最後の約束
今回は意外とシリアスです
「まさか本当に勝っちゃうとはね〜・・・とうとう桐生さんも抜かれちゃったか・・・」
あれだけの激戦を見ていた宮園は自分の先輩が負けた事に悔しく思うと同時に
それほどの相手がまだいるのだと思って嬉しくも思っていた
車もそれは同じように思っていたが好夜だけは違っていた
彼だけは二人以上に会長の勝利を喜んでいたからだ
それほどまでに彼の努力してきた姿を見て手伝い応援してきた
そしてその努力がようやく実った瞬間に自分が立ち会えて本当に良かったと思っていた
「さて・・・そろそろ表彰式だし僕達も急いで戻らないとね?」
宮園はこれから行われる表彰式に参加する為、車と一緒にみんなところへと戻っていった
「俺達も急いで表彰式に撮る準備をしないといけませんね」
好夜達は急いでカメラなどを用意して表彰式が行われるのをじっと待っていた
そしていよいよその時がやってきた
大会の主催者が現れて表彰台に立っている会長達にメダルの授与を行った
好夜達もその姿を見て感動しながら写真を撮っていたのだが香野だけは違っていた
何故か彼女だけは感動してはおらず
むしろ目の前の光景を本当に現実なのかと戸惑っている様子だった
しかしそれでもちゃんと仕事だけはしている辺りはまだ冷静なのだろう
こうして表彰式は終わりを迎えみんなはそれぞれの場所へと戻っていった
「お疲れ様でした・・・会長・・・!」
好夜は戻って来た会長に対して素直に感動した表情を浮かべながらお疲れの言葉を贈った
「ああ・・・お前にも追いかける背中を見せられて良かったよ・・・」
その言葉を受け取った会長は好夜に自分の背中を存分に見たのかと問いかけて
好夜はそれにゆっくりと頷いて返事を返した
「そうか・・・なら俺も安心して引退できるというものだ・・・」
それを聞いてようやく好夜は実感してしまった・・・
勝っても負けても先ほどの試合が会長にとっては最後の試合だったのだと言う事を・・・
そしてその日の夜、ホテルではささやかではあるが祝勝会を開いていた
「ハァ〜・・・一回戦は突破できたけど・・・まさか二回戦で優勝チームと当たるなんてな〜」
どうやらバレー部の方は無事に一回戦は突破できたものの
二回戦目で運悪く今年の優勝チームと当たってしまったようで
なんとか食らいついたのだがそれでも届かずに敗退してしまったらしい
「それに比べて・・・今年こそは本当に優勝したってわけか・・・うちの会長様は・・・」
そう言ってバレー部の主将が見つめる先にはその本人がみんなにお祝いされていた
「まぁね〜・・・こんな事、本人に言ったら怒られるだろうけど・・・私は今でも夢だと思ってる」
そして主将の言葉に対して香野は素直に自分の気持ちを話していた
「何言ってるんだか・・・あんたが一番近くで応援してたじゃない・・・」
しかし主将は知っていた・・・彼女が最も近くで彼の事を応援していた事を・・・
いつも彼が負けて悔しい時には同じくらいに悔しがっていた事を・・・
「・・・だからこそ・・・こんな時はどうすればいいのかわからないのよ・・・」
だが香野はそこまで応援していたからこそ
本当に優勝した時にどうすればいいのか分からなかったのだ
「まぁ・・・確かにそうね・・・最初は戸惑うのが普通だもんね・・・
でもさ・・・少しは嬉しそうにしてもいいんじゃないの?」
主将は嬉しいという気持ちは絶対にある筈なのでみんなと同じように喜べがいいと告げるが
「・・・なんかさ・・・それも少し違うような気がするんだ・・・」
どうやら香野にとってはそれも自分の感情としては違う気がしていたようだ
「そう・・・まぁこの祝勝会が終わる前にはちゃんと自分の気持ちを整理しなさいよ?」
主将は香野にそんなアドバイスだけを送って自分は同じバレー部のところへと戻っていった
(気持ちの整理か・・・それができたら苦労しないんけどな・・・)
香野はどうして自分が素直に喜べないのか既にその原因はわかっていた
それは自分の中に他にも色んな感情が渦巻いてしまっているからだ
その他の想いが重なり合ってどれを優先すればいいのか戸惑ってしまっている
「・・・せめてお疲れ様くらいの言葉はくれないのか?」
「えっ?」
香野はその言葉を聞いて振り返るとそこには会長の姿があった
「・・・主役様はみんなの相手で忙しいんじゃないの?」
祝勝会の主役である会長がどうしてここにいるのか聞くと
「後輩達が気を使ってくれたようでな・・・お前と話す時間を作ってくれた」
そう言って会長は向こうを指差すとそこでは好夜達が頑張ってみんなの相手をしていた
それこそ先ほどまで香野と話をしていたはずのバレー部の主将ですら手伝っているほどだ
そして二人が見ている事に気がついたのか親指を立てて頑張れと応援していた
(いや・・・一体何を頑張れって言うんだか・・・)
とりあえず二人は目立たないように廊下に出てそこで少し話す事にした
「まだお前からは何も言われてはいなかったからな・・・どうだった?俺の最後の試合は・・・」
会長は二人っきりになった瞬間、素直に香野から最後の試合についての感想を聞いた
「・・・凄かった・・・多分今まで見てきた中で一番・・・」
この言葉には嘘偽りは一つもなかった・・・しかし・・・それだけでもなかった
彼の試合を見て感動したと同時に不安に思ってしまったのだ
自分は本当に彼にとっての支えとなる事は出来たのだろうかと
彼が勝つ事が出来たのは自分のおかげではなく後輩達のおかげなのではないかと
そんな嫉妬にも近いような感情が自分の中に渦巻いてしまったのだ
それを後輩達に向かっていくわけにもいかずましてその張本人にも言えるわけがなかった
「・・・本当にそれだけか?お前の顔はそうじゃないって言ってるぞ?」
しかし会長は長年見てきたからなのか香野が何かを隠しているとすぐに分かった
そして同時にいつもならそう言った事を聞いたりなどはしないが
今日に限ってはどうしてなのか真剣な眼差しで答えを求めていた
だがそんな目を見ても香野は何も答えられなかった
いや・・・答える勇気がなかったのだ
「・・・何も言ってくれないか・・・それなら俺から言うぞ?」
「・・・ありがとう・・・今まで支えてくれて・・・」
「っ?!」
本来ならば何気ない言葉である事のはずなのに今の香野にはどうしてだか心の底に響いてしまった
そして今まで必死で守っていた何かが崩れていく音がした
「・・・ズルいわよ・・・そんな事言われたら・・・我慢できなくなっちゃうじゃない・・・!」
香野は必死で我慢していたはずの涙が零れ落ちるのを止められなかった
だが・・・もう止める必要もなかった・・・
何故なら目の前には・・・そんな涙を拭いてくれる人がいるからだ
「・・・好きなだけ泣くといい・・・俺が居てやるからさ・・・」
その言葉を聞いてようやく安心したのか香野は今まで抑えていた分の涙を一気に流したのだった
それから数分ほどしてなんとか涙は止まったのだが目の下には完全に涙の跡が残ってしまった
「・・・これじゃあさすがに祝勝会には戻れないわね・・・」
せっかく盛り上がっているのにこんな顔を見せては完全に場を白けさせてしまう
そう思った香野はもう祝勝会に参加する事を諦めようかと思っていたのだが
「それなら大丈夫じゃないか?」
会長は別にそんな顔を見せても平気なはずだと話していた
「何よそれ?それじゃあ私がまるで泣いてた事をみんなが知っているみたいじゃない?!」
確かに会長の話を聞く限り香野が泣いていた事実はみんなに知れ渡っている事になるのだが
「当たり前だろう?あんなに大きい声で泣いてたんだから」
残念ながらと言うべきなのか香野の泣き声が大きかった事で
会場にいる人達には完全に何が起こっているのか知られてしまっていた
「・・・完全に迂闊だったわ・・・だから我慢していたのにこの男は・・・!」
先ほどまでは何の関係もない後輩に対して嫉妬する自分に起こっていたはずなのに
いつの間にか香野の怒りは自分にあんな無様な姿をさせて会長へと向いていた
「?別に恥ずかしくはないだろ?他にも泣いている奴はいたはずだぞ?朝宮とか足立とか・・・」
しかし肝心の会長はどうして自分に対して怒っているのか分からず
あまつさえ他の女子の名前すら出してきた
「・・・あんたね・・・仮にも私の話をしている時に他の女子の名前を出すんじゃないわよ・・・」
先ほどまでの怒りにさらなる怒りを上乗せされた香野はもはや爆発寸前だった
「?言っている意味が全く分からないが・・・どうやら調子は戻ったみたいだな」
残念ながらそれでも会長は怒りの理由について理解できなかったようだが
とりあえずはそれで香野の調子がいつも通りに戻ったと少しだけ喜んでいた
「あんたね・・・ハァ〜・・・もういいわ・・・」
それはそれで失礼ではないかと言い返そうとも思ったが
もはやそんな事を言う気力も今の香野にはなかった
(・・・なんでこんな奴を好きなったちゃったんだかな〜・・・私)
そして同時に自分はどうしてこんな相手を好きになってしまったのだろうと後悔もしているようだった
「さて・・・それじゃあみんなも心配している事だし・・・そろそろ戻るか?」
そう言って会長は自然な流れで香野に手を差し出していた
(・・・本当に・・・ずるいわよね・・・)
香野はこういったところを好きになったのだと改めて思いながらその手を掴み
みんなの待っている会場へと戻っていくのだった
「えっ?!あの流れで告白とかしてないってどうなのよ?!二人とも奥手すぎるわよ!!」
(・・・やっぱり言わなきゃよかった・・・)
そして事の顛末を聞いたバレー部の主将にどうして告白しなかったのだと
会場に戻ってから何度も問い詰められた事は言わずもがなだった
次回は再び島に戻ります!




