19 元社畜と徹夜明けの病人食
「いいですか、人間と言うのはそんなに丈夫じゃないんですよ。現役時代、どのくらい強かったのか知りませんが、どんな生物でも等しく老いには勝てません。強い魔物に何度勝ち、死線をくぐり戦い抜いた最強の冒険者が、過労で死んだなんて情けない最期にしないでください」
反論しようとしたのか、口を開こうとするギルド長。その隙を見計らって、わたしは手早く卵粥の入ったレンゲを彼の口に突っ込む。
「こんなに立派なベッドがあるのに、なんでちゃんと寝ないんですか。この間、徹夜で夜道をひたすら歩き続けたわたしへの当てつけですか? ちゃんとした寝床があるなら寝るべきです」
何か言おうとしたギルド長の口の中に、わたしはまた、卵粥を突っ込む。
わたしがねちねちと説教を続け、彼が何か言おうとした瞬間に卵粥をねじ込む、ということを続けて数回。ようやく諦めたのか、ベッドに横たわり、軽く上体を起こしているだけのギルド長は、おとなしくなり、わたしからご飯を食べさせられる、ということを受け入れていた。
「おねー、さんっ。これ、未処理の書類……っと、ここ置くね。……でも、これ、本当に終わる?」
山のような紙の束を抱え、少年が部屋に入ってくる。少年は、部屋の中にあった小さめのテーブルの上にそれを置く。ギルド長専用の休憩室、ともなれば、仮眠用のベッドだけではなく、テーブルも置かれている。
「まあ、ちょっとテーブルが狭いからやりにくいとは思うけど、何とかなるよ」
「いや、そこまでは――」
「はい、ごちゃごちゃ言わない」
ちゃんと起き上がろうとしたギルド長の口の中に、わたしはまた卵粥を突っ込んだ。
「あれはわたしでもどうにかできる書類ですから。やり方は一般の職員に先ほど聞いたので、大体は分かります。わたしがやっている間に、ギルド長は寝ていてください」
そう言って、わたしはお椀に残った卵粥を綺麗にまとめ、ギルド長へと食べさせた。
このくらいの書類、このブラック企業育ちの社畜が完璧にさばいてやろうじゃないの。
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感謝祭が終わってから数日。感謝祭後だというのに、なんだかギルドの中はバタバタしているというか、どんよりとした空気があった。
ほとんどの仕事がひと段落する、と聞いていたのに、冒険者ギルドは違うのかな? まあ、確かに、冒険者ギルドって、これといった休みがない上に、ほとんど二十四時間営業みたいなものだけど……。
しかし、気になるのは、慌ただしいのが職員さんだけ、ということ。冒険者自体はそこまでピリピリしていないというか、明らかに、カウンター一つ隔てて雰囲気が違う。
もしかして、仕事が終わってないのかな……?
この空気感には覚えがある。元の世界での、残業続きの深夜の空気。終電まであと数十分。絶対終わらない気がするのに、明日に持ち越したら休日出勤確定。諦めて終電を選ぶか、何としてでも休日を勝ち取るか。という人が何人かいる、あのオフィスの空気。諦めて帰るとしても、絶妙に帰りにくい感じ。中には終電を捨て、休日に休むことにした人もいるわけだから。
まあ、今、昼間だけど。
……このタイミングで依頼を受けます! って言いにくいな……。
別にわたしが気にすることではないと思うんだけど、仕事が追いつかない状態でさらに増やすというのは、ちょっと気が引けると言うか、なんというか……。
「そこの貴女!」
どうしようかな、と思っていると、職員の一人が声をかけてくる。時折雑談するお姉さんだ。でも、今は必死に書類と向き合っている。反射で、「はいっ」と大声で返事をしてしまう。
「簡易クエストよ! ここに書かれている品物の在庫、いくつ残っているか数えてきて。貴女、前にギルド長から在庫の確認頼まれていたでしょう? 倉庫の場所、分かるわよね。はい、報酬前払い! あと鍵も!」
カウンターに紙が置かれ、ばち、とその上に硬貨と鍵が乱暴に乗せられる。
「いや、別に在庫の確認くらい、普通に承りますよ……」
わたしは書類だけ硬貨の下から引き抜いて、鍵だけを取り、倉庫へと向かった。
普段、わたしが受けている依頼よりもちょっと相場がいい金額。たかだか在庫チェックでもらうには、少しためらいがある。前みたいに、倉庫の中を丸ごとチェック、というのならまだしも、一部の品だけっぽいし。
それにしても、お金をあれだけ出してでも構わないくらいには、仕事に追われているのだろう。
どこも大変だなあ、と思いながら歩いていると、倉庫にたどり着く。
「……開いてる?」
鍵を開けようとしたが、手ごたえがない。というかうまく回らない。試しに鍵を引き抜いてそのまま扉を開ければ、簡単にそのまま開いた。
鍵、前の人が閉め忘れたのかな……。バタバタしているみたいだったし、可能性としてはあるかも。ギルドの備品を盗まれたら困るから報告はしておいたほうがいいんだろうけど……。
「えーと、ポーション、ポーション……おわぁ!?」
いくつも並べられた棚を確認し、ポーションの置かれた棚を探していると、途中で人が倒れているのに気が付いて、わたしは思わず足を止めた。
倒れている、といっても、完全に床へふせっているわけではない。とはいえ、しゃがみこんで膝をつき、棚に手を添えている時点で、『倒れている』と言ってしまってもいいだろう。なるほど、この人がいたから鍵が閉まってなかったのか……。
わたしは適当に、近くの中に持っていた紙を置く。
「大丈夫で――え、ギルド長!?」
わたしが立っている場所から一番遠い場所にいたから、最初は人影しか分からなかったけど、少し近づけはすぐに体格の良さから、それがギルド長であることに気が付く。
「あー……、ああ、酒の。どうした」
ギルド長はこちらを見て、少し間を開けてからわたしに声をかける。明らかに、すぐわたしだと判断が付かなかったか、分かったけれど話しかけるための言葉が出てこなかった、という風だ。
「どうした、じゃないですよ。大丈夫ですか? 立てます?」
ギルド長の顔色は目に見えて悪い。日に焼けた、浅黒い肌でも分かりやすいくらいクマができている。焦点も心なしかあっていない。わたしを見ているようで、認識しないと、と意識しているのが、目線の動きで分かる。
「と、とりあえず、肩貸しますから。持ち上げるのは流石に無理ですけど……」
「いや、大丈夫だ。何とかでき――っと、と」
無理に立ち上がろうとしたギルド長がよろめく。何とか支えようとして、思わず、重っ、と言いそうになってしまった。
エッ、肩貸すって言っちゃったけど、肩貸せる? 体重預けられて、わたし、まっすぐ歩ける?
「だ、駄目じゃないですか! そんなふらふらで……」
でも、このギルド長が自分で立てないくらいなのだ。よっぽどの体調不良なのだろう。重たい、なんて言おうものなら、このふらふらとした危なっかしいまま、わたしに頼ることなく歩き、またどこか別の場所で倒れてしまうのだろう。
ギルド長に何とか無理をさせまいと、わたしは努めて何でもないようにふるまう。
「い、一旦、ギルド長の執務室に戻りましょう。あそこ、ソファありましたよね」
「いや、だが……」
「ほら、行きますよ、せーの!」
ほとんどかがんでいたギルド長をなんとか立ち上がらせる。
が。普通に重たくてめちゃくちゃ動きにくい。わたし自身、ギルド長の肩くらいまでしか身長がないからか、余計に体重が重くのしかかる。
「……すみません。ひ、人を呼びましょう」
流石に諦めた。これは無理。
わたしは一旦ギルド長を座らせ、羽織っていたジャケットを脱ぐ。少し迷ってから、わたしはそれを畳んだ。ギルド長が寝られるだけの面積があればよかったんだけど、流石にそれは無理な話だ。
「一旦、これの上に座って休んでいてください。ここの床、冷えますから。そのままだと体に悪いでしょう」
「いや、流石にそれは……」
「いいから。これは洗濯すればいいんですから。ギルド長の体格からしたら小さいかもしれませんが、ないよりはマシでしょう」
わたしはジャケットを床に置く。
「ほら、もう汚れました。関係ないです」
「そういうわけじゃないんだが……」
「じゃあ、どういうわけですか?」
床に置いた時点で汚いは汚いのだ。さっさと座ればいいと思って聞いたが、ギルド長はなんだか言いにくそうにしている。しかし、わたしが撤回する様子がないのに諦めたのか、彼はようやくわたしのジャケットで作った簡易的な敷物の上に座った。
「風邪、とかですか? 心当たりは?」
もし何か病気だったら、医務室にいるであろう医者か治療魔法使いを呼んでくるべきだろうと思って尋ねる。ギルド長は少し黙ったあと、「……少し、熱があるくらいだ」と言った。
「はい、嘘ですね。失礼します」
これだけふらふらで、少し熱がある程度、なわけがないし、本当にそうだったとして、言いよどむわけがない。
わたしはギルド長の顎あたりに手を伸ばす。反射的に、と言わんばかりにギルド長が動いたが、その動きも鈍い。この人がここまで動けなくなるとは……。
首と顎の境目を手の甲で触れば、案の定、かなりの高熱がわたしの肌に伝わる。
「めちゃくちゃ熱いじゃないですか! 本当に風邪ですか? もっとヤバイ病気とか!?」
「本当にそんなんじゃねえ。少し徹夜が続いて、疲れて熱を出しただけだ」
じ、と彼の顔を見るが、今度は嘘をついている様子はない。……実際、ギルド内めちゃくちゃ忙しそうだったもんなあ。
となると、彼を治すには、消化にいいものを食べてもらい、眠らすしかない。医者なら解熱剤を出してくれるだろうけど、治療魔法使いなら病気や怪我じゃないと治せない。かといって、下手に薬でも飲まそうものなら、完治したとかいって、休もう
「では、人を呼んできますので。絶対動かないでくださいよ。安静にしててください!」
わたしは倉庫の外に出て、人を探しに行く。誰がいいかな……下手にギルド長が倒れた、ということは言いふらさない方がいいだろう。職員に伝えられたらいいけれど……あいにく、今日は女性職員ばかりだった気がする。流石に全員がそうだとは思わないけど、パッと思い返しても、思い出せるのは女性ばかり。
うーん、どうしよう……。
きょろきょろと、頼れそうな相手を探していると、その様子に気が付いたのか、「おねーさん、誰か探してる?」と少年が声をかけて来てくれた。
「特定の誰かじゃないんだけど……」
「困りごと? 僕に手伝える? おねーさんの頼みなら、何でもしちゃうよ」
少年、少年か……。
「少年じゃちょっと無理かも……」
少年とわたしとでは、ほとんど体格が変わらない。身長も、少年の方が少し高いとはいえ、誤差みたいなもの。
単純に重いものを運んでもらうだけなら、少年に頼むのもアリだったとは思うけれど、ギルド長の体格を考えたら、もっと上背のある人の方がいいだろう。
しかし、少年では無理、と言ったことが癇に障ったのかもしれない。むっとした表情を浮かべ、「僕にだってできるよ!」と言う。
……まあ、二人いれば、流石のギルド長も運ぶことができるか……?
――と、思って少年を呼んだのだが。
「おっさん……自己管理の方法忘れちゃったの?」
「うるさいな……。大人には色々、無理しなきゃならねえときがあるんだよ」
少年はひょいとギルド長に肩を貸し、持ち上げた。わたしのときはかなりふらついてしまったが、少年にはその心配はなさそうだった。
すごい、同じような体格に見えて、ちゃんと力あるんだ……。
「おっさん、裏から回る?」
「……そうしてくれると助かる」
少年の提案に、ギルド長が素直にうなずく。最短距離で執務室に行くとしたら、ギルドの受付の前を通らないといけない。ということは、他の冒険者の目にもさらされるということだ。裏口は基本的にギルド職員か、物品の納品をしている配達人しか使わないので、そうそう視線を浴びることもないだろう。
「……そう言えば、酒の。お前はお前で、何か用事があったんじゃないのか」
「え? ああ、まあ……」
わたしは少し迷う。確かに、ポーションと薬草の在庫数の確認を頼まれているためにここに来たのだ。あのお姉さん、中々大変そうだったしな。
でも、一旦ベッドに寝かせれば、ギルド長も大丈夫か? 子供じゃないし、疲れで熱が出ているだけというのなら、急激に体調が悪くなることもないだろう。
あと、ついでにここの倉庫、開けっ放しにしておくのもまずいし。
「……分かりました。わたしは用事を済ませて、ここを施錠したら何か食べるものを持っていくので。それまで休んでいてください。……少年、ギルド長が勝手にどこかへ行かないように、ちゃんとベッドの上にいるように見張っておいてね」
わたしがそう言うと、「任せておいて!」と少年が目を輝かせて引き受けてくれた。……最初から素直に少年を頼っていればよかったかな。
少年とギルド長を見送り、裏口へとつながる方の鍵を施錠する。
「さて、さっさと在庫を確認しますか」
見た感じだと、数えるのに三十分もかからないだろう。何か適当に食べられるものを作っていって……熱があるだけなら、卵粥とかでいいかな。うどんとかじゃなければ冷めてもそこまでまずくならないだろうし。
元社畜としては、根を詰めて仕事に向き合わないといけないときがあることも分かるけど、同時に、それを続けてしまうとどうなるかも、痛いほど分かっている。
後で説教して――少しくらい、わたしが手伝えそうな書類は手伝うとしようかな。




