天駆ける悪役令嬢 ~ライバルのアイツが学園でラブコメっている間に、私は戦場を駆け回ります~
えーっと、ここはどこだ……?
私は櫛奈田歌恋、就活を一年後に控えた大学生、だったはずだ。
確か、結構大きめの地震があって、運悪く頭の上にフィギュアが落ちてきて、その後の記憶がない……。
ここはベッドの上だけど、自宅でも病院でもない。普段寝ているベッドの三倍はあるし、部屋の中はなんだかゴージャスでキラキラしている。
ここはヘヴン? まさかの天国行き?
私はベッドから起き上がると、部屋を歩く。そして、鏡の前で立ち止まった。
そこに映っていたのは、地味なオタク女子の姿ではなく。
今にも高笑いしそうな、金髪縦ロールのお嬢様の姿だった。
◇
なるほど……私にも何となく掴めてきた。
私は一度死んでいて、そして乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい。
転生したゲームの名前は「星域のステラルージェ」。実のところ、私も相当にやり込んだゲームである。
インベーダーに侵略されつつある世界を舞台に、主人公はパイロット養成学園「ステラルージェ・サテライト・アカデミィ」に入学する。
ロボット(この世界では「機械天使」と言う)のパイロットとして仲間たちと切磋琢磨しながら、イケメンパイロットと恋愛を繰り広げるという内容だ。
実は私の頭に落ちてきたフィギュアと言うのもこの「ステラルージェ」のキャラクターで、名前は「シャコー・フレデリック・アルデマイヤー」。
何を隠そう、私の推しキャラである。
シャコーさまに殺されたのなら、私も文句は言えない、というか本望ですらある。それどころか、この「ステラルージェ」の世界に転生できたのだから、跳び上がるほど嬉しいぐらいだ。
しかし、一つ問題がある。それは私が転生した「カレン・ラキシード」というキャラクターだ。
このキャラはいわゆる悪役令嬢というやつで、物語の序盤から主人公をいびったり、きつく当たるような行動をしてくるのだが。
何より問題なのは、このキャラ、人類の完全勝利のトゥルーエンド以外では戦場で討ち死にする運命にあるのだ。
彼女は数々の名パイロットを排出してきた名門・ラキシード家の長女であり、学園でも優等生で、筆頭候補生の一人である。
しかし物語の終盤、彼女はインベーダーとの戦いが激戦区の戦域に身を投じ、他の生徒たちを守るために命を落としてしまうのだ。
この運命を回避する方法は、たった一つ。
期日までにインベーダーたちを全滅させること。それ以外の道はない。
せっかく憧れの「ステラルージェ」の世界に転生したのに、戦場で討ち死になんてゴメンだ。それもシャコーさまに殺されるならともかく、化け物みたいなインベーダーに殺されるなんて、絶対にイヤだ!
何としてでもインベーダーを絶滅させなければならない。
そして、私はメイドさんに着替えを手伝ってもらうと(!?)、決意を胸に「ステラルージェ・サテライト・アカデミィ」へ向かう。
主人公に協力してもらえさえすれば、インベーダー殲滅も不可能じゃない。
しかし学園で私を待っていたのは、非情な現実。
頼みの主人公ちゃんは、学園で好みのイケメンたちに囲まれてラブコメを満喫してやがります。しかも、その中にはシャコーさまもいました。
しかも、彼女がエリートパイロット候補生をはべらせているせいで、戦場は人類側の劣勢に。
こうなったら、自分一人で何とかするしかない!
恋愛を円滑に進めるために、やり込んだプレイヤーは最適解を知っている。
悪役令嬢、金ならある。
最強パーツをかき集めて、戦場へ。
そして私が今いるのは、対インベーダーの前線基地。そこには私の愛機である『グリーディ・ラキシス』も輸送されていた。
『グリーディ・ラキシス』。
それはラキシード家が代々受け継いできた機械天使である。
この世界では、最新鋭機が必ずしも最強というわけではなく、この『グリーディ・ラキシス』のように名高きマイスターの手による作品は、時を経ても一線で活躍することができるのだ。
私はこの『グリーディ・ラキシス』をベースに、対インベーダーに特化した強化パーツで機体をカスタマイズしてきた。
元々のゲームではプレイアブルな機体じゃないから、ラキシスに乗るのはこれが初めての経験だ。
しかし、スペック的には主人公機にも劣らないはず。
私は昇降用のタラップから、コックピットに乗り込んだ。
座席に座って周りを見ると、コックピットの中は、複雑な計器類やスイッチやレバーなどの機械がずらりと並んでいた。
リアルでもゲームでも、もちろんこんな機械をいじった経験なんてない。
しかしカレン・ラキシードとしての記憶で、動かし方を理解できた。
いざ戦場へ。私は『グリーディ・ラキシス』を発進させる。
出撃時は全てオートパイロットで自動化されており、二つの記憶でちぐはぐな私でも、安全に空へ飛び立つことができた。
そして、インベーダーが出没する戦域にたどり着くと、しばらくインベーダー相手に戦っていたのだが。
『グリーディ・ラキシス』のセンサーが、別の機体の機影を捉えたのである。
これは、私のことを助けに来た応援というやつだろう。
このゲームでは、戦場に赴く際にバディとして好きなパイロットを一人連れて来る事ができるというシステムが存在する。
例えばシャコーさまを連れて来れば、彼の愛機である『真紅の騎士』に乗って一緒に戦ってくれるのだ。
そして戦いが終わると、戦場で背中を任せたことで信頼度が上昇し、好感度が上がるイベントが発生したりする。
また、今回の私のように一人で戦っていると、バディの代わりに応援が来ることがある。おそらく開発サイドが用意した救済措置なのだろう。
しかし……その応援に来るキャラクターというのが、少しというか、かなりの困りものなのだ。
「死ね、死ね、死ね! みんな、ぶっ殺してやるよォ!!」
あまりに戦闘狂すぎて、プレイヤーから恐れられているキャラクター。
ジークロンド・アルフォンス・カリギュラ。通称、ジークである。
おそらく開発側の意図としては、攻略したいキャラと一緒に戦場で戦って、仲を深めてほしいのだろう。
もともとゲームのキャッチコピーが「戦場で紡がれる、運命の糸」だというのだから、一人で戦場に来ないように、あえて恐ろしいキャラを配置したに違いない。
しかし、こんなジークにも一部に熱狂的なファンがいるらしいのだが、私には無理だ。やっぱり怖い。
結局、ジークが戦場で暴れまわったおかげで、この戦域のインベーダーはあっさりと殲滅できてしまった。
それにしても、ジークは鬼のような戦いぶりだった。彼の機体の周りだけ、スプラッター映画さながらなのだ。私も味方ながら、恐ろしくなってしまった。
ジークと若干距離を離しつつ、私は基地へと帰投する。
そして無事帰還した私は、『グリーディ・ラキシス』のコックピットから降りると、基地の中を移動していた。
近未来のハイテクな基地の中を、私はジークに遭わないか途中ビクビクしていたが、結局ジークと鉢合わせしてしまった……しかし。
「やはりそうか……私の振る舞いが、君を怖がらせてしまったんだな」
そこにいたのは、落ち着いた雰囲気の、眼鏡が似合う美形だったのだ!
もう一度言う。眼鏡が似合う美形だったのだ!
ジークって、こんなキャラだったの!?
よくよく考えてみれば、元のゲームでは、ジークは戦場でしか交流できない特殊なキャラだった。普段のキャラは、一切描写されていなかったのだ。
私はてっきり、戦場で見ていたような恐ろしい狂人キャラだと思っていた。
ジークはカフェのテラスで事情を話してくれた。
彼の話によると、彼は戦場でインベーダーを前にすると自分の感情が抑えられなくなるのだそうだ。
そう話してくれた彼の様子は落ち着き払っていて、戦場での面影は微塵もない。
……それにしても、あのジークが知的なメガネ男子だったとは。
私はメガネ男子が猛烈に好きだ。シャコーさまの次ぐらいに好きだ。
私の中で、ジークの株がまさかの急上昇中である。
そんな思わぬ出会いをしながらも、私のインベーダーとの戦いは続いていく。
私とジークの活躍もあって、戦況は徐々に打開されていった。
その間も、主人公ちゃんは学園でラブコメっていたわけだけど……それは気にするだけバカバカしいので、あえて考えないようにした。
そのうちにジークとの信頼度が上がり、彼の知られざる過去が明らかになった。
彼には一人、妹がいた。その子は生まれつき病弱で、入退院を繰り返していたのだが、彼女が八歳の時に余命三か月を宣告されてしまったのだそうだ。
ジークの家族は、血眼になって妹の病気を治せる医者を探し続けた。
そして、ようやく見つけた医者に娘の命を託し、家族は手術室の前で手術の成功を必死に願っていた。
手術は無事成功し、そして退院の日がやってくる。
しかし、家族総出で妹を迎えに行ったその日、家族の記念日となるはずだったその日に、惨劇が起きる。
――インベーダーの襲撃である。
病院を含む市街地は、インベーダーの襲撃に遭い、火の海となった。
ジーク達のいる病院にも、インベーダーたちが襲来していた。
軍の救助部隊がやって来た時には、一人の少年を除いて、全員の死亡が確認されたという。
生き残った一人の少年、それがジークだったのだ。
……なんていう、悲しき過去!
あの戦闘狂のジークに、そんな過去があったなんて!
貴族のように優雅な振る舞いをしているけれど、実はジークが平民出身だったというのもポイントが高い。
きっと家族の仇を取るために、一生懸命に努力したのだろう。
私の脳内ランキングで、ジークの順位が急上昇している。
今のところ、シャコーさまに並んで同率一位になってしまった。
インベーダー、許せねえ! 絶対に駆逐してやる!
そして私たちは、インベーダーの最後の拠点を壊滅させた。
インベーダーの残党狩りも終わり、まもなくこの世界にも平和が戻る予定だ。
私たちの戦いの日々も、これで終わりだ。
私の死の運命も無事に回避できたし、ジークもこの戦闘を最後に、戦闘狂になることはないだろう。本来の、穏やかで落ち着いた彼でいられるはずだ。
彼については、まだまだ知りたいことが沢山ある。
例えばどんな音楽が好きなのかとか、どんな映画が好きなのかとか。彼の趣味についてももっと知りたい。
だから私は、街の噴水の前で待ち合わせをしている。
今日は一日中、彼と二人で思いっきり楽しむ予定だ。
今の私たちはどこに行っても英雄扱い。だから変装しなきゃいけなかった。
本当は思いっきりお洒落をしたかったんだけど、それはほとぼりが冷めてからのお楽しみとして取っておくことにしよう。
なにしろ私たちには、時間がたっぷりあるのだ。何も急ぐ必要はない。
――私たちの恋愛ゲームは、始まったばかりなのだ。
[追記]感想欄より。主人公ちゃんたちのその後は、どうなったかというと……
主人公ちゃんたちは今、校長先生からきつ~いお仕置きを受けているところです。
カレンの『グリーディ・ラキシス』を磨き終わったら、校庭を100周!
シャコーさまは得意の仮病で逃げたところを取り押さえられて、便所掃除をしている最中です。
主人公ちゃんは主人公補正も消えてしまったので、普通の平民に戻りました。もうラブコメることはできません。
就職先はお花屋さん? (バッドエンドルートその1)
他のエリート候補生たちは、家からこっぴどく叱られた後、性根を叩き直すために軍に所属することになりました。
そこに上官として配属されたのが、カレンとジーク。
二人は学園を首席で卒業した後、期待のルーキーとして出世中なのでした。
その後二人は、『ステラルージェの最強夫婦』と呼ばれるようになるのですが、それはまた別の話。