瓶を持って、にやついた酒のが、ハッとしたように振り返って言う。


「食べる食べる。運ぶの手伝うよ」


「……おれも、貰おう」


 パッと酒のの隣に行く少年。おれは彼女が使っていた机の方に行く。おれはベッドサイドにある棚を机替わりにするとしても、二人はこの机を使うだろう。

 机の上を片付けようとして、置いてあった書類に目が行く。


 ……、……確かに終わっているな。長文を書きなれていないのか、随分と固い文章になっているが、ざっと見た限りの書類では、やり直さないといけないようなところはない。後はおれが確認済みの判子を押せば、それで終わり。掲示板に張り出すものは張り出せるだろうし、処理済みの書類として保管しておくだけのものはしまうのみ。


「……書類、大丈夫そうですか?」


 じっと見ていた横から、酒のが、少し不安そうな声音で聞いてくる。そんな不安になる必要などないくらい、完璧に仕上がっていた。


「何も問題はない。……よく一人でここまで仕上げたな」


 おれは机の上にあった書類たちを、とりあえずベッドの上に置いていく。ベッドの上とはいえ、座って食べれば置くスペースくらいはある。


「一人、って言っても、魔物の目撃情報の分別は少年にも手伝ってもらいましたけどね」


「そう? でもほとんどおねーさんがやってたよ? たまーに、これはどっちにしたほうがいいと思う? って聞いてくるくらいでさ」


 カチャカチャと少年が食器を机の上に置く。少年の表情や口ぶりからして、本当に、ほとんど彼女が一人でやったのだろう。

 ……仕事ができる方だとは思っていたが、正直、予想以上だった。きっと、ギルド職員に入れば即戦力だろう。下手に、二、三人新人を雇い、教育に時間を割かねばいけない状況になるよりも、彼女一人雇えた方が、ずっと仕事が楽になる気がする。


 もっとも、こんな迷惑をかけた直後では、誘いにくいものだが。


「どうぞ、ギルド長の分です! 一応、バゲットもありますけど、どうします?」


「……ああ、いや、おれはこれだけでいい」


 酒のが渡してきたお椀には、ミルクソース煮が入っていた。普段、食堂で出るものよりも具材が小さく切られている。かといって、具の量が少ないわけでもないので、多分、おれが食べやすいようにわざわざ小さく切ってくれたのだろう。


「シチュ……、ソース煮と言えばワインですけど、でも、仕事終わりの一杯はビールかシュワーなんですよ……」


 自分の分と少年の分をよそい終えた彼女は、ぶつぶつとそんなことを言いながらビール瓶を開け、コップに酒を注いでいる。


「あ、少年もいる?」


「…………、い、……、……いらない」


 妙な葛藤があったようだが、少年は酒のの誘いを断る。


「多分、深い意味はないぞ」


「分かってる!」


 こっそり隣に立ち、耳打ちをすると少年に足を踏まれた。


「ギルド長は体調不良者なので辞めておきましょ。と言うわけでわたしだけ失礼しまーす。ありがとうございまーす」


 ぐびぐび、と勢いよく酒を飲む彼女。よく食堂なんかでも見る光景だが、本当によく飲めるものだ。


 おれは大人しくベッドに腰掛け、ミルクソース煮を口にする。

 温かく、柔らかな口あたり。おれの胃を案じてか、少しばかり薄味に作られているが、それがまた逆にありがたい。

 具材はすっかり柔らかくなっていて、ほとんど噛まずとも口の中で崩れていく。


「んー、うま! ビールとソース煮も意外と合うな……」


「おねーさんほどお酒が好きで、逆に合わない組み合わせって何?」


「んー……あはは、ないかも! お酒も好きだけど食べるのも好きだから、何でもいい!」


 そう笑う酒のは、実に自然な手つきで二本目のビール瓶を開けていた。


「それにしても、結構、ギルドの書類仕事も楽しいですねえ。普段やらないような書類を扱ったからですかね? 何事も新鮮だと面白く感じると言いますか」


「ん! え、おねーさん、ギルド職員になっちゃうの!?」


 あまり考えていない様子で、雑談としてそんな風に言う酒のに対して、少年は真剣に受け取り、口に含んでいたものを無理やり飲み込むようにして、酒のに問う。


「あはは、しばらくは冒険者やるつもりだよぉ。冒険者も冒険者で楽しいしね。それに――……、いや、これはいいか」


 途中まで何かを言いかけた酒のだったが、最後まで言わず、新たについだ酒をあおる。

 少年は、言葉の先を気にしているようだったが、酒のが話すつもりがなさそうな雰囲気を感じ取ったのか、何も言わずにミルクソース煮を食べる。視線は酒のに向いたまま。


「……いや、でも、まあ、おねーさんに見送られて依頼に行くのも……いいかも!」


 少年は少年で、一人納得していた。


「とはいえ、少しくらいなら書類仕事を手伝うので。たまには無理しないで、周りを頼ってくださいね」


 そう言って、ミルクソース煮を食べる酒の。


 ……いい奴なんだが、搾取されないか心配になってくるな。

 処理された仕事の山を見ながら、おれはそう思わずにはいられなかった。


■■■


 「配膳カート、片付けてきますね~」と言って酒のはあっさりと食堂へと行ってしまった。

 残された少年は、一人書類を確認し、書類の束を、向きを変えながら複数の山を一つにする。


「……流石に、残りを運ぶくらいおれがやるぞ」


「別にー。せっかくおねーさんがやったんだから、最後まで付き合うよ。後は運ぶだけだし」


 なんてことないように、少年は言う。

 倒れてろくに立ち上がることすらできなかった身では、そう言われてしまうとあまり強く言い返せない。


「まさかお前も手伝ってくれるとはなあ」


「おねーさんが、アンタのこと心配だって一人にしたくなかったみたいだったし、かといって、僕としてもアンタとおねーさんを二人きりにしたくないし。……っと」


 少年は書類の山を持ち上げる。

 そのまま執務室に行くのかと思ったが……ピタリと脚を止め、振り返る。


「おっさん、今年で何歳だっけ?」


「……なんだ、いい年して自己管理が終わってる、ってか?」


「そうじゃない」


 からかう様子も、呆れたと言いたい雰囲気もない、真剣な様子だったので、おれは素直に年齢を答える。隠しているわけでもないし、知っている奴は知っている。


「……おねーさんと、十五ちょっと違うのか……。……あのさ、アンタからして、おねーさんって、恋愛対象になる?」


「――は?」


 思わず変な声を上げてしまった。馬鹿にするつもりはなかったが、あまりにも突拍子のない質問に、おれは「ならん、ならん」と即答していた。


「おれは女は若ければ若いほどいいってタイプじゃねえ。別に年上趣味ってわけでもねえけど……大体、五歳差くらいが恋愛対象なんじゃねえのか、普通」


 冒険者時代に引っ掛けていた女や、買った娼婦の顔を思い出す。昔から、同じくらいの年の女を相手にしていたと思う。

 そりゃあ、体は若くて綺麗な方がいいとは思うが、本当に若い娘だと、騙しているみたいで、性欲よりも罪悪感の方が勝つ。向こうも仕事なら、分かってやっているとは理解してるんだが。

 でも、十五も違うと、もし自分に子供がいたら、おれよりもそっちに年が近いだろうな、なんて考えてしまうと……全然その気になれない。


「……そっか」


 小さく呟き、少年は出て行った。

 急にどうしたんだ、と考えながら、残った書類を整理して――ふと気が付く。


 十五年。


 それは、おれと酒のの年齢差であると同時に、酒のと少年の年齢差でもある。大体、そのくらいだったはず。大差はない。


「……やっちまったな」


 つまり、少年はおれに対する牽制――ではなく、単純に、年上の者として、年下をどう思うか、ということだったのだろう。

 最終的には人によるんじゃねえの、くらい、言えばよかったか。


 そう思っても遅い。少年はすでに、部屋にいないのだから。

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