18 元社畜とお祭り騒ぎな食べ歩き(Another)
祖父の友達。
オレの店の常連。
……少しばかり、年上の友人。
この男を他人に紹介するならば、その辺りが適切な表現だろうが――多分、オレがこの男に思うことは、そんな言葉では表せない。
明るく、前向きで、人当たりがいい。
気を許せる友人であるはずなのに、オレは、この男のことが、どこか苦手だと思うことがあった。
まぶしくて、オレには耐えられない。
時折、そうやって思ってしまうことに、行き場のない罪悪感を抱え、共にいるのは楽しいはずなのに、すぐにでも逃げ出してしまいたくなる。
この男は――エルフの剣士は、オレにとって、そういう存在だった。
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感謝祭は、特に約束をしているわけでもないが、必ずこの男と共に遊びに来ていた。
祖父がまだ生きていた頃の話。
普通なら、感謝祭の日までには大体の奴らが仕事の山場を終わらせて、感謝祭にあわせて休みを取る。屋台があちこちに出ていることから分かるように、感謝祭こそが稼ぎどき、みたいな仕事の奴らもいるにはいるが、薬売りはそうでもない。飲食店の屋台の隅で食べすぎによる腹痛や胸やけを解消する薬を置かせてもらう程度。事前に納品してしまえば当日は暇。
しかし、その年はちょっと事情が違って。細かい理由は忘れたが、薬の制作スケジュールがずれ込んで、感謝祭の日までに祖父も父も薬を作り切れず、珍しく感謝祭の日も製薬を行っていた。
母もそれを手伝うためにオレにかまうことはできず。両親や祖父の代わりに、この男に感謝祭へ連れて行ってもらった年があったのだ。
そのときのことが大変楽しかったらしい男は、それから毎年、感謝祭の朝に、「今日、暇なら一緒に感謝祭へ遊びに行かないか」と声をかけるようになったのだ。
まあ、この年になっても断らず、特に感謝祭の日に予定を入れないで、誘われてもついて行けるようにしているオレもたいがいではあるが。
「オススメのお店はありますか? 肉系はさっき連続で食べちゃったので、肉系以外がいいです」
「そうだな……では、キュウリの辛酢漬けはどうだ? 少し辛いが、さっぱりしている方だと思う。肉が続いたのなら、さっぱりした方がいいだろう?」
「……辛酢漬け! 食べたことないです、行きましょう!」
さっきまでゴミを拾ってあたふたしていたにも関わらず、すっかり持ち直したのか少しテンションの高い彼女と、エルフの男が楽しそうに、オレの少し前を歩くのをオレはなんとなく眺めていた。
先ほどまでより楽しそうなエルフの男を見て、オレもこの小娘くらい素直だったら、もっとこの男を楽しませられたのだろうか、と少し思う。
……いや、別に、さみしいとか、そう言う話ではない。
「君もそれでいいか?」
ふと、エルフの男が振り返って言う。てっきりオレの確認を取らないものだと思っていたから、少しばかり驚いて、すぐに返事ができない。
「ああ、まあ……いいんじゃないですか?」
「別のところがいいのなら、他でもいいぞ?」
つい先ほど、彼女にキュウリの辛酢漬けを勧めておきながら、オレの様子をうかがうエルフの男を見ると、オレをないがしろにするつもりはないのだろう。この男のことだから、オレがここで、嫌だ、と言えば代替案を持ってくるだろうし、彼女の方もそこまで不快に思うこともないと思う。
まあ、別にキュウリは嫌いじゃないし、ごねる理由もないので、「野菜は好きなので、大丈夫です」と答えておく。オレが野菜好きなのはこの男も知っているから、きっとキュウリの辛酢漬けの屋台を選んだのだろうし。
「キュウリの辛酢漬けは、おすすめの店があるんだ。下手なところだと、塩辛いだけであまり美味くない」
「へー、同じ料理でも、色々出てるもんなんですねえ」
会話をする二人に、オレは黙ってついて行く。
オレだったら、こんな気づかいはしないし、提案を断られたら、何だこいつ面倒くせえな、と思って終わりだ。
この二人とは、全然違うのだ。
……いや、なんでオレがこんなに、勝手に落ち込まないといけないんだ。
あほくさ、と思っていると、エルフの男が勧めるキュウリの辛酢漬けを売っている屋台にたどり着く。
「お、今回も来たか! まだまだ売ってるぜ!」
エルフの男は、毎回、感謝祭のときは必ずここに寄る。だからか、店の男もオレたちのことを覚えているようだ。
オレたちはそれぞれ、キュウリの辛酢漬けを受け取る。
キュウリを丸々一本、串に刺したそれは、ひんやりとしていて、丁度いい塩気が口の中をさっぱりとしてくれる。
野菜の加工品を売る屋台よりも、肉料理を売る屋台の方が圧倒的に多いが、正直、オレはこういう方のが好きだ。肉はあの脂っぽさがどうにも好きになれない。ゆだっていたり蒸したり、そういう料理ならまだしも、こういうところで売られる肉は大体焼いてある。
「うま……。キュウリの一本漬けは世界共通……。……やっぱりビール飲みたくなってきたな……」
キュウリ一本で大げさな、と言いたくなるくらい、女は味わって辛酢漬けを味わっていた。まあ、ここの辛酢漬けが絶品なのは分かるが。ここの店主が作る瓶詰ピクルスはオレの家に常備してあるくらいだし。
それにしてもこいつ、いつも酒飲みたがってんな……肝臓どうなってんだ。
「君の国にも似たような料理があるんだな」
「えっ? ……ああ、はい。そうです。こうやって一本の形を保ったままつけるのは、お店でしかやらないですが、細かく切ったのは、たまに家で作ってました」
……そういえばこいつ、料理できるんだっけか。もしかして、酒のつまみを自分で作ろうとして、その結果、上達したとかか……? ちゃんと料理を作って生活していた、というよりも、そっちの方が簡単に想像がつく。
「それにしても……今年は三人で来るとはなあ。なんだ、嬢ちゃん、どっちかの恋人か?」
『ごふっ』
三人そろってむせた。変なタイミングで変なこと言いやがって。鼻が痛い。辛酢を使った食いもんだから、特に。
肉料理の屋台よりは比較的空いている野菜の加工品屋台。やることがない店主が、オレたちに声をかけてきた。
オレとエルフの男が二人でやってくるときも、年によっては、暇そうな店主とそのまま雑談することもあったが、まさかそんなことを聞いてくるとは……。
「ごほ、ごほ……っ。きゅ、急にどうしたんですか!」
一番に回復したのは女だった。
「いやあ、仲がよさそうだったもんで気になってな。三人で来るとなると……薬師の方の恋人か?」
「――違うぞ」
にやにやと楽しそうにしている店主に、即座に否定するエルフの男。顔はいつものように、にこやかな笑みを浮かべているが、声音は強い。
一見するとそんなに態度が変わらないように見えるから、店主も、彼女も、全く気が付いていないように見えるが、付き合いの長いオレには分かる。
絶対的な否定だ。
ざわり、と胸のあたりがもやつく。
「無論、俺の恋人でもない。ただの友人さ。たまたま会ったから、誘ったに過ぎない」
「そう、そうですよ!」
エルフの男の雰囲気が微妙に変わったことに気が付かないまま、女がエルフの男の否定に乗っかかる。
真っすぐで明るく、嘘一つ吐けないような性格をしていながら、時折、さらりとこういう態度を見せられると、本当に長生きをしている長命種なのだな、と思い知らされる。
ああ、なんだか、嫌なものを見た。
「そうか、残念だな~。昔からの馴染み客が、『今度結婚するんだ!』とか言って、伴侶を紹介してくれるの、憧れなんだよ。うちは飲み屋でもないから、そうやって紹介してくれるような客がいなくてよ」
「結婚って、話飛び過ぎじゃないですか!」
声を荒げる彼女。でも、本気で抗議しようという表情ではない。なんとなく、それが、嫌だった。
「ま、いいさ。どっちかと付き合ったら、報告しに来てくれよ。おじさんのささやかな夢を叶えてくれ」
んな未来はねえよ、と言いたかったが、言ってしまったら、本当にそうなるような気がし――、空気が悪くなるような気がして、オレは黙り込んだ。
「ははは、万が一、そうなればな」
当たり障りなく、エルフの男が店主の言葉を受け流す。
「もー、剣士さんったら……」と、女は不満そうなまま、しゃくり、とキュウリの辛酢漬けをかじった。
オレは三人の会話にうまく混ざれる気がしなくて、気まずさから、オレもまた、キュウリをかじった。
――キュウリを全て食べ終え、ゴミも捨て。甘いものが食べたい、と言い出した女に付き合って。スポンジ生地に生クリームを挟んだ、ケーキサンドを半分くらい食べ進めたあたりで、女が「眠い」と急に言い出した。
「……ガキかよ」
食べかけのご飯を大事そうに持ちながら、ウトウトとしている姿は、まさしく子供。少なくとも成人はしているであろう人間がする態度ではない。
「今までは食べて歩いてしてたから平気だったと思うんですけど、座って甘いもの食べてたら……なんか……最初に食べた、お肉か、これで血糖値上がったのかも……」
眠そうにしながらも、もそもそとケーキサンドを食べ進める女。いや、本当に子供か?
「そう言えば……防具を付けたままだな? 依頼上がりにそのまま来たのか?」
オレが見る彼女は、いつもこんな感じの格好だからあまり気にしなかったが、普段は防具を外しているのだろう、エルフの男が不思議そうに首を傾げた。オレがこの女と会うときは、オレがギルドに依頼した薬草を納品するときがほとんどだ。それはすなわち依頼をこなしている最中なわけで、むしろ防具をつけていない方が違和感がある。
「徹夜で街まで歩いてきて……そのままのテンションで祭りに参加しました……」
「馬鹿か?」
予想以上の答えに、思わずオレは言ってしまった。徹夜で歩いてきたなら祭りで遊んでないでさっさと寝ろ。……こいつがさっきゴミ箱を倒していたのも、拾うからふらついてぶつかったとかじゃないだろうな。
……べ、別にこいつが倒れようとオレには関係ないけど。ただ、冒険者全員が不摂生だと思られるのは癪というか。オレだって、一応冒険者なわけだし。
「早く帰って休んだ方がいいんじゃないか? 良ければ送っていくが」
「ん……ふあ……。大丈夫です。流石にこの歳ですし、宿に戻るくらいはできますよ」
あくびと伸びをして、女が立ち上がり、ぱくっと残りのケーキサンドを一気に食べきった。ケーキサンドを包んでいた紙を捨てに行く足取りはふらついていない。
確かに、このくらいだったら勝手に帰るだろう。
「だが……」
それでもなお、心配そうにしているエルフの男に、「本当に平気です。お邪魔しました、楽しかったし、紹介してくれたところ、美味しかったです」と女が笑って言う。
「それではまた、今度!」
そう言って、彼女が手を振り、ギルドの方へと歩いて行く。
その後姿を眺める、エルフの男の横顔を見て。
オレは何だか、先ほどとは比べ物にならないくらいの胸騒ぎを覚えていた。
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彼女が見えなくなってから、「さて」とエルフの男が声を上げる。
「もう少し見て回るか? それとも俺たちもお開きにするか? 俺としては、この後予定があるわけでもないから、どちらでも大丈夫だが……」
オレだって今日は一日休み。オレは感謝祭前に仕事を終わらせるタイプの職業だから。
いつも、祭りが終わって一回りすると、こうやって切り出してくる。オレの腹が満たされてお開きになることもあれば、もう少し歩きたい気分のときには付き合ってくれる。どちらを選んでも、すがすがしい声で「分かった、そうしよう!」と言ってくれるので、本当にどっちでも構わないのだろう。
こいつと関りのない、あるいは出会って短い奴ならまだしも、付き合いの長さで、なんとなく無理をさせているかそうでないかくらいは分かる。
――さっきのように。
「……あんたさ、あの女のこと、好きなわけ?」
「ああ、そうだ」
即答だった。ごまかされるだろうな、と思っていたから、逆にオレが何も言えなくなってしまう。
「……成程、先ほどの野菜加工売りの店でのことか」
「君に気が付かれるとはまだまだ俺も若いな」と少し照れたように、エルフの男は笑う。こういう場面で、即答できるあたり、そうでもないと思うが。
「俺は友人というものが少ないからな。恋情と友情の区別をつけるのが鈍い。彼女のことに気が付いたのも、つい最近のことだ。人に言われてな」
一体、誰がそんなことを気が付かせたのか。余計なことを、と一瞬思ってしまったが、オレはその考えを消す。
「人とエルフの寿命は違うからな。普通に考えたら、手を引くべきなんだろうが――……困ったことに、何もしないまま彼女を喪ってから、長い間後悔する未来を想像するだけで、怖いんだ」
そう言いながら、オレをまっすぐ見る、この男の目が、鋭くて、恐ろしくなる。
自分は、絶対にこの男のようになれないと言う、劣等感を、見せつけられるような。こいつが悪い奴じゃないと分かっているからこそ、勝手に怖気づくのに、嫌悪と罪悪感がある。
「彼女が、心から好いた相手ができてしまえば、また諦めもつくのかもしれないが――今は、彼女にとっては文字通り、酒が最愛のパートナーのようだからな」
胃の底が落ち着かない。
脚から力が抜ける。
立っているのすらやっとだ。
「君にとっては祖父の友人でもあった男だ。いい年して、と思うかもしれないが、エルフの中では、まだ若い方でな……。軽蔑しないでくれると嬉しいわけだが……」
緊張で喉が渇く。
かさついた口内で、唾を飲み込むことすらできない。
「勝手に、すればいいんじゃねえの」といつものように、悪態をつくのが、やっとだった。




