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「楽しいねームネリン」
一息つき、僕と知里ちゃんは、周りの賑やかな姿を眺めながら二人並んで椅子に座っている。
バータルとデイジーは遠目でもわかる、ぎこちない雰囲気。
だが時より笑顔を見せて楽しそうな様子。
ディミトリーは顔を真っ赤にした朱さんをからかっているのか、朱さんは笑いながらディミトリーの頭にチョップを食らわしている。
アナとブラッド、イヴァンの大人組は、イザベルを中心にして、料理にがっつく食いしん坊を呆れた顔で見ながら、自分達も多彩な料理に手をつけている。
みんなが楽しそうなこの場に、一人見当たらないと探していると、あちらからこっちに向かってきていた。
「すみません隊長。お邪魔ですか?」
僕ら二人のカップリングに気を遣える好青年は、そう言って知里ちゃんにお伺いを立てた。
「珍しいね。ううん、構わんよ。お座り」
ホールど真ん中にズドンと伸びた大テーブル。
その周りに数席ある中の一つ、丸く小さなテーブル席。
そこに僕たちは座っていて、僕たちに対面する席に腰掛けるカメンガくん。
「失礼します、タチバナさん。あんまり僕はお酒が得意じゃないらしく、なんだかあぶれてしまって」
手に持っているグラスには、オレンジジュースが注がれているらしい。
それを一口付けて、フッと短く息をついた。
酔い覚ましに来たのだろう。
「ンガンガ。18歳ならまだまだ伸び代はあるぞ?」
「もう年齢どうこう言うつもりはないけど、勧めなさんな。大体アルコールは摂取すればするほど強くなるってモンじゃないからね?」
飲んで!吐いて!強くなれ!は、飲みサーの悪しき風習である。
実際には先天的に個人の耐性は決まっており、飲みまくったからといって耐性が強化することはない。
「ふふ。お酒は程々にします。でもこの雰囲気は楽しいですね。なんだか人間世界が懐かしくなってしまいました」
「あらあら、ンガンガ。おセンチですね」
知里ちゃんの言うように、この騒がしい雰囲気とは対照的にホームシックっぽい切なさを帯びている感じに見える。
「サッカーをやってるとチームメイトととのこういう馬鹿騒ぎは日常茶飯事で。それがちょっと思い出されまして」
「へー。勝った時は男同士体育会系ノリで喜ぶんだな、ビッグクラブでも」
「やっぱり勝負事ですから。嬉しい時に大きいも小さいもありません」
「ンガンガはどうしてサッカー選手になったの?スカウト?」
「今のクラブにはスカウトで入りました。その前は自分でテストを受けに行きましたね」
「コンゴのサッカークラブにいて、スカウトされたのか。それはそれで凄いな」
僕の言葉に、目を伏せ苦笑いするカメンガくん。
あれ?なんか変な事言っちゃったかな。
「僕は12歳までコンゴに居ましたが、それからはフランスに弟達と移住しました」
「あ、そなの?兄弟別々になっちゃったのか」
「はい。一番上の兄がフランスにツテを持ってまして、そこに僕とその下の兄弟を預けたんです。あまり世界的には知られていませんが、コンゴは紛争の絶えない国ですので、軍人の兄は僕達を兵士にしたくないって言ってくれて、それで」
初めて聞いた。
コンゴ自体をあまり知らない僕だったが、紛争と言えば中東くらいしかイメージ出来ず、まさかコンゴもそういう状況にあるとは思いもよらなかった。
カメンガくんの話す雰囲気から、相当の辛さが伝わってくる。
「そか。良いお兄さんだね。でもンガンガもフランスでは一番上のお兄さんだしょ?お主も下の面倒見て偉いじゃないか」
「ありがとうございます隊長。兄だけじゃなく、僕もそうやって褒めてくれて嬉しいです。僕は兄を尊敬しています。僕も兄みたいに弟たちを守らなきゃと思って、必死になってサッカーをやってきました。ようやく弟たちに仕事をさせず、生活出来るようになったのも、兄の影響が強いです」
並大抵ではない。
バータルも言っていたが、18歳で世界を相手に戦うプロのサッカー選手だ。
その努力は、僕には想像も出来ない。
「すげーよカメンガくん。最初アナナキ達から家族の事聞かされた時、カメンガくんの様子が気になってたんだけど、そう言う事情があったのか」
「はい。僕の担当にあの後詳しく聞いて安心しました。兄達弟達全員保護されて、どこよりも安全な場所に居るって聞かされて、僕は心底アナナキ達に感謝しました。どこよりも安全な場所なんて、そんな場所僕達は知らないで生きてきたんです。フランスは移民の国で僕たちが浮くという事はなかったですが、安全だと思った夜はありません。目の前で両親を殺されて、次男は僕達を守るために殺されて、片時も恐怖から逃れた事のないそんな兄弟達を僕が安全な場所に導けた。両親や兄の死を無駄にせずに済んだ。そして僕すらもこんなに楽しい毎日を送らせて貰っています。本当に感謝しかない。アレェルーヤ」
壮絶なカメンガくんの過去を僕達は聞いて驚愕したが、そのカメンガくんの顔には何一つ悲痛な様子はない。
アレェルーヤ。
最後そう口にして目を瞑る。
悲痛よりも誇らしげである。
ハレルヤ。
神を讃えよ。
カトリックで喜びに感謝を表す言葉だ。
「すみません!お酒が入ってついついお喋りになってしまったようです」
不意に思い出したように僕達を気遣うカメンガくん。
「良い良い。妾は其方の過去を聞けたことに感謝しておるぞ」
座りながらの魔王立ち。
度量もえげつないなうちの嫁。
「カメンガくん。胸張って帰って、みんなに自慢しなきゃね!英雄になって帰ってきたぞー!って」
「本当に隊長たちは凄いなぁ。僕の話聞いてそんな笑顔になる人は初めてですよ。タロー氏の言葉を真似するなら、アンタたちマジパネェっす!」
おや?ウルっとさせちまったようだ!
僕もだけどね!
カメンガくんのお涙も頂戴し、知里ちゃんが立ち上がってカメンガくんの頭をウリウリしていると、人混みから一人、最奥の少し段上がりになったステージに立つ女性が見えた。
「お?カラオケ大会?」
さすがにカラオケの機械は用意されていないが、みんなの注目を一身に浴び、胸に両手を当てて目を瞑っているアナさんは、どう見てものど自慢大会の出場者である。
僕の声に知里ちゃん達もステージのアナさんを見る。
まるで全員の目線が集まった事を、目を閉じていながらも気付いたように、大きく息を吸い歌い始めた。
その場は瞬時にジャズが流れ異国情緒あふれる酒場の雰囲気になり、アナさんのいつものミステリアスな妖艶さが助長されていく。